お味はいかが? 季節は残暑から秋に移り変わろうという頃。爽やかに晴れた休日の昼下がり、とある部屋の住人達は珍しくそわそわと落ち着きをなくしていた。
住人の1人、リドルが窓際にテーブルを動かしてお茶会の準備をしていると、コックコート姿のトレイが部屋に入って来た。言うまでもなく彼がリドルのパートナーにしてこの部屋のもう1人の住人である。
「言っておいた通り、今季の新作用にいくつか考えたマロンのケーキを試作してきたけど。本当にこれで良かったのか?」
「勿論。それに試作と言ったって、キミの新作を一番に食べることが出来るのは何にも代え難い贅沢だろう?」
「いつも大袈裟だな、リドルは。でもお前にそう言って貰えるのが一番作り甲斐があるのも事実なんだが」
2人は視線を絡めてクスクスと笑い合った。
「それじゃあ、ボクもそろそろ紅茶の準備をしてもいいかい? 今日のために特製のブレンドを用意してみたんだ」
「頼む。というかブレンドなんて準備してくれたのか? それは期待出来るな、なんせ俺の作るケーキを一番美味しく食べてくれるお前のブレンドした茶葉だ。さぞ相性がいいんだろ?」
トレイがいたずらっぽく片眉を上げる。
「言ったね? 確かにキミに出すのは初めてだけれど、実はずっと1人で色々試していたんだ。キミの肥えた舌だって満足させてみせるよ」
すかさず好戦的に笑ってみせたリドルが大きめのティーポットと茶葉の瓶を呼び出した。
揶揄うつもりで予想外の言葉を返されたトレイは頬を掻いた。リドルのその真面目さが好きなのに、それが自分の作るスイーツに向けられていると思うと愛おしさと照れで咄嗟に何も言えなくなってしまう。
昔は自分が照れさせることの方が多かったのに。共に過ごす時間を重ねる内にリドルはどんどん表情豊かになって。悪戯心は学生時代だって片鱗を見せていたけれど、2人きりで恋人として過ごしている時に彼から揶揄ってくることが徐々に増えていくと気付いた時は複雑だった。
なんせ、それを指摘された時のリドルは目を見開いて、一瞬の後、堪えきれないといった風に吹き出したのだ。あまりに珍しい彼の大笑いに、混乱しながらも水を用意して笑いが落ち着くのを待てば、彼はグラスをひと息で空にしてから爆笑の理由を教えてくれた。
「だって、キミなのに」
「何がだよ」
「愛しい人を揶揄うのが、"良いこと" じゃないけど楽しいってことをボクに教えたのが、さ」
ニッコリ笑ってリドルは仕草だけでトレイを屈ませて、その頬に音を立ててキスをした。トレイは呆けた後に、まだ "ちょっと悪い恋人" が終わっていなかったと気付いて苦笑した。そして理由の愛おしさに、その時も言葉を失ったのだ。
「ところで。今日は2人のまんなかバースデー、だったよな?」
「うん、そうだね。生まれた時系列を考えれば逆の真ん中の方が正しいんじゃないかとボクは思ったのだけど……」
「まあまあ。2人の誕生日のまんなかってことに変わりはないだろ?」
生真面目なリドルの思考を逸して話を続ける。
今日はトレイの方にも少しばかりリドルを揶揄うネタがあった。揶揄うと言っても、今のリドルになら戯れ程度にいなされて終わるだろうが、ならば尚更悪戯心を堪える必要がない。
「というわけで、メインのタルトにはこちらを用意してみたんですが……」
トレイが魔法で呼び寄せたのは大きなホールのタルト──マロンタルト、であった。学生時代に後輩達に手伝わせて作った時よりも、技術も味も格段に向上している自信がある。しかしトレイがこれをメインに選んだのは、試作中にふっと湧いた好奇心のせいだった。
「確か、マロンタルトの持ち込みが禁止されてるのは『なんでもない日のパーティー』だよな? 今日のこれは『なんでもなくない日のパーティー』だから、法律には触れない、だろ……?」
言葉が次第に淀んだのは、リドルの眉間にくっきりとシワが浮かぶのが見えたせいだった。
眉を吊り上げたままリドルはツカツカとトレイに歩み寄る。そして口を開いた。
「キミならわざわざ言わなくても分かると思って、メニューを任せたのだけれど……?」
トレイは背中にうっすら汗をかきながら内心首を傾げた。リドルはあの事件以降、在学中に既に厳しさを緩める努力をしていたし、交際を始めてから10年経つ今では余程のことがなければトレイに対して怒りを見せることなんてなかったからだ。
「……まずかったか?」
理由が分からなければ謝罪も出来ない。まず何がそんなにも彼の気分を害したかすら見当もつかない様子のトレイにリドルは大きく溜息をついた。
そして途端に表情を変えて、わざとらしい澄まし顔でツンと言い放った。
「ボクはもう、仮にルールに反していたって『捨てろ』なんて言わない。それに、キミと2人きりの時に破ったルールやマナーが一体いくつあるか。……忘れたのかい?」
チラリと視線を向けられて、ようやくリドルの意図を汲んだトレイはホッと息をついて答える。
「忘れるわけないだろ。流石に正確には覚えてないが……大体810個くらいじゃないか?」
1拍置いて、2人は同時に吹き出した。
「一瞬本気でヒヤッとしたんだぞ」
「キミがあんまり昔の話を持ち出すから。ボクはそれに返しただけさ」
得意気にそう言ってから、リドルは引き寄せられるようにマロンタルトの皿を覗き込んでキラキラと瞳を輝かせる。トレイは自分の口角も釣られて上がっていくのが分かった。
惚れた弱み、とは言うが。いつまで経っても、きっと自分がこの人に敵うことはないのだろうな、とトレイは頬を緩ませた。