花──
「あっクルト止まって」
その言葉に歩みを止めると、薄紫色の髪の少年…クロフォードが俺の足元を指差した。
「ほらそこ、下を見て。花が咲いてる」
──花?
足元の草むらには、たしかに色とりどりの小さな花が顔をのぞかせていた。しかし取り立てて珍しい物でもなく、エアリオのそこら中に見られる光景だ。
意図が分からない、と顔に出ていたのだろう。
「ごめん、キミに花を踏んでほしくなくて」
申し訳なさそうにクロフォードは笑った。
「…踏むなと言われてもな。下ばかり見て歩けねえだろ」
そう答えつつ周りに目をやると、沢山の色が飛び込んできた。
青い空に白い雲。高くそびえるマヒナパリ山。そして遥か先まで見える木々。この景色が果てなく続いていて、どこか遠くへ行けるのではと錯覚しそうになる。
現実は、自由に外を出歩く事もままならないのだが。
しかし今日は、俺達訓練生がアークスの実戦に同行できる特別な日だ。
セントラルシティに張り巡らされたシールドを越えると、草木のさざめきや風の吹き抜けていく感覚が、自分の知るそれとは違うように思えて心地良かった。
『訓練生は必要に応じてシティ内へ退避できるよう位置を把握しておく事。まとまって行動・退避命令は絶対だ。ドールズへの先制攻撃は行なわないように』
今日の指揮官──褐色の肌に青い髪の男が注意点を再確認する。
訓練生の中でも最年少グループの俺達は、指示を受けてから参戦する形だ。
「了解!」
「了解」
『はい!』
『はぁい』
『わかりました!』
『ははっ何だバラバラだなお前達。まあ固くなりすぎても仕方ないが、ここからは気を引き締めてもらわないと困るぞ』
シミュレーションとは違うからな。
指揮官はそう言って笑った。
シティの外へ出た今、どこで敵と遭遇してもおかしくない。
これから起きるであろう戦いに、それぞれの期待と緊張感が高まった。
『─早く出て来ないかな』
『うわードキドキする』
訓練生仲間の会話を聞きながら、アークス達の三メートルほど後方をついて歩く。
【中央エアリオ】と分類されるセントラルシティ周辺のこのエリアは、比較的ドールズが少ないため訓練に向いているらしい。
道中複数のアルターズやフォーマーズと出会ったが、問題なく勝利する事ができた。
『エヴィルアンジェでけーーびっくりした』
『高く飛びすぎ』
『うん、映像で見るのとは全然違うよな。めちゃ遠くから攻撃されるし』
『そうだな。お前たち、遠距離攻撃を仕掛けてくる敵は特に危険だ。戦闘中に別の敵が現れる事もある。一体に気を取られず、常にレーダーを確認する癖をつけろよ』
会話には耳を傾けつつ、意識は周辺に向ける。
「──ねえクルト、もしかして緊張してる?」
出発してから俺がずっと無言だった為だろうか。
隣を歩くクロフォードがどこか不安そうに声をかけてきた。
「どうだろうな。そのつもりはなかったが、そう見えるか?」
「ううん、それなら良かった」
そして少しの間の後、
「…なんて。緊張してるのは僕の方なんだ」
うつむいてぽつりと呟く。
「あぁ?お前がか?訓練生の中じゃお前が一番優秀だろ」
率直な感想を言ったつもりだったのだが。
俺の言葉にクロフォードが勢いよくこちらを向いた。
「それは…!フォトンの数値だけの話だよ!実戦でどれだけ役に立つか…僕からしたら、キミやグレンの方がずっと優秀だ」
そんなものだろうか。
まあ慢心しないのはこいつの良い所なんだろうな。もっと自信を持って良い気はするが。
「確かにグレンも俺も優秀だな。協力しあえて丁度いい」
「…あっ……ごめん……そうだよね、ありがとう」
そう言いながらクロフォードは申し訳なさそうに目を伏せる。俺に当たってしまったとでも思ったのだろうか。
クロフォードは本人の素質も勿論だが、祖父や父親が有名人という事もあってか何かと周囲に注目されている。俺には分からないプレッシャーもあるんだろう。
とはいえ一人にできる事なんてたかが知れている。勝手な期待に気負う事はない。そう口を開こうとしたその時。
『レーダーにドールズの反応!来るぞ!』
「!!」
マグから響く警告音。周囲に緊張が走った。
何もないかと思われた空間に、突如複数の敵影が現れる。
話には聞いていたものの、実際に見ると何とも言えない不快感が込み上げてきた。ドールズってのは一体どうなっているんだ?
