【最終話】Heartfelt Memories(旧題:記憶は心の底に)⑬―コナンSide 10月―
十月十日。
コナンが工藤邸を訪れると、赤井と降谷の二人の声が玄関まで漏れ聞こえてきた。
昼間はトロピカルランドに遊びに行くと言っていたが、もう帰宅し、二人で夕食を作りはじめているようだった。コナンは二人に誘われて夕食を食べにきたのだが、今回もとてつもないボリュームの料理が作られているような気がする。
ちょうど一年前。二人がカレンダーを見ながら、「今日は何の日だろう」と首を傾げていたことをコナンは思い出す。
先月、解毒薬を受け取った二人がこの家に帰ってきたあと、赤井、降谷の順番に解毒薬を飲んだのだと聞いた。薬を飲んだあと、しばらくは発熱もあったようだが、再び身体が縮むこともなく、無事に一ヶ月が経過した。
灰原の忠告を二人は守り、ほとんど外に出ずに過ごしていたが、明日からは“本来の日常”に戻ることになる。
FBIと公安、それぞれの機関に二人が復帰することで、組織壊滅への動きも大きく前進するに違いない。
「いらっしゃい、コナン君」
「もうすぐできるからな、ボウヤ」
「うん!」
二人で暮らしている間、自炊をたくさんしていたからだろう。二人の料理の腕はさらに上達していたようで、テーブルの上を見ると、三ツ星レストランのシェフ顔負けのコース料理が並べられていた。
二人に進められるがままに、コナンはお腹がはち切れそうになるまで料理を堪能した。
食事の後片付けは、降谷がすることになった。信じられないことに、赤井と降谷はじゃんけんでそれを決めた。
勝ったのは赤井で、降谷は悔しそうにしていた。後片付けをすることではなく、赤井にじゃんけんで負けたことが悔しいようだった。
赤井と二人でリビングに移動する途中、コナンは今がチャンスだと赤井に問いかけた。
「赤井さん……実はずっと気になっていたことがあるんだけど」
内緒話をするように声を小さくしたので、コナンの身長に合わせるように赤井がその場に屈む。
「なんだ?」
「十月十日って、本当は何の日なの?」
イチとゼロで、秀一と零の日――ということになっていたが、本来は何の日だったのか、コナンはずっと聞いてみたかった。もったいぶることもせず、赤井は即答した。
「十月十日は、俺がはじめて降谷君に告白をした日だ。その日は振られてしまったがな」
「振られたの」
「ああ、その日から降谷君が俺との交際を認めてくれるまで、一年近くかかったよ」
「そ、そんなに……」
あんなに赤井に夢中の降谷が交際を断ったことにも驚きだが、一年も諦めずにアプローチを続けていた赤井にも驚きだ。
続きはリビングで話そうと赤井が立ち上がったところで、赤井のポケットから何かが転がり落ちた。
膝を曲げて屈んだことで、ポケットの中身が飛び出してしまったのだろう。赤井は大事そうに小さな箱を手に持ち、もう一度、今度はポケットの奥へとしまう。見間違いでなければ、赤井が手にしていたそれは、ベルベット製の箱だった。
赤井がシーッと人差し指を口に当てて言った。
「今年の十月十日も、特別な日にしようと思ってね」
赤井が降谷に何をしようとしているのか。ポケットの中身がすべてを語っている。
二人の歴史が変わる瞬間を目の当たりにしたようで、コナンは胸がドキドキした。
後片付けを終えた降谷も交えてリビングでしばらく談笑し、遅い時間にならないうちにコナンは家に帰ることにした。この後、降谷には赤井からの特別なサプライズが待っている。まるで自分のことのように緊張しながら、この一年間、言い慣れた呼び方で、コナンは玄関先で二人に激励の言葉を送った。
「頑張ってね、秀一兄ちゃん! 零兄ちゃん!」
降谷には、「明日からお仕事頑張ってね」というふうに受け取られたかもしれないが、赤井は自分が送った言葉の意味を正確に理解しているだろう。去り際に目に入った赤井の微笑みが、すべてを物語っている。その隣で、無邪気に手を振っている降谷は、まだ何も気づいていない。
工藤邸からの帰り道。心の底から込み上げてくる笑みを、コナンはおさえることができなかった。
今日は本当に、良い記念日だ。
次は俺の番だな。そんなことを思いながら、コナンは恋人の待つ探偵事務所へと走り出した。
FIN