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    11/3イベント展示用です。
    「かのひとはうつくしく」本編はこちらで全文読めます。
    https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=17484168

    7/23金鹿男女!で発表した番外編「ペアエンドまであと少し」とリンクしています。
    https://poipiku.com/1455236/7169273.html

    クロヒルとロレマリが並立していてクロヒルが見切れるので地雷の方はご注意ください。

    かのひとはうつくしく-その後-ロレマリ編1.実家
     ようやくデアドラでの政務を終え自領に腰を落ち着けることになったローレンツが本宅に戻ると父は執務室ではなく玄関の外で待っていてくれた。ようやく家督を継ぎ父を休ませてやれる。千年祭の日にガルグ=マクへ行くためこっそり抜け出てから今日まで本当に心配ばかりかけてしまった。

    「ローレンツ、中で母上が待っている。早く入って挨拶しなさい」
    「分かりました。父上、お話ししたいことがありますので夕食後にお時間を作っていただけますか?」
    「分かった。書斎で待っていよう」

     屋敷の中から出てきた召使いに荷物を任せローレンツは久しぶりに実家へと足を踏み入れた。手巾で目元を押さえる母の手に見事な紅玉の指輪が嵌っている。マリアンヌへ求婚する際に指輪を散々物色したがヒルダの協力を得られなかったらこの紅玉の指輪より素晴らしいものは見つからなかっただろう。長期間の不在を詫びローレンツは自室に戻った。
     身体を休めるため旅装を解き寝台の上に横たわり長い手足を投げ出す。マリアンヌが指輪を受け取ってくれたということは彼女がこの屋敷に引っ越してくるということだ。この部屋を夫婦の寝室にするならこの寝台はどうするべきなのか。エドマンド辺境伯のことだから嫁入り道具をたくさん持たせるだろう。果たして入りきるだろうか。執事が呼びにくるまで見慣れた天蓋の下でローレンツは家具の配置について考えていた。
     実家に戻って最初の食事くらいは心穏やかに食べたかったのでマリアンヌに求婚した件は食後に話すと決めたが視線が両親の指にはまっている指輪をつい追ってしまう。父は結婚指輪の他に私信や文書にいつでも封ができるように印章指輪をつけている。

    「ローレンツ、痩せてしまったのが心配だわ」
    「いつまでも食べ盛りというわけではありませんので……」

     きっと母の記憶に残っているのは士官学校にいた頃の食べ盛りな姿や食べることが仕事の一部であった前線にいた頃の姿なのだ、とローレンツは察した。戦時中より筋肉が落ちてしまったのは確かだ。食べて動かなければ筋肉は保てない。父と槍の鍛錬の予定を立てたりして久しぶりの親子水入らずな食事の時間は和やかに終わった。
     夕食後、ローレンツが父の書斎に向かうといつもは書類が山積みになっている机の上に杯が二つと蒸留酒の瓶が乗せてある。机の向かいにはローレンツが座るための椅子が置いてあった。無言で椅子を引くと父はローレンツの杯に指二本分の酒を注いだ。士官学校へ向かう前日にもこうして飲ませてもらったことがあるがその時には酒を割るための水が水差しに用意してあった。

    「父上、エドマンド家のマリアンヌ嬢に求婚しました」
    「使用人たちの間では意見が割れていた」

     グロスタール家はフォドラ各地に屋敷を構えているが使用人は現地採用が半分、エドギアから派遣する者が半分で異動も多い。使用人の研鑽になるしどの屋敷で何があったのか報告させる良い機会になる。

    「ゴネリル家のご令嬢とも手紙のやり取りをずっとしていただろう?」
    「将を射るにはまず馬を射よ、と言いますので」

     そしてやはりローレンツの行動は使用人を経由してエドギアにいた父にまで筒抜けになっていた。だが散々彼女たちへの言伝を頼んだのは自分なので使用人たちを責める気にはなれない。

    「なるほど、親友か。戦術としては正しいと言わざるを得ない。しかし……」

     家格も釣り合っているし共にガルグ=マクで学生時代を過ごし各地の死線を潜り抜けデアドラでベレトにこき使われた仲だ。実の親がどんなことになったのかも全て明かしてもらったがそれでも人生を共にしたいという思いは消えなかった。彼女が宿すモーリスの紋章は結婚の障害にならない。