ひときわ目立つ大型の奴に、小型も数体。
その姿を確認するなり、指揮官が鋭く声を上げた。
『ナグルスだ!こいつは攻撃範囲が広い。訓練生は後退!付近のアークスの指示に従え。遠距離攻撃にも気を付けろ!』
映像では何度も見たが、実物を目の前にするとやはりデカい。このサイズでほぼ全身が装甲に覆われているとは悪い冗談のようだ。
前衛を引き受けたアークスに向けて巨大な拳が振り下ろされる。
俺達訓練生は後方に下がったにも関わらず、衝撃波が横をすり抜けて行った。
「うわっ…!」
その圧にクロフォードが声を上げ後ずさる。
ナグルスと呼ばれるこのドールズは、デカいだけじゃなく素早い。
「…あっぶねーな…」
心の声が思わず言葉に出た。
俺達が直接攻撃されているわけでもないのにこれか。
しかし、その攻撃を受け流すアークスの技術と、攻撃役のアークス達の連携は見事だった。確実にナグルスにダメージを与えているのが分かる。
そしてある程度弱らせたと思われる頃。
『訓練生は更に距離を取れ!──そこからよく見ておけよ』
指揮官の声から程なく、一度動きを止めたナグルスが光を放つと腕や身体の組織が一気に膨張し、その姿は赤く変貌した。
「………!」
隣のクロフォードが息を飲む。
この変異も映像では見たことがある。
だが空気が震えるような感覚は、対峙して初めて感じ取れるものだった。
より巨大化した腕を振り回し、尚も暴れようとするナグルス。
『──させるか!!』
『食らえ!!!!』
アークス達が前方を囲うように立ち塞がり──
フォトンブラスト──蓄積したフォトンエネルギーが一斉に放出され、ナグルスの額のコアを破壊した。
その巨大な身体がみるみる霧散していく。
一瞬の静寂の後、訓練生達の歓声が響き渡った。
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「やっぱり、実戦は全然違ったね」
セントラルシティで解散後、俺はクロフォードと帰路についていた。
横を走り抜けていく他の訓練生達を見送りながら、地下の居住区へ向かうべく、セントラルタワーへゆっくりと歩く。
そうだな。と答えると、いつもの笑顔を向けられた。
解放された安堵感もあるのだろうか。先程までの表情の硬さはすっかり消えていた。
「でも、無事に終わって良かった…誰も大きな怪我をしなかったし。今日はもう何もしないで休みたいね」
「ああ」
短く返事をしながら、俺は今日の訓練を思い返していた。
ナグルスとの戦闘後もドールズの群れと三回遭遇。
小型・中型ではあったが、実戦という貴重な経験を積む事ができた。
目にした全ての敵の攻撃・アークス達の対処方法をしっかり刻もう。学ぶべき事は山のようにある。一人前と認められるまで自由に外へ出られないのはもどかしいが、今の自分にできる事は何だろうか。実戦への同行許可を多く得る為にも、より訓練に励まなければ。
考えを巡らせていると、呆れたような表情でクロフォードがこちらを見ていた。
「はぁ……キミは全然平気そうだね。僕は緊張しっぱなしで疲れたよ…。うまく戦えるか心配だったし、大きなエネミーは正直怖かった」
それと、と一呼吸置いてため息をつく。
「僕たちの街の外は、本当に敵だらけなんだなって。…実際に見ると、やっぱりショックだよね」
「…そうだな」
初めて見た時は、俺もそう思った。
知識として知ってはいても、外にエネミーが溢れているのを目の当たりにすると、今ある日常は決して確かな物ではないと自覚せざるを得ない。
シティを護るシールドが破られたら何が起きるか。
想像したくもないが、目を背けてはならない事だ。
空を仰ぎ見ると、夕日に照らされた赤い雲が浮島にかかって、その黒い姿を飾り立てていた。
あの謎だらけの浮島を好意的に見る者もいる。
逆に、ドールズや星渡りがあそこから来ると敵視する者も。
だが俺達には、真実を知る術がない。
「──ねえクルト。クルト?聞いてる?」
考え事をしていたのが上の空に見えたのだろうか。
目をやると、クロフォードがムスッとした表情でこちらを見ていた。どうも機嫌を損ねてしまったようだ。
話は聞いていた。と答える。
「…本当に?絶っっ対また考え事してたよね」
「それは、そうだな」
「もう…。浮島なんてじっと見てどうしたの?」
「これからの事を考えていただけだ。どこからともなく現れるドールズや、アルターズにフォーマーズ。俺達があいつらに勝つにはどうしたら良いか」
ま、考えて分かるなら今頃誰も苦労してねえけどな。
