カインが訓練から帰ると、食堂は美味しそうな匂いで満たされていた。
「美味しい食材が沢山手に入ったから、オードブルを作ってみたんだ」
ネロが言うには南の国に任務へ行った際、お礼として沢山食材を貰ってきたが、消費期限が早いものばかりであったため、オードブルを作ってみたとのことだった。どれを食べようかなと思いつつ、せっかくなので少しずつ全ての料理を取ってみる。今にも溢れそうな皿を持ちつつ席を探していると、向かい側から声が聞こえた。
「カインこっちだ!」
声の主はアーサー。彼の方へ視線を向けると、カインはギョッとする。隣にオーエンが座っているからである。ハイタッチしてアーサーの隣に座ると、オーエンの方を覗き込む。
「何、騎士様?王子様と一緒にいるのがおかしいの?」
「いや、そういうわけじゃないんだが……」
「僕はただ王子様と仲良くなりたいだけなのに」
カインは警戒している。万が一大切な主君に何かあったら大変だからである。しかし、心配をよそに当の主君はオーエンと楽しそうに話をしている。
「オーエン。甘いものばかり食べていては栄養のバランスを崩してしまう。この野菜も美味しいぞ。食べてみないか?」
「僕に指図しないで」
「この野菜とっても甘いんだけどな……」
「……食べる」
いつの間に仲良くなったんだ――カインは複雑な気持ちになる。仲良くなるのは喜ばしい事だが、そんなオーエンに騙された事が何回もある。もしアーサーが騙されて傷付いてしまったら――。
「殿下。こちらの料理は食べられましたか?」
「何だ急に?まだ食べてないが……」
「殿下の好きなシチュー味のグラタンですよ」
「……そうなのか!ありがとうカイン。取ってくる」
アーサーが席を外すと、オーエンにひそひそ声で話しかける。
「何が目的だ?アーサー様だけは……」
「……へぇ。王子様に何か企んでいると思ったの?けど残念。最初に話しかけてきたのは王子様の方だよ。王子様はもっと話したかったかもしれないのに、引き離すなんて最低だね」
オーエンは端正な口元をあげて目の前のカインの反応を楽しんでいる。カインが何と言おうか視線を彷徨わせていると、料理を取ったアーサーが戻ってくる。アーサーの皿の上にはカインが勧めたシチューグラタン、そしてオーエンが勧めた甘いジャムとクリームがかけられたスポンジケーキが載っていた。
「こちらはオーエンが勧めてくれてな。せっかくなのでカインの分も取ってきたがいるか?」
カインは色が異なる目をパチクリさせる。あのオーエンがアーサーに好きな料理を紹介する? もしかして毒でも含まれているのではないか――ネロに失礼だと思ったが『毒味』をするためにアーサーからケーキを貰い、一口食べる。
「……美味しい」
普通に美味しい。少し甘すぎる気もするが、訓練終わりの身体にはちょうどよい。
「もしかして騎士様、僕のこと疑ってた?」
「いや、そういうわけじゃないんだが……。すまない疑っていた」
オーエンはふぅん、と言い目の前にあるクリーム山盛りの食べ物(クリームが多すぎて中身がわからないが)を口に運ぶ。
「何を疑っていたのだ?」
「いや、その……」
「騎士様は僕が王子様の食事に毒を入れたと疑っていたんだよ」
「そのようなことは」
「だから悪かった。疑ってすまない」
「……カインは私のためを思ってくれただけだ。私に免じて許してくれないか」
「何でおまえなんかに」
「今度王都一のパティシエが作るケーキを奢るよ。普段は中々予約が取れないのだが、私の名前を出したらきっとすぐにでも……」
「行く」
「えっ」
オーエンの急な態度の変化には未だ慣れない。「傷」を負っている時であればまだわかりやすいが、普段の時はどこに真意があるのかわかりにくい。それ故にいつも以上に言動には慎重になるのだが……。
「騎士様は何を奢ってくれるの?」
「えーっと、そこの店のお土産……とか?」
「まぁ悪くないんじゃない」
悪い事をしたと思ったので、どのように声をかけて行動するか悩んでいたが、その時間はなんだったのだろうか……。なんだかんだ会話が成立しているアーサーが凄いのか、それとも俺が下手くそなだけか。
「カインどうかしたのか?」
青い瞳が心配そうにこちらを覗き込んでくる。
「騎士様は僕に酷い事をしたと思って落ち込んでいるんだよ」
「悪気があったわけではない。カイン、今度一緒にオーエンにケーキを奢ろう。それで許してくれるはずだ」
殿下、あそこのケーキはそこそこのお値段がするのですが……いや、これで許してもらえるのであれば『安く』済む方だろう。
「ホールケーキがいいな。真っ赤でぐちゃぐちゃだったら最高」
「わかった。ストロベリーケーキだな。クリームとソースをたっぷりかけてもらおう」
「やった。……あれ、騎士様どうしたの? さらに青ざめてない?」
「カイン大丈夫か?」
この二人を組ませたら、『平和』で『危険』なのかもしれない。――今後も色んな意味で気を付けようと思うカインであった。