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    11/3イベント展示用です。

    「かのひとはうつくしく」本編はこちらで全文読めます。
    https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=17484168

    7/23金鹿男女!で発表した番外編「ペアエンドまであと少し」とリンクしています。
    https://poipiku.com/1455236/7169273.html

    クロヒルとロレマリが並立していてロレマリが見切れるので地雷の方はご注意ください。

    かのひとはうつくしく-その後-クロヒル編1.執務室
     自分宛の荷物が届いたから、とのことでしばらく実家に帰っていたヒルダが要塞にいるホルストの元に戻ってきた。五年に及ぶ大乱のあとヒルダと共に戦った戦友たちはそれぞれに人生という双六の駒をひとつ進めていたがヒルダはホルストの補佐をするにとどまっている。
     相談がある、とのことでホルストは時間を作り執務室にヒルダを迎えていた。毎日食堂や訓練場で顔を合わせるもののヒルダは最近、捕虜の面倒を熱心にみているので滅多に執務室に顔を出してくれない。

    「私クロードくんのところに一度行ってみようと思うの」

     クロードくん、こと隣国パルミラの王子が寄越してきた使節に最初に対応したのはホルストだ。外交官として何度も国境を越えパルミラの官吏たちと折衝を重ねたのはローレンツだ。今も交渉は続いており首飾りを越えていく彼をホルストはいつも励ましている。そうして他人が踏み固めた道を悠々と歩いていくのは実にヒルダらしい、と言えるのかもしれない。

    「招かれたのか?」

     ヒルダが首を縦に振ったのでひとまとめにしてある薄紅色の髪が軽やかにゆれた。

    「うん。兄さん、わたしね、ずっと悩んでたことがあるの。それでクロードくんが見るに見かねたらしくてそんなに悩んでるなら一度こっちに来ないかって」
    「招いてくれたのだな。父上と母上が許可を出したのなら私も異論はない」
    「うーん、父さんと母さんは兄さんが良いって言うなら行っても構わないって」

     ローレンツとその部下たちの血の滲むような努力の結果、和平条約が締結されつつあるし互いの国の旅券は有効になっている。ヒルダも腕っぷしは強い方だ。しかし護衛なしでかつての敵国へ行かせるのは心許ない。

    「それならバルタザールを連れて行くと良い。彼の路銀は私が出そう」
    「路銀のことはともかくバル兄を貸してくれてありがとう!」

     バル兄と色々相談しなきゃ、と言ってヒルダはホルストの執務室から去った。ホルストはヒルダが生まれた日のことも検査の結果ゴネリルの紋章を持っていると判明した日のことも覚えている。今日のことも忘れないだろう。
     ヒルダは小さな頃から宝飾品が好きな娘で自作したり買い集めている。毎日のように身につけるものを変えていた。しかし戦争が終わってこちらに戻ってきてからは首飾りだけはずっと同じものをしている。三日月と鹿の顔が組み合わさったものでかつてゴドフロア卿が身に付けていたものだ。今回は戻ってくるだろうが上手くいけば近いうちにヒルダはフォドラを出ていく。

     バルタザールとクロードから譲り受けたという白い飛竜に跨ったヒルダは二節ほどでホルストの元に戻ってきた。二人とも日に焼けてバルタザールはともかくヒルダは長旅で流石に疲れた顔をしている。

    「ただいま、兄さん」
    「戻ったぜ!ホルスト!」
    「お帰り、ヒルダ!父上と母上が顔を見たがっている。少し休んだら日が暮れる前に本宅へ行きなさい」
    「確かにこのままゆっくり休んだら根が生えて動けなくなるぜ?」

     ヒルダも自分の傾向に心当たりがあるらしく素直に本宅へと戻っていった。これで聞かせたくない話が出来る。まだ日は高かったがバルタザールはパルミラで買ってきたと言う蒸留酒の瓶の蓋をホルストの執務室で開けた。

    「良い香りだ……ホルストが気にしてるようなことはヒルダも自力で確かめてたぜ」

     パルミラは政治的な問題を解決するために王が結婚を繰り返す国だ。その結果クロードは大量の異母兄弟と共に育ち彼の苦労や苦悩はそこから始まっている。クロードはその慣習を破るつもりがあるのかどうか。