    「マリアンヌさんほど勇敢な人を僕は他に知りません」
    「いや、私はお前の人を見る目は信頼しているよ。リーガン公の葬儀の際に見かけたので顔も覚えている。背が高くて細身で美しいご令嬢だったな」
    「では何故……」
    「ローレンツ、私ですらエドマンド辺境伯には言い負かされてしまう。お前は実に生直なたちだから彼を義父と呼ぶのはかなり大変だろうと思っただけだ」

     エルヴィンは空になったローレンツの杯に酒を注いでから自分の杯を煽った。もう薄めなくても蒸留酒が楽しめる年頃になったというのに自分はまだ親に心配をかけている。ローレンツの頬が酒以外の理由で赤く染まった。

    「父上、それは僕が彼女との結婚を諦める理由にはなりません……」
    「今後お前は幾度となく彼に言い負かされるだろう。勝ち目がないのに言い返したくなる時もある筈だ。だがそういう時は親の方が先に死ぬ、と思って我慢するのだ」

     若き日の父も舅に言い負かされた時はそう考えて我慢していたのかもしれない。ローレンツも将来、我が子に似たような助言をする日が来るのかもしれない。だが……。

    「父上、それは失言では?」
    「お前の胸の内におさめておきなさい。そしてこれまで以上に健康と安全に気を配るのだぞ。お前一人ではなく……」
    「妻子の分も、ですね」

    ローレンツは些か語尾を食い気味に父の言葉を継いだ。確かにマリアンヌを妻にするならば気を配ってやらねばならない。
     
    2.街中
     大乱の前はアンヴァルがフォドラ一の都会だった。セイロス教の教えの影響が少なくダグザやブリギットとも交易を重ねていたし三国の中で最も国土が広く豊かでフォドラ中の高級品はアンヴァルに集まっていた。戦争が終わりフォドラが統一されてからはデアドラがフォドラ一の都会になりつつある。東の大国パルミラと国交が樹立しつつあり東から物も人も金もエドマンド港かデアドラ港を経由してフォドラに流れこむようになった。パルミラに近いのはエドマンド港だが残念ながら港の規模が違う。デアドラ港の方がより多くの大型船を受け入れることが可能なのでエドマンド港が後塵を期している。
     ローレンツに会うためマリアンヌはデアドラに出向いて結婚式や新生活に備えて買い物をしていた。デアドラは直線距離はともかく交通面ではグロスタール領とエドマンド領の中間にあるため互いに自領に戻っている今は合流しやすい。
     エドマンド辺境伯が待ち合わせ場所に少し早めに着いていたローレンツの前にマリアンヌの手を取って現れた。マリアンヌはエドマンド辺境伯の養女と言うことになっているが実際は血の繋がった伯父と姪なので二人はよく似ている。水路の渡し船に乗っている者たちからは実の親子に見えるかもしれない。

    「ごきげんよう、婿殿。今日は晴れているから荷物が濡れる心配がないな」
    「お久しぶりです。辺境伯、マリアンヌさん」

     いつもならローレンツが自らエドマンド家の上屋敷へ迎えに行くので今回はデアドラ中央教会近くにある庭園で待ち合わせを、とマリアンヌから言われた時点で二人きりになれないだろうと覚悟していた。咲き誇る薔薇が心を慰めてくれることを願って場所を指定してくれたマリアンヌの気遣いが嬉しい。

    「こうしてマリアンヌと共に買い物が出来て私は幸せだ」

     普通の若者なら期待に胸を膨らませて新生活への支度をするはずだが士官学校入学前のマリアンヌは厭世観や希死念慮に苛まれ何一つ支度しようとしなかった。十代の娘が自分のために小物を買いたがらないというのだから当時のマリアンヌが如何に深刻な状態であったかが分かる。そんな養女に代わって買い物や荷造りをしたのは養父であるエドマンド辺境伯だった。その時期のことを思えば確かにこうしてデアドラの街中で買い物ができる日々は幸せそのものと言えるだろう。
     硝子工芸の店を数軒巡った後で辺境伯がマリアンヌに髪飾りを買ってやりたいというので三人は彼がデアドラで贔屓にしている宝飾店にやってきた。確かに伯爵夫人ともなれば硝子玉で出来た髪飾りで済ませるわけにはいかない場面がある。店主はローレンツが贈った婚約指輪を目にするとひどく真面目な顔をしてマリアンヌに語りかけた。

