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    Jane_Na_Doe

    @Jane_Na_Doe

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    Jane_Na_Doe

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    小夜にまだ思うところがありちょっと引きずったところがあるような隆文の夢の話です。ややギンガ→624498_g。
    引き寄せ耳元囁きのときの心情について『思い入れがある故に余計なことをした』のパターンの解釈を採用してます。

    『夢路にて。マカロニグラタン』ガチフェス4展示 何度目だったろうか。
     傾き出した陽に照らされたアパートの一室。小夜は「名前を呼んでほしい」とねだって、でもそれは欲張りすぎかもしれないとグルグル勝手に悩みだす。
     小夜の家にミツクリと共に逆凸した日の焼き直し。
     夢だ。
     俺は明晰夢の中で、同じ場面を繰り返している。
     そして飽きずに毎回、悩む小夜に苛立つ。
    「…………」
     もう終わってしまったんだよ。お前との間のやりとりは、ここで終わりだ。もうコメントを読むこともいいねを返すこともない。俺がもうやる気になれない。これが本当に最後なんだ。
     金を渡して終わりなら意識する間もなかったその思考が、『早く帰りたい』という素直な気持ちと混じって、苛立ちを溢れさせる。
     今回の俺は現実と同じように小夜の体を引き寄せて、耳元で名前を囁いた。
     顔を赤くした小夜を見下ろして、俺はげんなりする。
     また、同じことになる。小夜はまたLIMEを送ってきて、ミツクリとの録音音声を持って俺の家に来て、ただでさえ終わってしまった関係性をもっと駄目にする。
     そして、もう本当に二度と、どこにも現れなくなる。

     一体何を後ろ向きな夢を見ているのだと理性が言う。
     今いるリスナーたちのためにイベントを成功させなければならないこのタイミングで何を、と。
     小夜は、会いたかったときに会えなくて、もう会いたいと思うことすらできなくなってしまったリスナーだ。
     会いたい奴らとはもう違う。今考えるべき相手ではない。
     そう思うのに、俺はまた同じ場面の夢を見る。


     今回は真っ赤になって完全に固まられた。
     小夜は唇が当たった方の頬を手で押さえて、言葉にならない声を出してへたり込む。
    「えっ何、怖」
     ドン引きする俺を涙目の小夜が見上げる。
    「す、すみません、衝撃が強くて…………た、立てない」
    「別に無理に立たなくていい。帰るわ」
     素っ気なく振る舞う俺が玄関へ向かうと、小夜は這うように後ろを着いてくる。
    「あ、見送り、ます。ちゃんと」
    「いいって」
     俺はのろのろとしか動けない小夜をほっぽってさっさと帰る。現実と違って見送らせない。
     けどその後の小夜の動きは現実とそう変わらない。寧ろ与えたものの半端さが増したせいか、余計に酷いことになった。それをダイジェストで味わって、俺はその周回を終える。

     今回はあっさり死なれた。
     小夜の体を引き寄せて囁くところまでやってから我に返って、突き放すつもりで言葉を選んだだけだった。
    「もう死んでくれ」
     それだけで。

     今回は思いきり頬を張られた。
     小夜が使った手はアーマーリングを身につけた利き手だったようで、切れた頬からぬるりと血の感触がする。
     傾き出した陽に照らされたアパートの一室で、小夜はポロポロと泣きながら、精一杯に俺を睨みつけている。
    「……ッ、ばかに、しないでください! わ、私っ、あなたのためなら何でもやる。けど、こんな風に、されて……それで満足するなんて、思わないで!」
     言葉の間で、何度も息が乱れていた。
     さっきまでの俺が舌先で触れた耳が、真っ赤に染まっている。
     どうせまともな会話も最後なら、どうせ満足させられなくて家に来られるくらいならと、小夜を適当に抱こうとしたから。
     自分自身のやろうとしたことは現実じゃ考えられないようなとんでもない愚行なのに、小夜の反応はどれも妥当で、非常にそれらしい。
    「帰って」
     言われるまま俺は部屋を出て行く。
     この小夜はLIMEを送ってくることも俺の家には来ることもなかった。もっとも、配信にも来なかったが。


     今回の俺はやっぱり小夜の体を引き寄せて耳元で名前を囁く。何も変わらない。

     今回はただ大声で名前を呼んで済ませる。礼として足りるとも思えないが、第一希望を優先したということにした。
     馴れ馴れしいLIMEは来なくて、代わりにミツクリとの録音音声についてのLIMEが来る。俺はロクに取り合わずに最初の様子見っぽい文面が来た時点でブロックして、音声ファイルを受け取らない。そしたらやっぱり小夜は俺の家に来る。