    「ヒルダには久しぶりの逢瀬を楽しんで欲しかったからバルタザールに付き添ってもらったのだがな」
    「たとえ別れるとしても、か?」
    「本人同士がどんなに好き合っていてもヒルダは私の妹だからな……」

     ヒルダはパルミラにもその勇名が届くホルストの妹だ。愛を貫くとしたら敵国出身の女と言われ辛い思いをするかもしれない。

    「頼まれた通り色々調べてきてやったぜ」

     ホルストが首肯するとバルタザールは酒瓶の蓋を閉め行李の中から地図を取り出し机の上に広げた。街の地図などではなくパルミラ全土をおさめたものだ。バルタザールの指がパルミラの国境線をなぞっていく。パルミラと国境を接している国はフォドラを含めて九だ。

    「フォドラとの一番でかい違いはこれだな。慣習に従うならクロードの奴はヒルダの他にあと八人は妻を娶る羽目になる」

     例外はあるものの基本的には一夫一妻制のフォドラで育ったヒルダには耐え難いのではないだろうか。

    「国境線を安定させるためか?」
    「そうだ。だからヒルダとクロードの結婚自体は歓迎する奴も多いと思うぜ」

     バルタザールがため息をついた。ご結婚おめでとうございます、どうか早く他の隣国出身の妃もお迎えくださいと言う家臣はある意味最もたちが悪い。

    「慣習の違いというやつだな……」
    「だからヒルダはクロードを振るのは簡単だしクロードの奴もそれは覚悟してたはずだ」

     だがヒルダはそうしなかった。そして実家から出奔するような他人から見てわかりやすいこともしていない。

    「でもな、ヒルダはどんな答えを出すとしても一度も向こうに行かずに決めるなんて無礼だと思ったのさ」
    「バルタザール、本当に世話になった」
    「おう、俺は身軽だから何かあればすぐヒルダのために飛んでいってやるよ!」

     持つべきものは身軽で腕っぷしが強く欲しい言葉をくれる友だ。バルタザールのような良き友がいてホルストは幸せ者だ。

    2.客間
     クロードは今回、両親とヒルダを引き合わせるために彼女をパルミラに招いたのだがそこにとんでもない異分子が紛れ込んでいた。バルタザールだ。少し考えてみればホルストと親しいのだから護衛としてヒルダについてきても不思議ではない。慎重にことを進めたかったというのによりによってヒルダの護衛がバルタザールなのだ。クロードが気付いてほしくないことに気付いてホルストに報告するに決まっている。

    「クロード!お前やっぱり俺のことずっと誤魔化してやがったな!!」

     バルタザールが元気に吠えているのはクロードがヒルダのために用意させた部屋だ。この部屋は一人で出歩くことのない賓客用のもので客人が泊まる主寝室は応接間を介して客人の護衛や召使が寝泊まりする小さな寝室と連結している。何かあれば扉を開けて簡単に行き来ができるようになっているのだ。クロードの予想ではレオニーがそこで寝泊まりする筈だった。レオニーなら気を利かせて二人の時間に乱入するようなこともなかっただろう。

    「えー、バル兄やっぱりティアナさまとお会いしたい感じ?」
    「そりゃ勿論そうよ!」

     ヒルダと両親の顔合わせはうまくいった。和やかに顔合わせの食事は終わりその後、ヒルダとティアナは浴場で鉢合わせして何やら女同士の話も出来たようだ。パルミラの西進を阻み続けてきたゴネリル家の娘であることがどう転ぶか不安ではあったが父はヒルダのことを悪くない、と思ったらしい。武勇もだがホルストが高潔であることにもクロードは感謝せねばならない。一方でティアナはヒルダの父やホルストのことも知っているので話が早かった。
     
     気を紛らわすためクロードは召使に用意させておいた紅茶に口をつけた。フォドラと違いパルミラでは硝子製の小さな茶器に注ぐ。持ち手はなく縁を持って飲むので慣れないうちは火傷に注意する必要がある。三人は客室の応接間に敷かれた繊細な幾何学模様の巨大な絨毯の上で三者三様の格好でくつろいでいる。椅子も一応あるのだがクロードは絨毯の上で胡座をかきバルタザールは寝転んでいた。ヒルダは大きな座布団の上にちょこんと座り込んでいる。すぐ近くに大男がいるせいかその華奢さが目立つ。

