花を贈る【花を贈る】
三月は別れの季節だ。
卒業式がある。卒業式は学生の一大イベントだ。終えて、次の新しい場所へと旅立つ。学生でなくても人によっては旅立つ。
「ホワイトデーのお返しをどうするかだな」
「卒業式も近いが、ホワイトデーも近いもんな。司書へのお返しは纏めて返すとして」
帝国図書館近くの商店街を田山花袋と国木田独歩は見て回っていた。
三月にはホワイトデーがある。バレンタインデーのお返しイベントだ。帝国図書館の文豪たちの間では生贄の日とか供物の日とか言われている。
これは特務司書の少女が毎年バレンタインデーのチョコレートをくれるのだが、お返しをきっちりしておけば何かがあったときに便宜を図ってもらえるからだ。
何かがあったときというのは侵蝕者との闘いではなく、高すぎるものを買ってしまい帝国図書館に支払いを一時的に頼んだらスタッフに怒られた時とか
庇ってもらえるからだ。
纏めて返すというのは司書は毎年バレンタインチョコの値段を言ってくれるので、文豪達によっては集まって資金を集めてお返しを買うのだ。
今年のバレンタインチョコレートは六百円だと話していた。六百円でも文豪達だけでも八十五人いて全員分買うと値段はそれなりになる。
値段を告げているのは文豪によっては一人で十倍に割り増してお返しを買う者もいるし、六百円でも手持ちの資金の都合で返せないという文豪もいるからだ、
「俺と独歩、藤村とか岩野で纏めて返せばいいし、問題は透谷のお返しだな」
「バレンタイン、貰ったからな」
花袋と独歩は北村透谷のバレンタインのお返しを考えていた。
バレンタインデー、透谷は親しい者たちに手作りのバレンタインチョコレートをくれたのだ。今年のバレンタインチョコレートはトリュフだった。
透谷からするとバレンタインは親しい者たちにチョコレートを配る日であるようだった。
「透谷のお返し。しっかりとしたものは返したいからな」
司書には返さないのか? というわけではなく、司書は司書でまとめて返すメンバーで考えればいいのだが透谷に関しては花袋や独歩で
それぞれ返そうということにはなっていた。藤村は詩を贈るらしい。
「花袋はバレンタインの他にもアフタヌーンティの時に世話になっただろう」
「それも含めてだな。透谷へのお返し。何を返せばいいやら」
「ホワイトデーのお返しはお菓子言葉とかあるらしいけど、意味とか含まれてもな」
「美味しいお菓子。ぐらいにされる可能性があるのと知らねえし。お菓子言葉」
マシュマロやクッキーには返礼の意味があるらしいが、花言葉みたいなものだろうかとなる。
気づかれないと花を貰ったとかお菓子を貰ったで終わってしまうものだ。商店街にはお菓子屋や洋服屋やスーパーなどがあるが、
何で返すかもまだ二人は決めていなかった。
「この近く、志賀の店があったな」
「行ってみるか」
独歩が気づく。同僚とも取れる文豪が商店街の一角で店をしていることを思い出した。花袋と独歩は、プレゼントを探すために彼の店を
訪れることにした。
【GRAY MOON】と古民家の前にある看板には書かれていた。意味は『灰色の月』、店主が書いた作品の一つから店名が取られていた。
「いらっしゃ……国木田と田山か。どうしたんだよ」
珍しいな、と店主である志賀直哉が出迎えた。
古民家を改築して作られたこの店は週に何回かやっている。かつて、大事件が起きた際にこの店が出来た。
「透谷のホワイトデーのお返しを考えたくてさ。店になんかあるか。お返しになりそうなもの」
「ギャラリーでアクセサリーとかおいてるぜ」
花袋が言えば志賀が店内を案内してくれた。今は空いているようだ。志賀の店はカフェと雑貨屋が併設されていて、店の奥にはカフェがあり、
志賀特製のカレーをメインに出している。店舗の一角はギャラリーとなっていて、貸し出しをしているようだった。
「花見イベント。やるんだな」
「俺の方にも出ないかってきていたけど、図書館の方にも来ているはずだ」
壁にはポスターが張られていて、近くの公園でやる花見イベントの知らせが書かれていた。桜の花が満開になるころにお花見をするのだそうだ。
花見は帝国図書館でも行われている。図書館の中庭には早咲きの桜が咲いていて、文豪によっては桜の下で花見をしていた。
商店街が毎年行っている花見イベントだが、志賀は出店者として出るし、帝国図書館も出店者として出る。
「酒も出るみたいだぜ」
「飲みに来る奴とかいそうだ。……絶対にいるな」
いそうだ、ではなくいるなになってしまうのは文豪は酒のみがかなりいるからだ。
「コーヒーとかも出るぞ。俺はカレーを出す」
「そればっかりだな」
「カレーは作るのが面白いし」
志賀と独歩が親しげに話している。文豪は全員で八十五人いるが転生順があり、花袋たちは初期の方に転生が確認された三十五人に含まれるが、
個別順としては独歩と志賀の方が先に転生してきた。図書館での関わり合いがあるため彼等は親しく話す。
小説の神様はカレーを作ることを非常に好んでいて他の料理も出来るのだが専らカレーばかりを作り、それにより何度か反乱も起きている。
ギャラリーはこっちだと志賀が案内をしてくれた。雑貨屋スペースの片隅に花をモチーフにしたアクセサリーが置かれていた。
「ここはギャラリーなんだろう」
「そうなる。お返しに丁度いいものもあるかもしれないから見てろよ。お茶は奢りで淹れてやる。カレーはないんだが売り切れた」
「人気なんだな」
「常連で食べに来る奴、結構いるぜ。今はスパイスを石うすで挽いてた」
石臼……と花袋や独歩が口に出す。スパイスをするのにもこだわりを持っているようだ。
志賀がお茶を入れに行く間に花袋と独歩はアクセサリーを眺める。白い花をモチーフとしたアクセサリーやピンクの五枚花のアクセサリーもある。
ピアスやネックレス、イヤリングもあり値段を確認してみれば手ごろだ。
「これとかよさそうだな。髪につける花飾り。透谷に似合うだろうってなる」
「俺はマグカップにしとくかな」
雑貨スペースにはマグカップも置かれていた。独歩が選んだのは白いマグカップだ。花袋は華やかな髪飾りを手に取る。
透谷は可愛いものが大好きで、これも可愛いに入るだろうと花袋は想う。
白いバラの花や桃色の薔薇の花が繋がった髪飾りだ。バレンタインデーのお返し破産倍返しとは言われているのでこれは三倍になるだろうとはなる。
「ホワイトデーのお返しか。北村も明るくなったよな。もう転生して二年か」
「文學界の浄化は大変だったけど、来てくれてよかったよ」
志賀がお盆に湯呑を持ってきていた。中には暖かなお茶が入っている。
「転生してよかったぜ」
あれから二年が経過して、透谷は毎日を穏やかに過ごしている。文學界の浄化は大変だったけれどもやってよかったとはなった。
「この花飾り、貰えるか? ラッピングもしてほしいんだが」
「俺はこのマグカップで」
「お茶を飲んで待っていろ。喫茶スペースは開いてるから。飾りはそこに置いておいてくれ」
カウンターテーブルを志賀が指さす。花袋と独歩は花飾りやマグカップをおく。
透谷が喜んでくれればいいと想いながら花袋は独歩と共に喫茶スペースで休むことにした。
【Fin】