宇宙旅行トランポリン行き 護衛の留守を狙われた。
杖を引っ掴む時間も与えられず、身一つで敵陣の真っ只中に拘束されてしまった。
「誰か手引きしたんだろうな…。ったく、面倒はごめんなのに。」
杖を構えた魔法使いたちに囲まれているが、全員格下らしくマホトーンの成功率は低い。しかも聖水をがぶ飲みしながら交代制で唱え続けているので、疲労が激しい。
「こんな奴ら雇うような奴ねぇ…。」
そこまでは緊張感を保てていたが、犯人がコロコロと登場した時点でオチが見えたハルピュイアは深いため息をついた。
「どーだ悪徳錬金じゅちゅちめ!」
「得意の魔法も封じられて手も足も出まい!」
店で働かせているプクリポ兄弟だ。
兄の名をちくわ、弟の名をまるてん……と勝手に命名した。本名はトップシークレットらしいので。
「悪徳もくそもあるか。人の店に盗みに入った挙句実験器具壊したのはそっちだろ。弁償終わるまでタダ働きだ毛玉どもめ。」
「け、けらまーーーっ!!?!?」
「てめー自分家にもプクリポ囲ってるくせに俺達を毛玉だとー!?」
ちなみによく噛む方が弟で、王子様然としたカールした髪の毛がチャームポイントの見た目だけは可愛らしいプクリポで、口の悪い方が兄である。
「ピュンはいい子のプクリポだものー♡貴様ら毛玉は比べる価値もない。」
「くっそ、おいお前ら!マホトーンで口封じはできねーのか!?この極悪人黙らせろぉ!」
残念ながらこの世界に悪口を封じる呪文はない。
「ハルピュイア!」
護衛の声が響いて、ハルピュイアは驚きに目を丸くした。
「ファーブニル…?」
見事にフルプレートに身を包んだ騎士様のご登場に拍手が沸き起こった。
気づけばあたりにはオルフェアの住人たちが集っており、ショー状態である。
「う、うわー!?」
「なんだこの人集りは!?」
「そりゃこんな町のど真ん中で人縛ってごちゃごちゃやってりゃこうもなるだろ…。」
ここは町の象徴でもあるビッグホルンの目の前、人通りも多いメインストリートである。
「わぁー!どうしよにーちゃん、人多いよ!!」
「はっ、今はそんなこたぁどうでもいい。
それよかオーガのあんちゃん、ひとりで乗り込むタァ随分俺たちのこと舐めてくれるじゃねーか!!」
盗賊らしくダガーを構えるちくわ。
鼻があるらしい部位をくいっと拭ってから、ファーブニルへこいこいと余裕のポーズまでとっている。
「ちくわにーちゃん、かっこいい!」
まるてんのあげる可愛らしい声援に場が思わず和んだが、一番効果があったのは強面のオーガに対してであった。
「かわいいなぁ〜!まる、今度は誘拐犯ごっこかぁ?」
このオーガ、この見た目で可愛いものに目がないのである。悪さばかりする後輩に声を荒げるでもなく毎回こうやってごっこ遊びと称するので、ちくわのプライドはズタボロである。
「えへへ、ハルピュンさん誘拐成功だよ!すごいでしょー!」
「さんなんていらねーんだよ!こいつら悪魔を成敗せにゃ俺たちの自由はないんだぞ!!」
ハルピュイアはオルフェア地方を見守る暖かい陽光に照らされ続けていて眠たくなっていた。今ならラリホーが効く。
「こうして助けにきたところ残念だが、こちらも準備は終わってんのさ!やっちまえ!」
ふははは、と笑い声を上げるちくわだが、2頭身の愛らしいボディではいまいち締まりがない。
ハルピュイアはうとうとしている間にビッグホルンに装填されてしまった。覆面で顔を隠したプクリポが発射スイッチを押す…!!
「お月さんへ1名様ご案内ってなー!」
「くっそ、無邪気なプクリポかわいい!」
ピョンピョンと嬉しそうに飛び跳ねているのにファーブニルが見惚れている中、ハルピュイアは無抵抗のまま彼方へ飛んでいった。
キラン、と音が聞こえた……のち、スタッと着地音が響いて会場からはわーっと拍手が起こった。
「よぉ、さっきぶりだなちくわ。テメー仕事サボった分タダ働き上乗せだからな?」
ルーラストーンをポンポンとお手玉のように弄び、白い歯を覗かせたキレイな笑顔を作って地を這う蛇のような声をあげる。
「え!?あ、なんで!?月へ行ったんじゃねーの!?」
「にーちゃん、オレ怖いよぉー!」
確かにビッグホルンは月面へ飛ばす機能があるらしいが、特殊な設定を行った上での操作が必要不可欠だ。
それを知らない兄弟が飛ばした先は町の北部にあるトランポリンだったし、そもそもハルピュイアはこの町の常連でルーラストーンを持ち歩いているので月に飛んだところで帰ってこれる。
「さぁて、人を吹っ飛ばしてくれた分の礼はどうしてやろうかな…?」
「あ、ハルピュイア!杖!!」
護衛のぶん投げてきた黒杖をキャッチして、ハルピュイアはニコリ、と笑った後キレイな詠唱をした。たった一言。
「メ ラ ゾーマ!!」
今度はプクリポ兄弟が華麗に宙へ舞い上がる。
ちょうど町の外で待ち受けていたレヴィの車へ頭から乗車し、無事に店へドナドナされた。
「んで?てめーらどこの魔法使いだ?へったくそな呪文詠唱しやがって、私が舌の筋肉の使い方から指導し直してやろうか?」
目深に被ったフードたちはどよめきながら蜘蛛の子のように散っていった。
それに合わせて観客達も散っていく。なかなか面白かったねー、なんて平和な会話もプクリポ族故か。
「酒場で低レベルの魔法使い見つけたら全員指導してやる…。んで?」
ぽつんと1人残ったファーブニルへ、ハルピュイアの視線が刺さる。
頭4つは身長差がある筈だが、ファーブニルには巨大なモンスターのように見えていた。いや、魔神像かもしれない。
「すみません…。アイツらの監督責任は俺です…。」
「うん、それもそうだけどプクリポに見惚れて雇用主放置ってテメーも大概指導が必要だと思わねーか?久しぶりにランドンフット3周するか?お"ん?」
ファーブニルの頭に去年まで下積みとしてハルピュイアに鍛えられていた日々の地獄(ほぼ虫料理)の記憶が蘇る…。
「ランドンクイナの卵持ったまま追い回されるのはもういやだ…!はち、蜂も食いたくねぇ…!」
それに、やっと隣に立つことを許された仲なのに、ここで全てをリセットされるのも避けたい。
お願いします、と万感の願いを込めて見つめてみる。
「ん〜……なにその顔可愛くない…。とりあえず帰ろうぜー。腹減ったし。」
ストレートに吐かれた悪口は至極尤もであったが、なぜか落ち込んでしまったファーブニルであった。