残った原稿の仕上げ方「直木が死……じゃない。酔って倒れちまったんだ」
「岩野さん。勝手に殺してはいけませんよ」
――酷すぎるストッパーだ。
コナン・ドイルは夢野久作を観察し続けているが、分かったことはとり作っている夢野を制御しているのは斜め上の岩野泡鳴ということだ。
個性には個性をぶつけて制御しているのである。
飲食室では直木三十五が寝息を立ているなか、ラヴクラフトが壺を抱えて剣呑な雰囲気でいる。
「落ち着け。ラヴクラフト。何があったんだ」
「いちごビネガー。いちご酒。大きい瓶。ありました。健康。ナオキ、飲みます。いちごビネガー。違う。いちご酒。すり替え。ラベル」
「直木さんは下戸ですからね」
直木がいちご酒を飲んでしまって量が多かったのか泥酔してしまったらしい。机の上にはいちごビネガーといちご酒の瓶があるがラベルがなければ区別がつきづらい。
「原稿。ウルタール。あります。疲労。たまる。ました。おやすみ。終わらない。原稿。締切、守らない。坂口。駄目」
「仕方がありません。坂口さんの原稿を埋めている直木さんの原稿の代理を私が」
「代理が代理を呼んでいるぜ」
代理を呼びすぎであるとドイルは想った。夢野が原稿うめをやろうとしていた。
「すげ替え。だれ? 松岡、『くま』間違えない。間違え、ません」
「アイツに聞けば一発だろ。記録は見られるみたいだし」
「純喫茶、行きました」
「推理であててみよう」
記録を見ればすぐなのにそれができる者はいない。
犯人は誰か……ドイルは当てることにした。
ポーがラヴクラフトを探して飲食室に来る。
「パクチーアイスだ!」
「何故。混ぜます。パクチー。アイス。わからない。分かりません」
「俺はパクチーが大丈夫だがお前は駄目なんだな」
「パクチーの好き嫌いは世界共通として……日本ではつぶあんと漉し餡、きのこと筍の争いは根深いようだからね」
飲食室では直木三十五がソファーで寝息を立てていて、ラヴクラフトがパクチーアイスに怯えていて岩野泡鳴が皿にパクチーアイスを乗せていてドイルが話していた。
「ハワード。ナオキは寝ているのか」
ポーが呼び掛けるとラヴクラフトが途端に毛並みを逆立てたような猫になる。
「ナオキ。いちごビネガー。いちご酒。ラベル、挿げ替えた。犯人。分かりません。間違えました。飲みすぎ。寝ました」
「犯人は私と岩野君が当てるとして」
「夢野の奴が直木が書いていた話の原稿の続き書いてる。元々は坂口のだけどな」
三人の説明で何があったのかをポーは理解した。
「怒るな。ハワード。犯人はお前たちが……当てられるのか?」
「聞き込みだね。アイスで機嫌を取ろうとしたらパクチーだったから」
「誰だパクチーとアイスを組み合わせたのは」
「コリアンダーアイスでもいいけど取れまくったからだろうぜ」
コリアンダー=パクチーである。ラヴクラフトはパクチーが苦手であった。
「アイスは冷凍庫にマシなのはあるだろう。機嫌を直せ。犯人が見つかれば怒ればいい」
「パクチーは駄目か」
「私は食べられるがハワードが驚いてしまうだろう」
それもそうか、と泡鳴は呟いた。
「大丈夫。一緒に怒られてあげるから」
芥川龍之介は犯人に向かって笑いかける。おとうとねこに邪険にされているのは慣れている。
怒りを和らげるのは、ともだちねこの役目であった。