家出息子たちの帰還.28───ディミトリ王の即位後、ベレトの大司教就任後、ダスカーでは巫者が大量に発生した。誰に話を聞いても家族や親族の誰か一人は必ず巫病に苦しみ、精霊の導きに従って巫者になったと言う。皆、不安がっていたが当然のこととして話していた。ダスカー人がファーガスの支配下に置かれて以来、疎かにされていた精霊たちが崇敬せよと要求するのは当然なのだという───
ダスカーの地で合同の慰霊祭が行われることになった。シルヴァンの前にはディミトリが立っている。彼が最初にこの地を踏んだ時、共にいたのは父と義母そしてフェリクスの兄グレンだ。今はドゥドゥーとベレトそれに戦友たちが共にいる。
青天に恵まれた野原には強い風が吹き、惨劇の痕跡は残っていない。だが記憶は彼の心に刻まれている。ディミトリがどんな気持ちでここに立っているのかシルヴァンには分からない。
ディミトリの向かい側にはダスカー人の代表者が立っている。その隣には鹿の毛皮で作った外套を身につけ、首から真鍮で出来た小さな丸い鏡を下げた巫者がいた。黒い帽子からは布が垂らしてあるので顔は見えない。手には平たい太鼓とばちを持っていた。おそらくダスカー人たちにとってベレトに該当する高位のものなのだろう。
代表者はドゥドゥーのような筋骨隆々の男性だが、巫者は声を出さないし顔も見えないので性別すらわからない。帽子から垂らしてある布には大きな目玉が一つ描いてあった。あの目玉で過去も未来も見通しているのかもしれない。まず初めに事前の打ち合わせ通り、ディミトリとダスカーの代表者双方が歩み寄った。向きを変え、横に並んで慰霊碑に花を捧げる。次にそれぞれの言葉で死者に対して冥福を祈り、不戦を誓った。
前例通りなら続けてベレトによってセイロス教の祈りが捧げられたところで終了しただろう。だがディミトリの希望で今日はダスカーの巫者が招かれている。巫者が身振り手振りで助手に命じると山盛りの焼き菓子がのった皿が祭壇に供えられた。その一連の動きを操るかのように巫者は太鼓を叩いている。
それは不思議な、気が遠くなるような刻み方の拍だった。巫者は自らが刻む拍に合わせてシルヴァンたちには聞き取れないよく通る声でダスカー語の祈祷歌を歌っている。悲しい過去を思い出させるのか、ダスカー人の参加者がいるあたりからは啜り泣く声が聞こえた。巫者はそんな風に場を支配していたが、歌声から察するに年若い女性らしい。
そんなことばかり気にするのか───というグレンの声が聞こえたような気がした。
巫者が手にしている太鼓は薄くて小さい。打ち鳴らしてもそれほど大きな音が出るような見た目はしていないのに、ディミトリには雷鳴のように思えた。雷鳴の中、負けじと巫者は歌い続けている。そろそろ終わるだろうか、と言う頃に巫者は何度か身体を大きく痙攣させた。側に控えていた助手が倒れないように身体を支えたが、取り落とした太鼓とばちが足下に転がっている。
辺りが静寂に包まれて数秒後、巫者は再び立ち上がった。なんとなく所作まで違っているような気がする。帽子から垂らされている布の奥から歌声とはまるで似つかない、どこか懐かしい低い声が聞こえた。
「お前はもう答えを見つけた。全てはお前の中にある。忘れてしまったらまた思い出せばいい」
巫者の言う通りだった。あの日から頭に響く悲鳴は全て自分のものだったし、周囲に激しい殺意を抱いて惨たらしい死をもたらしたのも自分だった。だがディミトリの中には平和をもたらしたいという思いもある。
フォドラの言葉で話す精霊に直接ディミトリが語りかけようとした瞬間、巫者が地面に膝をついた。足元の太鼓とばちを拾い、大きく三度打ち鳴らす。その音を聞いたダスカー人参列者たちは安堵のため息をついた。
巫者の所作は元に戻っている。その後、息も絶え絶えという状態で巫者は祭壇に供えた焼き菓子の皿をディミトリたちのところに持ってきた。次はディミトリとダスカー側の代表者の二人でこれらの焼き菓子を天に捧げねばならない。
つまり、放り投げるのだ。フォドラでは食べ物を外でばら撒いたりしない。儀式について説明を受けたファーガス側の参列者は皆面食らっていたが、ベレトの後押しもありディミトリは受け入れることにした。
ディミトリたちがはるか彼方へ焼き菓子を放り投げるたびにダスカーのものたちがどよめく。気恥ずかしい話だが、ディミトリの膂力についてはダスカー人の間にも噂が流れている。噂が確認できて嬉しかったのかもしれない。
皿が空っぽになる頃には不思議と晴れやかな気持ちになっていた。
青空の下、焼き菓子を放り投げるディミトリを見てフェリクスやイングリットが何を思ったのかドゥドゥーには分からない。だがダスカー人たちは皆、胸がいっぱいになったはずだ。慰霊祭に続けて宴が開かれている。ディミトリと共にいたドゥドゥーは巫者から話しかけられた。
「久しぶりだね」
位が高い巫者になるためには何度も霊を呼び、いくつもの儀式をやり遂げねばならない。中には短刀一本で馬を屠り、割った腹の中に素手を突っ込んで一晩中祈り続けるような過酷なものもある。
だが帽子から垂らした布をめくって挨拶してきたのはフェルディアの地下水路に住み着いていた少女だった。
「元気そうで何よりだ。先ほど降ろしたのはどんな精霊なのだろうか?」
「土地の主だよ。切り落とされた首を手に持ってるんだ。とりあえず私は首なしの殿様って呼ぶことにした」
これは必然なのか奇跡なのか。ディミトリから正気の時に明言されたことはない。だがディミトリは悪霊に取り憑かれると決まって敵の首を欲しがった。痛ましくて一度も口に出して問うたことはない。だが、おそらくランベール王はディミトリの目の前で───
「形代も作ったよ。強い精霊だからきっと皆を守ってくれる」
「よく作る暇があったな」
「私たちは一日早く着いたからね。皆の霊を導いてくれそうな精霊を先に探して挨拶しておいたの」
巫者はそう言うとかぶっていた帽子をとって、儀式の最中にずっと頭に乗せていた形代を見せてくれた。木を削って出来た人形で、頭がない。だが腕に黄色い毛糸の塊を持っている。多分、この黄色い毛糸の塊が落とされた首だ。
「そうか……お前は素晴らしい精霊を見つけた」
目元にじんわりとした熱さを感じながらドゥドゥーは相槌を打った。今日ほどダスカー人であることが誇らしいと思えたことはない。ドゥドゥーの同胞はファーガスのものたちを恨まないと決めたのだ。視線を感じて振り向くとダスカーの言葉がわからないディミトリとベレト、それに戦友たちが好奇心丸出しの顔でドゥドゥーたちを見つめている。
一体どこから説明すればいいのだろう。まず、ドゥドゥーは大きく息を吸った。