    「申し訳ありませんが店の者たちを集めてもよろしいでしょうか?」

     ヒルダが作ってくれた大切な指輪に何か瑕疵や曰くがあるのだろうか。予想外の提案をされ動揺した彼女が救いを求めるように真っ先にローレンツの方を見つめた。こういう時にこれまでなら養父である辺境伯を見ていたのだろうが今は違う。待ち合わせ場所でエドマンド辺境伯の姿を目にした時に感じた苛立ちは朝日を浴びた霜のように溶けローレンツの胸の内から消えていった。未来の義父はお手並み拝見といった顔をしてローレンツを眺めている。

    「この指輪は僕が彼女に贈ったものだ。何か気になる点があるのだろうか?」

     ローレンツはマリアンヌの白い手をそっと握った。店主に対してなるべく苛立ちを感じさせないような話し方を心がけたつもりだがおそらくエドマンド辺境伯には気取られているだろう。

    「これほどの逸品は滅多に出回りません。店の者たちに見せて真に良い金剛石がどんなものなのか勉強させたいのです」
    「そういうことでしたら……」

     安心したマリアンヌが指輪を外し天鵞絨が貼ってある小さな板の上にそっと置いた。ヒルダの豪快さもこの金剛石のように輝いている。店主は礼を言うと手を叩いて店の者たちを呼び寄せた。次にこんな逸品いつ見られるか分からないぞと言う店主の言葉に頷いた店の者たちは真剣な顔で指輪を凝視している。その様子に若干ローレンツもマリアンヌも引いていた。

    「確かに大きくて美しいとは思うが……」
    「若様はどちらでこの指輪を手に入れたのですか?」

     すれたデアドラの宝石店で働く者たちがこんなはしゃぎ方をするほどの金剛石の出所をローレンツとマリアンヌは知っている。その上で何かを察した紫色の瞳と榛色の瞳が見つめあう。あれは詫びの品だ。

    「友人から譲り受けた。友人はパルミラに少々縁があるのでおそらくそちらの伝手だろう」

     ローレンツは嘘をついていない。嘘はついていないがクロードが一体、何をやらかしてヒルダを怒らせたのかが気になった。マリアンヌも同じことを考えているらしく目が合うとひどく真面目な顔をして小さく頷いてくれた。ローレンツは伏し目がちであった彼女と目が合うようになったことに言いようのない幸せを感じる。

    3.手紙
     養父と共にエドマンド領の本宅へ戻ったマリアンヌは執事から自分宛の手紙を受け取ると思わずその封筒を胸に抱きしめた。この日数で返事が来たということはヒルダがゴネリル家にいる時に上手く本人の元へ渡ったのだろう。パルミラに行っている場合はゴネリル家に手紙を留め置いて貰っているためかなり時間がかかる。
     "マリアンヌちゃん、お元気ですか?"から始まる簡易で素朴な文章はいつもマリアンヌの胸を打つ。打算がなく誠意だけがそこにあるからだ。

    「上屋敷も楽しいがやはり住みなれた我が家が一番、と思うようになったらもう年だな」

     養父が執事に外套を預けながらしみじみとそう呟いた。身に付けている襯衣はわざわざエドマンド領から生地を持参してデアドラで仕立てた物だ。エドマンド辺境伯は交易で得た莫大な富を染料や織物といった地場産業に投資している。

    「あら、もうそんなお年なのですか?」
    「そうとも!なんと言っても私は花嫁の父だからね」

     マリアンヌが嫁げばまたエドマンド辺境伯は一人きりになってしまう。年寄りは部屋で休ませてもらうよ、と言って去る後ろ姿が少し寂しそうだった。マリアンヌは家臣や召使たちと話せるようになった頃、養父は本当に一人きりなのか確かめたことがある。自分より優先すべき人がいるなら遠慮してほしくないと思ったからだ。だが家臣も召使も首を横に振りマリアンヌが養女として自分たちの主人と共にいることを喜んでくれた。グロスタール家に嫁ぐことになっても彼らのことを疎かにはできない。
     自室に着くと荷解きもせずにマリアンヌはヒルダからの手紙の封を切った。遠方とのやりとりなのでたまに手紙の内容が食い違うことがある。マリアンヌがデアドラから出した手紙には指輪の金剛石が自分たちが想像していたより遥かに価値が高くとても驚いたことについて書いたのだが今回受け取った手紙はその件への返信だろうか。マリアンヌは深呼吸してから便箋を開いた。

