クロロレワンドロワンライ第44回「秘密」 クロードがアンヴァルに放っている密偵たちはどれもこれも芳しくない知らせを寄越してくる。エーデルガルトの目指しているもの、は分かる。平時のパルミラは緩やかな国で政治は宗教に興味を持たないし宗教も政治に興味を持たない。欲しい土地ができた時に月の光の及ぶところ全てを与える、と言う言い伝えを敢えて悪用するくらいだろうか。
ただパルミラの場合は土地とそこから得られる税収が全てなのだ。その土地に暮らす民が頭の中で何を考えていようとそこには介入しない。セイロス教の場合はそこが違う。クロードは頭の中に手を突っ込まれて掻き回されるような嫌悪感を覚える。今クロードの目の前にいる円卓会議に出席するような諸侯たちはまだましなのだ。
「豊作であれば西部の諸侯たちもあのような振る舞いはしなかっただろう」
グロスタール伯は王国の西部諸侯の振る舞いについて苦々しく思っているらしい。あちらが一丸となって帝国に対抗しなくなれば矛先が同盟に向いてしまう。
「そうですね、我々が辛うじて礼節を守っていられるのはこの土地が豊かで王冠を戴く者がいないからです」
高値でガラテアやフラルダリウスに食糧を売りつけかなり懐が豊かになったエドマンド辺境伯は何食わぬ顔でそう語った。彼が先程から口にしているのは東方の着香茶でおそらくブリギットかダグザを経由してフォドラに流通している。パルミラと国交が成立すればエドマンド家は更に栄えるだろう。
「では引き続きファーガスには矢面に立ってもらおう」
ディミトリに恨みはないが人間は何かを守るためなら自分が予想していたよりも遥かに卑劣なことが出来る。諸侯たちとの会議は珍しくクロードへの異議がない状態で終わった。レスター諸侯同盟はアドラステア帝国そしてパルミラ王国と国境を接している。二正面作戦など正気の沙汰ではない。だがクロードには懸念があった。フォドラの内紛が再びシャハドを焚き付けてしまったら急いでミルディンに蓋をするしかない。
「グロスタール伯、少々二人きりでお話ししたいのでお時間をいただけないだろうか」
「では息子にもう少し待つように伝えなくては」
グロスタール伯は今回ローレンツを帯同していたようだ。エドマンド辺境伯はどうだろうか。彼は留守を預けるという形でマリアンヌに研鑽を積ませることも多い。クロードは召使に従者の間で控えているローレンツへの言伝を頼み祖父オズワルドが個人的に使っていた応接間に招き入れた。
「アンヴァルからの誘いは中々情熱的なようで……」
「君やローレンツはどうだから知らんが定石通りの振る舞いに動揺するほど私は若くない。見れば分かるだろう」
彼の言う通り分割統治は難題解決の基本で現グロスタール伯はクロードの母と同世代だ。グロスタール家との間に楔を入れられたらクロードは帝国の出先機関と化したグロスタール家への対応で手一杯になってしまう。クロードはグロスタール伯の言葉に頷いた。
「ご子息の目下の悩みはお父上の心の内が知れないことらしい」
「あれは気直な質だから私は当分隠居できそうにない」
ローレンツは捻くれたクロードからすると身体も心も素直だ。しかし身体の反応と心が食い違い矛盾している。クロードが少しちょっかいを出しただけであんなに初心な反応を見せるくせにクロードを信用せず何故、としか言わない。
「いや、この場合は頼もしい限りです。グロスタール伯、ミルディン防衛に関してひとつ策を考えたのでお聞きください」
グロスタール伯はクロードの策を一通り聞き終えるとため息をついた。
「あれもそろそろ秘密を持ってもいい年頃だが盟主殿のようになっては領民が困るな。領主は領民に対してその親のように誠実でなけれはならない」
ローレンツは秘密を既に持っているがどうやらグロスタール伯はクロードとの関係に気付いていないし無責任な親もそこかしこに存在する。