    「俺みたいに頬髭が生えたようなでかい息子がいる人妻に今更どんな用事があるんだ?!」
    「ティアナさまを困らせるようなことはしねえよ!」
    「こう言ってるし会わせてあげられないかなあ、クロードくん」

     バルタザールがヒルダの言葉を聞いて勢いよく身体を起こした。流石ホルストの妹、人情がわかってるだのなんだの言いたい放題だ。建前で言えば客人の護衛如きが王妃の顔を直接見ることなどあり得ない。

    「ねえ、バル兄。もしお会いできたらクロードくんにお礼しなきゃ」
    「そうだな!おい、クロード!何が良い?なんでもしてやるから!」
    「クロードくんと兄さんが喧嘩したらバル兄はクロードくんに加勢してあげてよ」

     クロードには元から聡明なヒルダなら絶対にこちらでも上手くやっていける、という願望にも近い思いがあった。そしてそれは今証明されたと言っても過言ではない。

    「おい、ヒルダそれは勘弁してくれよぉ……」

     バルタザールの視線が彷徨い声が震える。屈強な大男が形無しだった。自分の失言に気づいて顔が青ざめている。

    「よし!それで決まりだ!頼んだぜバルタザール!」
    「言っとくけど二人きりで会わせて貰えたら、の話だからな!もういい!俺は明日に備えて寝るぞ!」

     油断してヒルダに言質を取られたのが恥ずかしいのかバルタザールは扉から自分に与えられた小さな寝室へ下がっていった。

    「あれはさ、目の下に隈が出来た寝不足の醜い顔を初恋の人に見られたくない、とかだと思うよ」

     ようやく二人きりになれたのでクロードは座っているヒルダの膝に頭を乗せて横たわった。バルタザールの前向きさには本当に感心させられてしまう。彼のような前向きさがあればクロードも異母兄弟とうまくやっていけたのかもしれない。

    「さっきヒルダは喧嘩って言ったけどな、俺のことをいきなり殴っても構わない奴がこの世に五人だけいるんだ」

     クロードの物騒な発言を耳にしたヒルダは指を折って数え始めたが小指が真っ直ぐなままだ。

    「父さんでしょー?兄さんでしょー?それに立場を押し付けた先生と残務を押し付けたローレンツくんと……あと一人は誰?」
    「ヒルダだよ。ごめんな、戦争を言い訳にしてゴネリル家への挨拶も説明も省いちまった」

     白い指が耳飾りがついている方の耳たぶを軽く引っ張る。

    「いてッ……!!」
    「兄さんに殴られたらもっと痛いわよ!頼りない王子様、この私に隣にいて欲しいならしっかりしてね。もう言い訳はなしなんだから」

     ヒルダはフォドラに戻ったら家中の者に宣言するつもりなのだ。支度に時間がかかりそうだがかつての敵国に嫁ぐつもりだ、と。

    3.中庭
     建前では王妃が客人の護衛如きと二人きりになるわけがない。だが王妃が自らの腹を痛めて産んだ、七年近く失踪していた王子の様子が気になって部屋を訪ねて行くことはあり得る。
     王子は淡い花のような色の髪と瞳をした客人を色とりどりの花が咲き誇る自室前の庭へ招き入れていた。客人は昨夜王妃から賜った面紗を肩に掛けている。この庭は王子が自ら手入れをしている小さな薬草園でもあった。外からの視線や風を遮るため半円状の植え込みで覆われていて緑の壁のようになっている。壁の向こうには客人が連れてきた護衛が控えていた。

    「この辺は全部毒が取れるやつだ。そこの彩りがいい茸も絶対に素手で触るなよ」
    「そういえばローレンツくんが怒ってたよ」
    「どの件でだ?」
    「部屋を片付けなかった件で」

     クロードはヒルダ以外には誰にも何も告げずフォドラを後にした。どこへ行ったのかいつ戻ってくるのか、一体何を考えてのことなのか、そもそもいつまでもクロードの荷物に部屋を占有させておくわけにいかない、と言う理由でローレンツとマリアンヌはクロードの部屋を漁ったことがある。警戒したローレンツは革手袋をはめマリアンヌには物を触らせなかった。密偵対策に何を仕込んでいるか分からないと考えたのだろう。フォドラを去る、と気取られないようにクロードは毒薬や毒薬の材料もそのままにしていったのでローレンツの判断は正しい。