    "マリアンヌちゃん、お元気ですか?お察しの通りあれはクロードくんから私に贈られたご機嫌伺い兼詫びの品です。パルミラとフォドラの慣習や法律の違いもあって書類上での結婚は当分先になるけれどこの秋から王宮ではなく王都に用意した館に一緒に住もう、全て用意するから身一つで来て欲しい、とクロードくんから提案されていました。でもクロードくんが不注意で小火騒ぎを起こしてその話が延期になってしまったの。"

     マリアンヌは小火騒ぎという単語だけ拾ってしまい反射的に王宮内における権力争い故の付け火かと考え慌てて文章を何度か読み返した。クロードの不注意ときちんと書いてある。手の甲で額の冷や汗を拭ってから続きを読み始めた。

    "延期について詫びた最初の手紙には何も同封されていませんでした。結婚を考える歳になったのに好奇心が抑えられなくて小火騒ぎを起こすなんて有り得ないでしょ?だからパルミラ語でも"絶対に許さない"と書いた手紙をクロードくんに送ったの。ここまで読んで察したと思うけれど……"

     怒られてようやく詫びの品を用意した、というわけだ。ヒルダはひと目で贈られた金剛石の価値を理解しただろう。きっと自分のために指輪や首飾りを作ることも出来たし彼女のことだからそれはそれは素晴らしいここぞという時に身に付けるような逸品になったはずだ。そしてヒルダの隣に立つクロードは美しい指輪もしくは首飾りを目にするたびに自分がかつてヒルダを激怒させたことを思い出すわけだ。だからと言って水に流すために死蔵するのも勿体ない。

     ヒルダからの手紙を読み終え再び封筒にしまったマリアンヌは左手を顔の高さに上げた。薬指の上で指輪は相変わらず輝いている。ローレンツから指輪を渡された時もその指輪を作ったのがヒルダだと聞いた時もこの上なく嬉しかった。この指輪は死ぬまで付けていたい。満足げに微笑むと便箋を取り出すためマリアンヌは引き出しを開けた。ヒルダ宛の手紙を書く時はいつも蝋引きの書字板を使って文章をあれこれ考えてから便箋を取り出す。しかし今日は書きたいことが明確に決まっていた。

    "ヒルダさんはクロードさんの失敗を忘れてあげることに決めたのですね。事情を知ってますます婚約指輪が大切に思えてきました。将来、私が子供に恵まれその子が結婚を考える時になってもこの指輪を譲ってやれないような気がします。
     私もヒルダさんに倣ってクロードさんがヒルダさんとローレンツさんをこちらへ置き去りにしたことを許してさしあげることにしました。
     いつまでゴネリルにいらっしゃいますか?可能ならばこちらでお会いして直接お礼を……"

    4.上屋敷
     三度目の正直とはよく言ったもので二回連続でエドマンド辺境伯がくっ付いてきたが今回、ローレンツはマリアンヌと二人きりになれた。そして今ちょっとした事情がありマリアンヌはローレンツの部屋でエドマンド家の上屋敷から召使が戻って来るのを待っている。

    「ご面倒をおかけして本当に申し訳ありませんでした……」
    「いや、良いんだ。あれは正しい行動だったしこちらこそ至らない点が多くて本当に申し訳なかった」

     ローレンツは今日の一件でエドマンド辺境伯からどんな酷い嫌味を言われるか分からない。しかしその覚悟を決めた。髪が濡れたまま頭を下げて謝るマリアンヌの左手薬指にはまだあの金剛石の指輪が輝いているのでそれだけでもう良いような気すらしている。
     今日は挙式に必要なものを探すという名目でデアドラの街中を二人でそぞろ歩きする予定だった。ローレンツもマリアンヌもそれはそれは今日という日を楽しみにしていた。生憎の雨だったが腕を組んで歩けば傘はひとつで充分だしマリアンヌが転ばないようにローレンツが気をつけてやれば良い。ところが歩き始めてすぐに二人の目の前で女性が水路に転落した。通りかかった渡し船の漕ぎ手が慌てて櫂を差し出したが気でも失っているのか掴もうとしない。その様子を見てまずいと思ったローレンツが上着の釦に手をかけた瞬間、マリアンヌから声をかけられた。持っていて下さい、と自分の手のひらに乗せられた金剛石の指輪を見てローレンツがどういうことかと一瞬だけ戸惑った隙にマリアンヌは水路に飛び込んでいて雨で濁った水面には水色の髪が広がっていた。飛び込んだ際に結んでいた髪が解けたのだろう。
     そこから近所の者が呼んだ巡警が到着し二人揃って彼らの詰所で毛布に包まりつつ再び彼女の薬指に指輪をはめてやった瞬間までローレンツは全て鮮明に覚えている。しかし一連の流れを言語化したくない。先日、父に妻子の安全に気を配るように心がけると宣言したばかりなのに自分は一体何をやっているのか。あれこそがモーリスの紋章をその身に宿す者の本分だと言うのに。