俺が付け加えると、そう…だね。とクロフォードは少し寂しそうに笑った。
『くらえ!フォトンブラスト!』
『これで…どうだー!!』
『ズバババ…ドーーーン!!!』
歩いていると、子供達の大きな声が聞こえてきた……と思ったが、そこにいたのは先程一緒に実戦へ行った少年訓練生達だ。
足を止め、遠巻きに眺める。
ナグルス戦の再現だろうか。
訓練用の武器を振り回し、自分が戦っているかのような気分になっているらしい。
シティ内はセキュリティが働いている為、実際に技を出す事はできないが。
「えっと……さっきの戦い…かな、あれ」
クロフォードが小声でささやいた。
「だろうな」
訓練用とはいえ武器には違いなく、整えられた草や小さな花が吹き飛び、地面がえぐられていく。
……市街地内でこれはやりすぎだろう。教官に見つかったら大目玉だな。
「そういやクロフォード。さっき花を踏むなとか言っていたな。俺よりもあいつらだろ。蹴散らしてるぞ」
ドールズとの実戦・勝利を初めて目の当たりにした訓練生達はすっかり舞い上がっているらしい。……あるいは、感じた恐怖を打ち消そうとしているのかもしれないが。
「ああ…そう、だね…。だけど正確には、キミやグレンには踏んで欲しくないんだ」
「?どうしてだ」
「花ってさ、僕たちみたいじゃない?」
「…あぁ?」
クロフォードは時折独特な表現をする事があるが、今回はまた何を言い出したのだろうか。
「僕たち……そう、ハルファのアークス。
ドールズ達に踏み荒らされるこの世界でも、負けずに美しく咲いている」
「……お前……随分と詩人なんだな」
突拍子もない話に少々面食らう。
「ふふっ…そうかな?キミはピンとこない?」
僕は良い例えだと思うけど。とクロフォードは笑った。
どうだろうな。そんな事は考えた事もない。だが…
「踏まれるどころか、斬られても撃たれてもまた咲く所は、アークスと似てるかもしれないな」
ハルファ各地で毎日戦闘は起きているが、全てが焼け野原になってはいない。自然の力か、別の何かの力が働いているのか。俺達の生活環境が大きく損なわれる事は、今の所無かった。
「あはは…って笑いごとじゃないけど…そう聞くと過酷だよね」
「実際そうだろ」
「うん。そんな状況だからこそ…僕の大事な人達には、同じ物を大切にしてもらえたら嬉しいなって」
「悪いが俺は、花は花としか思えねえぞ」
それ以上でも以下でもない。
「そうだね。僕が言いたいのは…足元の花にも目を向けて欲しい…美しい物を大事にするキミでいて欲しいって事なんだ」
気持ちの話だよ。
クロフォードはそう付け加えた。
要約すると、花=ハルファのアークス=美しい物という事になるが……
よく分かったとは言い難いが、アークス…仲間を大切にという話なら、それは同感だ。
「俺なりの理解だが分かった」
うん。とクロフォードが微笑み、俺達は再びセントラルタワーへ向かって歩き出す。住人の多くが居住区に戻る時間になったのだろう。道行く人の数も徐々に減ってきていた。
そして入口に差し掛かろうとしたその時──
暗くなりかけた空に、天を裂くような轟音と共にまばゆい大きな光が現れた。
「あれは…!?」
クロフォードの緊迫した声が響く。
突如現れたそれは、一筋の光跡を残してあっという間に地上へと消えた。
「敵…いや、星渡りか?」
「うん…そうかもしれない」
星渡りはこうして時折空から降りてくるが、直接見るのは久しぶりだ。俺が知る限り、明るい時間帯ではないのも珍しい。
「また…星渡りが…」
そう呟き、消えた光の方向を見つめるクロフォードの表情は複雑なものに見えた。
シティに星渡り確認情報が流れ、セントラルタワーから10名ほどのアークスが慌ただしく駆け出して行く。
「やっぱり星渡りだったな」
「うん…。ねえ、クルト」
「どうした」
「クルトはさ………星渡りは、僕たちの味方だと思う?」
「味方、か?……正直、わからねぇな」
訓練生の俺達と星渡りの直接の接点はほぼ無く、街中ですれ違う程度でしかない。公にされている情報こそ知っているものの、他に耳にする事と言えば真偽不明な噂話ばかりだ。
「そっか…そうだよね」
クロフォードの声に落胆の色が見えた。
クロフォードは、研究者だった祖父をドールズの襲撃により失っている。
その際共に戦った星渡りもいたと聞くが、彼らのいた研究所が突如大規模な攻撃を受けた原因は未だにわかっていない。星渡りがこの計画の一端を担っていたのではという説も根強く残っているのだ。
根拠はないが、否定もしきれない。胸中は複雑なのだろう。