    「あいつどの瓶に触ったのかな……」

     ローレンツが仕込んであった薬品で火傷をしたことに驚いたマリアンヌが床の上にあったガラクタに躓いて転びお互いに回復魔法を掛け合っていた姿をヒルダはまだ覚えている。自分たちと違って一緒にいられて羨ましいと思ったからだ。
     
    「二人ともここに居たのね。ああ、ヒルダさん。今日は風が強いから面紗は頭から被ったほうがいいわ。髪に砂が付いてしまうのよ」

     クロードの部屋を通って庭に面紗をかぶったティアナが現れた。お付きの侍女はクロードの部屋の入り口で控えているのだろう。植え込みの向こうにはバルタザールがいる。

    「わかりました。ティアナさま」
    「母さん、ちょっと相談に乗ってくれ。そこが空いてるだろ?何か植えようと思うんだ」
    「カリードの庭で咲いているとどんなに美しくても毒草に見えてしまうわね」

     ヒルダはティアナの視線が逸れた隙に肩にかけていた面紗を植え込みの向こうに放り投げた。会話は筒抜けなのでバルタザールは絶対に察している。

    「やだ、風で飛んで行っちゃった!ねえ!取ってきて!」
    「おう!任せとけ!」

     バルタザールは飛び上がってヒルダの面紗を掴むと植え込みの隙間から庭に入り込んだ。侵入の言い訳となった面紗をそそくさとヒルダに渡し即座に身体をティアナの方を向けて片膝をつく。胸元に手を当て顔を下げる仕草を見ると日頃どんなに無頼を気取っていても元の育ちの良さが分かる。

    「お久しぶりです。俺のこと、覚えておいででしょうか?」
    「まあ、なんてこと!当ててみせるからまだ名乗らないで!」

     クロードが唇に手を当ててヒルダを手招きした。ティアナの気が逸れている今しかない。二人はバルタザールが素直に首を垂れている隙にそっと物音を立てずに部屋の中に戻った。

    「うまくいったね!クロードくん!」

     ヒルダが握り拳を振り上げるとクロードが何故かまた唇に指を当て手招きをしている。どういうことか、とそっと束ねた窓掛の近くにいるクロードの元へ近寄ると背中越しに抱きしめられた。

    「ここなら庭から見えない」

     窓掛を閉めてやりたい気持ちもあるが他人の目がある状態も保たねばならない。ヒルダも二人の会話が気になるが急にクロードに抱きしめられたせいか耳が自分の鼓動や彼の息遣いを拾ってしまう。ヒルダは二人を見張るどころではなかった。クロードはどうだか分からないが。
     バルタザールとティアナの邂逅は小さな砂時計の砂が半分も落ち切らないうちに終わった。膝をつき手の甲への接吻を許されてそれでおしまい、という流れが長引くはずもない。何事もなかったかのようにクロードは庭への扉を開いた。バルタザールはもう植え込みの向こうに戻っている。身分も用事もないのに王妃と同じ場所にはいられないからだ。

    「何か思いついたか?母さん」
    「そうねえ、今はここでは育たない故郷の花ばかり思いつくわ」
    「じゃあ午後のお茶の時に皆で話し合ってみるか。ヒルダも考えておいてくれよな」

     ティアナは何があったのかおくびにも出さず入り口で控えていた侍女と共にクロードの部屋を去った。クロードは扉が閉まった途端に大きな安堵のため息をつきヒルダも緊張してかいた額の汗を手の甲で拭った。それでもクロードがヒルダをお人好しと呼ばないのがありがたい。
     庭に面した扉が開きバルタザールが入ってきた。先程ティアナの前だけでまとっていた柔らかな雰囲気は消え失せいつもの彼に戻っている。その後は態度が崩れることがなかった。
     そして昨晩よりもかなり早い時間に今日は疲れたから、と言ってバルタザールはさっさと与えられた小さな寝室に引っ込んでしまった。昼の件に関する彼なりの礼なのかもしれない。