    「あの方が気を失っていたから私でも養父に教えてもらった通り助けることが出来ました」

     マリアンヌは要救助者に背後から近寄り脇の下から手を入れて水面から顔が離れるようにしていた。きちんと呼吸を確保させたいという意図がある行動だった。

    「技術が身に付いていることは本当に素晴らしいが肝が冷えたよ」

     転落場所からほど近いグロスタール家の上屋敷から迎えが来るまでの間に改めて聞いたがエドマンド辺境伯はマリアンヌを養女にしてすぐに縦帆を使った小型船の操船術を彼女に教えたようだ。強風を受けて横転することもしょっちゅうだったという。でもおきあがりこぼしのように起き上がるので、とはマリアンヌの弁だが見た目からでは想像がつかない特技と言える。
     ローレンツも船着場の整備用階段から水路に腰のあたりまで浸かって要救助者を抱き上げたりしたため結局二人とも海水で全身べとべとになってしまった。上屋敷についた途端、大袈裟に嘆く召使たちによって二人はまとめて浴室に追い立てられ身包み剥がされた。雨の日に水路に転落した、とだけ聞いた召使たちの衝撃を思えば逆らうことなど出来はしない。

    「何だか懐かしい気分ですね」
    「確かにガルグ=マクを思い出す」

     他人と共に入浴し髪や体を自分で洗うのはガルグ=マクにいた時以来だろうか。ローレンツは今晩、エドマンド家に泊まるつもりでいたのでお抱えの施術師に休みを与えてしまっていた。
     そして風呂から上がって気づいたのだがここにはマリアンヌの着替えがない。急いで洗って暖炉の前に干しても乾くはずもなく当然裸でいさせるわけにはいかないので平謝りをしてローレンツの肌着や襯衣を渡した。マリアンヌは男物の肌着や襯衣を身に付けその上から毛布を被っている。当然、人前に出られる格好ではないので召使に今すぐエドマンド家の上屋敷に行って靴も含めたマリアンヌの着替えを一式持ってくるようにと申し伝えた。
     これでようやく一息つける筈だったがローレンツはマリアンヌを咄嗟に客室ではなく自分の部屋に通してしまった。この顛末がクロードに知られたら十年は揶揄われてしまうし婚約中の今、辺境伯には絶対に知られたくない。ローレンツは自室の見慣れた長椅子に真っ白な脚を揃えて座る婚約者の隣に腰を下ろした。毛布を肩から被っていてもいつもは隠れている膝や太腿が剥き出しになっている。肩にそっと手を回して毛布を掴み足が冷えてしまうからと言って膝にかけ直してやった。
     だが上半身から毛布を剥がすと今度はいつもなら紺色の釣鐘型をした外衣で隠されている上半身の体の線が男物の襯衣のせいであらわになってしまう。婚約してからローレンツはマリアンヌと何度も寝台で朝の紅茶を共に飲んだことがある。それにも関わらず棚からさっさともう一枚予備の毛布を出せば良いということにローレンツは気が付かず召使が婚約者の着替えを持参するまで固まっていた。
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    9660moyunata

    DONEテレビゲームをするだけの現パロ年後クロロレ
    光属性ですご安心ください。
    「ローレンツはゲームとかしないのか?」
    「そんなもの、時間の無駄だろう」
    やっぱりそう言うと思った。庶民の娯楽に現を抜かしてる暇なんてありませんって顔に書いてある。
    「じゃあさ、1回だけ対戦付き合ってくれないか? このゲーム1人でもできるんだけどさ、せっかく買ったんだしちょっとくらい人と遊んでみたいんだよ」
    「仕方がないな、1度だけだぞ」
    ローレンツはせっかくだから、とかそういう言葉に弱い。あいつは俺のことに詳しいなんて言っているが、俺だって負けてない。ローレンツが俺のこと見続けているなら同じだけ俺もローレンツを見ているんだ。
    今始めようとしているゲームはいわゆる格闘ゲームだ。さすがに初心者のローレンツをこてんぱんにするのは気が引けるから、あえて普段使わないキャラクターを選ぶ。それでも俺の方が強いことに変わりはない。手加減しつついい感じの差で勝たせてもらった。
    「......。」
    勝利ポーズを決めている俺のキャラクターをローレンツが無表情で見つめている。よし、かかったな。
    「クロード、もう一戦だ」
    「おっと、1回しか付き合ってくれないんじゃなかったのか?」
    「せっかく買ったのに 1372

