離婚して再婚するやつ(仮)20 残業を終えたクロードに真っ先に反応してくれたのは玄関の照明だった。廊下の向こうに見えるリビングから明かりが漏れているのでローレンツはまだ仕事をしているようだ。一応ただいま、と声をかけてみたが気がついているかどうかは怪しい。
クロードにとって試験は受けるものだがローレンツにとっては作って採点するものだ。高学年向けの記述式のものともなると採点にはかなり時間がかかる。クロードは手を洗ってからリビングのドアを開けた。
「おかえり。やはり日は跨いでしまったか」
ローレンツは顔を上げ保護者たちからの結婚祝いに目をやった。彼の勤務校には何故か連名で壁掛け時計を贈る伝統があるらしい。
後で束ねたまっすぐな紫の髪が顔に合わせて軽やかに動く。問題作りも含めた試験期間中は美容院に行く暇などない。日頃から授業中は結んでいるらしいのだが自宅では繁忙期にしかみられない髪型だ。
「ただいま、努力はしたんだが片付かなくてね」
「食事はしたのか?」
「答案汚したら悪いからダイナーで軽く食ってきたよ」
欠伸をしながらクロードは応えた。答案用紙の美しさが保たれた代わりにクロードのワイシャツはケチャップで汚れている。人間は疲れてくると些細な動作から失敗し始めるのだ。
「そのワイシャツは明日、僕の服と一緒にクリーニング屋に持っていこう。さっさとシャワーを浴びたまえ。今からなら五時間は寝られるだろう?」
クロードが頷くとローレンツはテーブルに広げていた採点中の答案用紙を片付け始めた。ローレンツは保護者たちのめざとさに辟易としているがクロードに言わせれば彼も充分にめざとい。だがローレンツは褒めるべき点を小刻みに探しているのだ。人を疑ってかからねばならないクロードとはそこが違う。
いつもならシャワーのついでに髭も剃ってしまうし、髪も乾かすのだが今晩は時間が惜しい。先ほどの言葉を思い出しつつ、少し熱めのお湯を浴びるクロードの頬はゆるみっぱなしだった。もう少し若かったら鼻歌を歌っていたかもしれない。あれは残業を終えて疲れているかもしれないが一時間くらいはベッドの上でクロードと楽しみたい、というローレンツからのお誘いだ。
水入らずの時間を一時間で終わらせるかどうか、そしてベッドだけで済ませるかどうか、はクロードにかかっている。