     今回は名前を囁いたあと、何故かしっかり抱きしめて逃がさないようにする。
     そんな姿勢で「もうこれで最後だ。わかったな」と言い聞かせたところで逆効果で、小夜は結局また、多少悪化しただけの行動を取る。

     そして、今回は名前を呼ぶのを拒否する。
     すると小夜は握手をねだってきた。叶わなかった接触イベントのやり直しだ。
     俺は正直気が進まない。流石に礼にも足りないし、本来はこんなじゃなく、ちゃんとした配信者とファンの関係でできたはずのことだったのだから。
     俺は砂を噛むような気持ちで小夜の手を乱暴に握って上下に振って、すぐに離す。
     離そうとしたはずだった。
    「……あの?」
     困惑した小夜の顔を見て、俺は自分が手を離せなくなっていることに気がついた。
    「ああ、いや」
     誤魔化して、その隙に改めて離そうとする。が、俺は握った右手を離せない。
     それどころか、涙が止まらなくなる。
    「隆文さん」
     小夜は狼狽するが、俺が手を離せないのでタオルを取りにいくことすらできない。
     俺は指の一本一本を意識して手を開こうとして、どうにもできずに俯く。
     右手が動かせない小夜は、しばしの逡巡のあと、左手で俺の右手の甲を撫でる。
    「どうしたんですか?」
     俺のために落ち着いてみせる彼女の声。
     なんだか安堵が湧いてきて、俺はじんわりと時間を掛けて手を離す。
    「なんでもねえ」
     何とか絞り出した声は、微かにかすれていた。
     俺は今回も小夜との別れの場面を演じる気で顔を上げる。
     最後だ、と意識する。
     そこで、俺はまた夢特有の思い込みと意識のふわつきに足を取られて、別のことを言う。
    「こんなん礼にもならんわ。一日付き合っちゃる。今度また東京来い」
     発想の転換のつもりだった。
     どんなに別れ方を変えても、本当に酷い別れ方以外なら小夜は家に来てしまうのだ。なら、別れなければいい。少しの時間を共にしてみれば、また変わるものもあるのかもしれないと。
     だけど、
    「隆文さん」
     デートの終わりを迎えるとき、小夜は言う。
    「望んでいたのはこんなことじゃないでしょう?」
     この選択も駄目だったらしい。結局ここで終わりみたいだ。
     だから俺は、最後になった小夜の頬に触れようとする。
    「だめです」
     拒絶された。俺は何故かまた泣きそうになって言う。
    「どうして。お前は失われるんだぞ」
    「それがだめなんです」
     小夜は譲らなかった。
    「じゃあ、どうしたらいい?」
     縋るように俺が問うと、小夜は景色と一緒に砕け散って文字の形に変わりながら言った。
    『今のギンガさんなら、もうとっくに知っているはずです』

     今回は、どうもしなかった。
     それが本来すべき行動であり、小夜とミツクリの件を経て得た答えだったからだ。
    「俺は何もやらん。けど、動画に出した以上何かは渡さんといけないから、これだけは受け取れ」
     茶封筒を押し付けると、小夜は大人しくそれを受け取って、その場で破る。
     何も入っていなかった。
    「私に何もくれないということ?」
    「そうだ」
     首を傾げる小夜に、俺は堂々と言い放った。
     すると、俺を試すように、小夜の形の夢が言う。
    「最後なのに?」
     だから俺は傷つきながらはっきりと答える。
    「それでもだ」
     すると景色が変わって、俺と小夜は実家の近くに立っていた。
     隣には都のハリボテもいる。
     手の中のスマホでは、カメラが起動されていた。
     小夜が何もせず、俺の様子を見守っている。
     俺はスマホを操作してカメラを消して、警察に電話する。
     コール音のトゥルルルルルという音が流れ出し、それが電車の発車ベルの音に変わっていく。
     そして、視界が白く眩んだ。