    111strokes111

    MAIKING「説明できない」
    赤クロと青ロレの話です。
    3.遭遇・上
     三学級合同の野営訓練が始まった。全ての学生は必ず野営に使う天幕や毛布など資材を運ぶ班、食糧や武器等を運ぶ班、歩兵の班のどれかに入りまずは一人も脱落することなく全員が目的地まで指定された時間帯に到達することを目指す。担当する荷の種類によって進軍速度が変わっていくので編成次第では取り残される班が出てくる。

    「隊列が前後に伸びすぎないように注意しないといけないのか……」
    「レオニーさん、僕たちのこと置いていかないでくださいね」

     ラファエルと共に天幕を運ぶイグナーツ、ローレンツと共に武器を運ぶレオニーはクロードの見立てが甘かったせいでミルディンで戦死している。まだ髪を伸ばしていないレオニー、まだ髪が少し長めなイグナーツの幼気な姿を見てクロードの心は勝手に傷んだ。

    「もう一度皆に言っておくが一番乗りを競う訓練じゃあないからな」

     出発前クロードは念を押したが記憶通りそれぞれの班は持ち運ばねばならない荷の大きさが理由で進軍速度の違いが生じてしまった。身軽な歩兵がかなり先の地点まで到達し大荷物を抱える資材班との距離は開きつつある。

    「ヒルダさん、早すぎる!」
    「えー、でも 2073

    111strokes111

    MAIKING「説明できない」
    赤クロと青ロレの話です。
    5.初戦・上
     三学級対抗の模擬戦はクロード達の勝利に終わった。これもクロードの記憶とは異なっている。容赦のなかったベレスの記憶があるクロードは事前に何か工作するかベレトに探りを入れてみたが拒否された。こんな下らないことに全力を尽くすなという意味なのか気高い倫理観の持ち主なのかはまだクロードには分からない。腹下しの薬は冗談だったが賛同してもらえたら武器庫に忍び込んで他学級の使う武器の持ち手にひびを入れてしまうつもりだった。

     母国やデアドラと比べるとガルグ=マクは肌寒い。気に食わない異母兄が王宮で働く女官を寝室に引っ張り込むような寒さだ。それでも来たばかりの頃と比べればかなり暖かくなっている。過酷な太陽の光に慣れたクロードの目にも山の緑は目に眩しく映った。長時間、薄暗い書庫で本を物色していたからだろうか。廊下に差す光に緑の目を細めながら歩いていると大司教レアの補佐を務めるセテスに声をかけられた。クロードは規則違反に目を光らせている彼のことがあまり得意ではない。

    「ちょうど良かった。クロード、後でベレトと共にこちらに顔を出しなさい」
    「分かりました。セテスさんは先生が今どの辺りにいる 2100

    111strokes111

    MAIKING「説明できない」
    青ロレ赤クロの話です。
    6.初戦・下

     クロードから自分たちを襲った盗賊の討伐が今節の課題だと告げられた皆は初陣だと言って沸き立っていた。金鹿の学級は騎士を目指す平民が目立つ学級で入学以前に領主の嫡子として盗賊討伐を体験している者はクロードとローレンツしかいないらしい。クロードはローレンツの印象よりはるかに慎重で毎日先行したセイロス騎士団がどの方面へ展開していったのか細かく記録をつけ皆に知らせていた。セイロス騎士団に追い込んでもらえるとはいえどこで戦うのかが気になっていたらしい。

     出撃当日、支度を整え大広間で待つ皆のところへベレトがやってきた時にはローレンツたちはどこで戦うのか既に分かっていた。

    「騎士団が敵を追い詰めたそうだね。場所はザナド……赤き谷と呼ばれている」

     そう言えばクロードはザナドが候補に上がって以来やたら彼の地についた異名の由来を気にしていた。赤土の土地なのか赤い花でも咲き乱れているのか。土地の異名や古名にはかつてそこで何があったのかが表されていることが多い。土地の環境によっては毒消しが必要になる場合もある。だが先行した騎士団によると特殊な条件は何もない、とのことだった。初陣の者た 2081