「クルト、僕はね…」
僅かな沈黙。俺達の間を風が通り抜け、足元の草を揺らす。
「僕は…どうしても…。星渡りがドールズを連れて来るなんて話もあるし」
──星渡りが現れた後に強力なドールズも現れる。過去、こういった事が何度もあったらしい。それ故に星渡りの到来を不吉だと。
とは言え現状だけを見れば、ハルファは星渡り達に助けられてきたように思う。それでも疑う者達が居続ける理由は…
その多くが記憶を失っているにも関わらず、俺達より優れた戦闘適性を持つ星渡り達。そんな理解を越えた存在を、恐れての事なのかもしれない。
「……確かに、真実は分からない」
クロフォードが言葉を続けた。
「でもこれだけは譲れないんだ。僕たちの勝利は、僕たちのものでありたい」
まっすぐに俺の目を見るその表情はいつになく真剣で、確固たる意志を感じさせた。
「僕たち…ハルファのアークスは…父や祖父の、いやもっとずっと前からドールズと戦ってきた。その戦いの締めくくりは、僕たちの手にあるべきだ。──星渡りではなく。」
「…そうか」
俺の短い返事に、クロフォードがうなずく。
「僕が大事なのはキミやグレン。ハルファの同志たち。そして、祖父や父…それが僕にとっての花なんだ。」
「クロフォード。これだけは伝えておく。真実が何であれ、俺はお前の味方だ」
もし平和とやらが訪れるなら、それが誰の手によるものでも構わない、とも思う。だが、ハルファを強く想う目の前の友人の力になりたいと思った。
「クルト……」
「平和ってのを見てみたいのは、俺も同じだからな」
「うん。…その為にも…」
目の前に迫ったセントラルタワーの感触を確かめるように、クロフォードは手を付いた。
「必ずこれを動かしてみせるよ。祖父の…僕自身の為にも」
単装フォトン粒子砲。
この巨大な兵器を自在に扱えれば確かに大きな力となるだろう。
クロフォードの祖父や父が修理・解析を進めたものの、実用への道はまだ遠いと聞く。
「ああ。協力できる事があれば何でも言え」
研究という部分では役に立たないだろうが、調査・調達は俺が力になれる事もあるだろう。
「頼りにしてるよ、クルト」
「おう。ま、一人前になるのが先だがな」
「!それもそうだね」
まだまだ先は長いねと話すクロフォードの表情は、穏やかさを取り戻していた。
「もうすっかり暗くなったな。帰るぞ。」
そう促し、タワー内の転送装置から地下の居住区へと下りていく。
暗がりの中に人工の明かりが広がり、程なくもう1つの都市が姿を現した。
見慣れた光景がどこか儚く、地上の景色が頭にちらつく。
色にあふれた明るい世界。心地良い風。
そして、そこにはびこるドールズ。
──いつか俺達は、地上で生活できる日が来るのだろうか。
ふと、そんな考えが脳裏をよぎる。
できるかどうかではない。
ハルファに平和を。俺達の先にあるのはそれだけだ。
『僕たちの勝利は、僕たちのものでありたい』
隣を歩くクロフォードの言葉が甦る。
星渡りが俺達にとってどういう存在なのか。
アークスとして一人前になれば、知る機会も増えるだろう。
そしてその結果がどうであれ、俺の成したい事は変わらない。
陽の当たる世界で生きる。
全ての花達と共に。
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クルト…白金の髪・碧色の瞳の訓練生。クヴァリス出身。
後に星渡りとハルファのアークスの橋渡しをする。
クロフォード…薄紫の髪・群青の瞳の訓練生。
後のセントラルリーダー。
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自キャラ視点でのクロフォードとの過去話でした。
セントラルに地下……あるんだよね?と信じて。
うちだけ仕様の捏造モリモリ&文章力ーという感じですが、2人の関係が表現できていれば嬉しいです。大人びてる部分もありますが、12歳前後のエピソードかなと思います。ハルファの過去についての公式情報もっと欲しいですね。
名前だけでグレンが登場しないのは、単純に3人以上の会話を書ける気がしなかったからです。ごめんね隊長。年齢が一歳下なのでまだ実戦は無しとか、ヒバナちゃんと一緒に別の班で訓練していた・もしくはこれから出会う、なんて可能性もあるかも。
我ながらこの人何を言ってるんだろうだったり、それはないでしょの壁にぶつかって時間ばかりかかりましたが、何とか強引にまとめられて(?)ホッとしています。
ここまで読んで下さりありがとうございました🙏