    4.寝室
     フォドラにいる時はガルグ=マク、デアドラ、首飾りの何処にいても互いの気を散らすものがたくさんあってまともに話し合いをするために環境を調整するのが大変だった。どうやらパルミラでもそれは変わらないらしい。
     だが今晩もバルタザールが寝室に引っ込んでくれたのでクロードはさっそくヒルダの寝室に入り込んだ。昼間とは異なり窓掛をきちんと閉め燭台の蝋燭を灯す。ファイアが使えるローレンツなら寝台に寝転がったまま蝋燭を灯すことができるのだろうが残念ながらクロードにはウインドしか使えない。寝台にいながらにして灯りを消すことはできるが灯りを消したくはなかった。
     昨晩は本当に久しぶりだったこともありお互いに何も言わずに寝台の上で実際に会わなければできないこと、に没頭してしまったし今晩も出来ればそうしたい。そうしたいのだがこれだけは絶対に言わなくてはならない。

    「ヒルダには今後も何回か行き来してもらうことになると思う。でもな……頼むから!!次からはレオニーを雇ってくれ!!バルタザールがいると気が散る!!」

     頼りないと言われようが情けないと言われようがそれがクロードの本心だった。これから二人で他の隣国出身の妃は必要ない、と家臣や親族たちを説得せねばならない。これまでの慣習を破るという大変なことが待ち受けているのに母の身辺に気を取られるのは御免こうむる。

    「バル兄って生々しいんだか爽やかなんだかよく分かんないわよね……」

     寝台の上で縋りつかれながら言われてしまってはヒルダも受け入れるしかない。対面時間のあの短さから言ってバルタザールが挨拶しかしていないのは確実なのだが母親のことだと思うと拒否感が強いのだろう。真の事情を明かせるわけもないのでクロードがヒルダ付きの男の護衛を嫌がった、という事実だけが表沙汰となる。真の事情が明るみに出ないようにする囮役をかって出てやろう、とヒルダは決めた。

    「返事は?」

     服の裾から手を侵入させながら催促することではない、と思いつつもヒルダはクロードがしたいようにさせている。白い肌の上をそっと這い回る手の持ち主は故郷に戻っても時間を作って弓の鍛錬を続けているようで以前と同じく胼胝だらけだ。

    「レオニーちゃんの他の依頼と重なってなかったら、ね」

     ヒルダは白い手をクロードの頬にそっとあてた。童顔なことを気にして生やした頬髭の奥に照れ屋で臆病な少年の姿が隠されている。ヒルダはクロードがリーガン家の嫡子として発表される前に開かれた諸侯向けの内々でのお披露目の時にクロードと会っている。その時はクロードに対して何の感想も意見もなかった。
     クロードを強く意識し始めたのは士官学校に入ったあと金鹿の学級の者たちの前で自己紹介をした時のことだ。皆が興奮してホルストのことばかりヒルダに質問する中でクロードだけがヒルダの顔にほんの一瞬だけ浮かんだ恐れや怒りを察して「両親と名字以外にホルストと同じところはあるか?」と皆の前で堂々とヒルダに問うてくれた。ヒルダはクロードのおかげで自分と兄は名字と両親と髪と瞳の色が同じなだけでそれ以外は全く違う人間である、と高らかに宣言することが出来た。それまでずっと周りの者に言いたかったのに言葉にすら出来なかった思いをクロードが引き出してくれた。

    「あーもうレオニーのこと通年で雇っちまうかなあ!!」

     そんなことは露知らずクロードはこの先のことを考えている。ヒルダは自分にのしかかるクロードの頭を抱えて身体の向きを変えた。部屋着越しに豊かな胸元に顔が埋まったのでクロードも抗わない。学生の時ほどではないがあちらこちらに跳ねている焦茶色の癖っ毛を白い指で梳く。風呂上がりに髪を整えるためにつけた香油の香りが辺りに漂った。おそらくパルミラでしか育たない花か果実で香り付けがしてある。香水にはそこそこ詳しいヒルダが嗅ぎ慣れていない香りだった。

    「甘くて良い香りがする」
    「土産に持たせようか?」

     クロードがヒルダの胸元で囁く。フォドラに戻って一人になった時この香りを嗅いだらクロードと共にいるような気持ちになるのか今、全身で感じている息遣いそれに体温がないことを寂しく思うのか。

    「私、今日はもう何にも考えたくない」
    「どんなに些細なことでも?」
    「うん、もう面倒くさい。全部明日にする」

     ヒルダが伝えたかったことを察したクロードが身体を起こそうとしたのでヒルダは白い手から力を抜いて瞼を閉じた。
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