    「小夜。いや…………呼ぶのは違うな」
     対面に座る人間に話し掛けて、やり方に迷う。
     俺は今、古くて明かりもついてない鉄道のボックス席に座っていた。
    「気にしないでください」
     窓から差し込む星明かりに照らされた624498_gは穏やかに微笑む。小夜の表情としては一度も見たことがない、大人の顔だ。
     この人は、本当の意味で無難なコメントばかりしていたな。草まみれの流れでは草を生やして、真面目な話には静かな相槌を打って……喧嘩の流れに乗るのはそれほど得意じゃなさそうだったけど、だからって無理にぶった切ることもせずに。
     そうやってこの先も、どんな配信になっても、ずっといるものだと思ってた。
     俺は俯く代わりに、窓枠に頬杖をついて星空を見上げる。
    「俺は、『最後だから』なんて後ろ向きな気持ちで何かをしてやるべきじゃなかったんだね。次があるってバカみたいに信じて、次のために少しでも『いつも通り』でいるべきだったんだ。そうしたら……何か、何かは違ったかもしれない」
     ギンガらしくない言葉を訥々と漏らす俺に、624498_gは、病み配信の俺に対してもそうだったように優しい言葉を紡ぐ。
    「次はそうすればいいよ。エビだって、また買ってきたら食べられたでしょう?」
     言葉につられて、美味しそうなグラタンの匂いが車窓から舞い込む。
     ああ、また食べたいな。別にマカロニでもよかった。自分で台無しにさえしてしまわなければ。
    「……ごめん」
     もう会えない人に向けて項垂れる。謝りたいのか、自分の悲しみを表したいだけなのかは、よくわからないけど。
     そんな俺に、624498_gはそっと近づく。そして、透けて通り抜けるだけの手で、触れられもしない俺の背中をゆっくり何度も叩く。感触はないが、子供をあやすような手つきだ。スマホをタップする程度の、微かな空気の揺れを感じる。
    「大丈夫です。ギンガさん」
     彼女の声は、優しいのに力強い。
    「大丈夫、きっと、なんとかなる」
     それは一瞬だけ生の声のような響きに感じて、でもすぐにあやふやな五感に溶けていった。
     子守唄のように繰り返される『大丈夫』のせいか、俺は夢の中なのにまた夢を見る。


     俺の家、というか以前住んでたマンションのロビーで、小夜を警察に引き渡したあとの場面の再現だった。
     小夜は涙に濡れた顔のまま、へたりこむこともなく警察の指示に従って大人しく去って行く。
     最後に彼女は振り返って、つらそうな表情を飲み下すように息を吸って、背筋を伸ばして俺を見る。
    「ギンガさん、充分すぎるくらい沢山貰ってきていたのに、こんなことになってごめんなさい。……さようなら」
     現実でもこうだったのか、夢特有の脚色が入っているのか、今現在の俺には判別がつかない。
     ただ呼吸器官がやたらと切なく引き絞られて、息を止めてしまいたくなる。
     俺だって、沢山貰っていた。ただそこに居るだけのことが、どうせこいつは俺のこと好きだろうって思える相手が一人でも多く居ることが、活動を続ける中でどれほどの支えになったことか。
     俺は後悔のないように息を吸い込む。
     駆け寄って触れたり、喜ばせるために何か言ったりはしない。ただ、夢として許されるなら……。
    「さようなら」
     誰に奇妙に見られるのも気にせずに、その人に手を振った。

     確かに愛していたリスナーに、手を振った。



    「何、手なんか振ってんの」
     薫に指摘されて、俺は開けたばかりの目で自分の手のひらを見る。
     いつの間にか夢から覚めていた。
    「……さあ?」
     俺は薫の質問に首を傾げる他ない。長い夢を見ていた記憶の断片こそあれ、手を振っていた理由には覚えがないのだ。
    「寝てたわ」
     正直に現状を伝えると、隣のソファでスイーツ堪能中だった薫はさして興味もなさそうに「寝ぼけて物壊すなよ」と締める。
     そのタイミングで、珍しく早起きの宇宙が部屋に入ってきた。
    「おはよー」
     今日はファンミーティングのために結構動くことになる。
     ついにリスナーたちに会う日が、近づいてきている。
     でもそれは最後を控えたクライマックスじゃない。単なる通過点だ。
     たとえそこに何かの理由で最後になりそうなリスナーがいたって、やりすぎな餞よりも、また動画を見たときに楽しめるような時間と空間を提供する。
     本当のさようならなんか、なるべくは言わずに済むように。
     配信者とリスナーの未来なんて、どう転ぶかわからないのだから。

     ……そんなことばかり考えていたせいで『宇宙の夜明け cosmic dawn』なんてクサいタイトルを推して、更にそのまま採用されてリスナーたちに長いことネタにされるのは、また別の話。
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