花冠「ローレンツ兄様、お誕生日おめでとうございます」
一目見た瞬間にグロスタール家縁の者だと分かるその少女はローレンツの又従兄弟の娘らしい。紋章保持者は十傑の子孫といえども年々減少しておりグロスタール家の中でローレンツより幼い紋章保持者はその少女だけだ。恐らくローレンツと同じく厳しく躾けられている。しかし今日は誕生日だ。
パルミラ育ちのクロードはその風習に中々馴染めなかった。学生時代は級友の誕生日を蔑ろにしてはならない、特に平民の学生にとって名家の者から直接祝福されることは一生の思い出になるのだから、とローレンツからきつくたしなめられている。当時は鬱陶しいと思っていたがおかげできちんと義理を果たすことが出来た。
フォドラにおいて誕生日は祝うのも祝われるのも楽しいものなのできっと喜びを感じながら作ったのだろう。真っ直ぐな紫の髪に紫の瞳をした少女は敬愛するローレンツの好きな赤い薔薇で作った花冠を恭しく掲げている。気をつかったローレンツが床に膝をついた。クロードはあまり深く考えずに里帰りの日程を組んだのだがローレンツが誕生日にフォドラに戻って来たのででグロスタール家の人々は本当に喜んでいるらしい。
「ありがとう、今日はずっと被っておくことにしよう」
「お誕生日の王子様、花冠がとってもお似合いです」
お誕生日の王子様、はフォドラ特有の掛け声だ。誕生日当日の男性であれば身分や年齢を問わない。即位したクロードが被ってもお誕生日の王子様になるのだろうか。
久しぶりのフォドラではやることが詰まっていてローレンツとクロードは共にデアドラ中を渡し船で移動し通しだったがどこに行っても本当にローレンツは花冠を被り続けたしすれ違う街の人々から掛け声を掛けられ続けた。
両親を始め血縁者たちとの会食を終え寝室でクロードと二人きりになってようやくローレンツは花冠を頭から外した。
「お前本当に一日中着けてたな!」
「一族の僕より年若い者たちの中であの子だけがグロスタールの紋章を持っている」
十傑の子孫たちの間でも紋章保持率は年々低下している。あの花冠をくれた少女はローレンツの大切な身内なのだ。
「どうせなら喜んで僕の後始末をしてもらうべきだろう?君のせいでもあるのだから」
あの目立つ容姿で花冠をつけていたので街中で噂になっている。そこまで計算して花冠と共に誕生日を過ごしたのだ。