【イチ桐】俺vs俺 ソレはある日突然やって来た。
大きさで言えば手の平くらいの、握り潰そうと思えば簡単に出来てしまいそうな。それでいてしっかり一人で立ち、妙に目力があるようにも見えてくる――
「はぁぁ……! なんて可愛さなんだ……!」
春日が両手で大事そうにそっと抱え、天井に向かって掲げた物。
「このキリッとした眉! ずっと撫でていたくなるような触り心地! そして何と言ってもモデルが桐生さん!!」
最高だぁー! と春日が愛おしげに胸元にぎゅっと抱き寄せたソレの正体は、桐生をモデルにした小さなぬいぐるみだった。
何でも推し活だかの一環でオリジナルのぬいぐるみを作ってくれるサービスがあるらしい。春日が一体どんなルートでそれに辿り着いたのかは謎だったが、本人の知らないうちに自分をモデルにしたぬいぐるみがいつの間にか作られていたのだから桐生が驚くのも無理はない。
そこまでは良い。良いんだが……春日がこんなにもぬいぐるみで興奮すると思っていなかった桐生は、ソファに座ってコーヒーを飲みながら複雑な心境で戦闘中のハン・ジュンギばりにテンションが上がっている春日を見上げていた。
「俺推し活? とかよくわかんなかったけど、こらぁ夢中になる気持ちもわかるわ……だって桐生さんめちゃくちゃ可愛いもんよ……えっ、写真とか撮っちゃおうかな……!」
などと一人で騒ぎながら春日はテーブルに桐生を模したぬいぐるみをちょこんと立たせると、ちょっと待っててくださいね桐生さん! と本人ではなくぬいぐるみに言ってベッドスペースの方へと駆けて行った。
「あー……つってもなんか一緒に撮って映えるもんもねぇなぁ……」
あれやこれやとダンボールの中を物色してはブツブツ何か呟いてる春日を余所に、桐生はテーブルの上に鎮座する自分のぬいぐるみをじっと見下ろした。
「……似てるか……?」
眉間にきゅっと皺を寄せてぬいぐるみを見てみれば、キリッと眉の上がったデフォルメされた顔がこちらを見ているように思えてきた。そのままじっと十秒ほど対峙していると、あっ! と声を上げた春日が急ぎ足で戻って来て、ソファの横に置いたキャリーケースの中を開けてがさごそと中身を漁るのに、桐生はぬいぐるみから目を逸らして春日の方へと顔を向けた。
「さっきから何探してんだお前は」
「いやぁ、なんか一緒に撮って写真映えするようなもんないかなと思いましてね。あっれ何処にしまったっけなぁ……おっ、あったあった。ABCストアのショップバッグならほら! カメも描いてあるしハワイっぽくないっすか?」
これならちょっと雰囲気出るかも、などと言いながら春日はテーブルの上に少々皺の寄ったABCストアのショップバッグを広げると、その横にぬいぐるみを立たせて桐生のすぐ横に立ってスマホを構えた。
「おお! こりゃなかなかいい感じだぜ……! ハワイ感出てる出てる!」
カシャッ。カシャカシャッ。上から撮ってみたり斜めから撮ってみたり、仕舞いにはソファの前にしゃがみ込んでぬいぐるみと視線を合わせて撮ったりしながら、春日は桐生さんめちゃくちゃ可愛いっす!! とにこにこ顔でぬいぐるみ相手に大興奮していた。
それを隣に座っていた桐生は足を組んでちらりと見遣っただけで。やがて撮影に満足した春日がぬいぐるみを大事そうに抱えると、今度は外で撮りましょう! とそのままドアを開けてテラスに出て行くのを、残った男は眉間の皺を深めながら見送ったのだった。
いい歳した男がぬいぐるみ相手に何やってんだ。
そんな心の声が口をついで出そうになるのを堪え、飲み込むようにコーヒーのカップに再び口をつける。ミルクも砂糖も入れていない苦みが先程より強くなったような気がする中喉へと流していくと、テラスから微かに聞こえる春日の声に溜息を一つ零した。
とはいえ、あのぬいぐるみのモデルになっているのは自分だ。自分を模したものを愛でて喜んでいるのだから、間接的に愛されてるということになるんじゃないかと桐生は何とも言えない心境にもう一口とコーヒーを口に入れる。実際春日はあのぬいぐるみのことを『桐生さん』と呼んでいるわけだし、自分だと思って接しているのかもしれない。だとしたら寧ろ可愛いではないか。
と、そこへ丁度春日がぬいぐるみを片手に戻って来て。
「いやぁ、めちゃくちゃいい写真撮れましたよ! 今度出かける時にはこのミニ桐生さんも連れてっていっぱい写真撮りたいなぁ」
俺と一緒に色んな所に出かけような! とぬいぐるみを顔の高さまで持って来て頬擦りし、春日は幸せそうに目を閉じる。
「はぁ……このさわさわっとした肌触りもいいんだよなぁ」
ずっと触っていたいくらいだと言わんばかりにスリスリと続ける春日に、桐生は無言のままコトンとテーブルにマグカップを置いて。そのまますっくとソファを立ち上がると、春日の前に立ち、ぬいぐるみの頭部分を片手で鷲掴みにして取り上げてしまった。
「ああっ!? 何するんすか!?」
サッと背中側にぬいぐるみを隠す桐生に、返して下さいよ! と春日が背に回り込もうとする。だが、桐生は器用にも体を回転させて背後を取らせないように立ち回るのに、春日はジタバタとその場で足踏みして。
「俺の桐生さんがー!」
と口走ったのには桐生の中で何かがブチッと弾けてしまい。
直後、春日の顎を掴んで噛み付くように口付けたのには、春日が思い切り目を見開いたのは言うまでもなく。
「んんっ……! ん、んぅ……ふ……」
有無を言わさず舌を捻じ込まれて貪られるのに春日は桐生の肩を掴むが、一方の年上の男が離れることはなく。
「は……ふ、……ぅ、ん……」
息継ぎもままならないほどの深い口づけに春日がトントンと肩を叩くと、ようやっとのことでとろりと細い糸を引きながら桐生は渋々顔を離していった。
「てめぇの恋人は俺だろうが」
こつんと額をくっつけ、ぬいぐるみを持っていない方の腕で春日の首を抱き寄せ。逃がしはしないとばかりに春日の体を固定した桐生から放たれた一言はひどく低い声で、紛れもない怒りが孕まれていた。
そんな桐生の反応に春日はぱちくりと瞬きをし。数秒言葉を失った後に、ちゅっと触れるだけのキスをすると、両手で桐生の腰を抱き寄せた。
「そんなの当たり前じゃないっすか」
「だったら……」
「キスしたいのも、えっちしたいのも。こっちの大きい桐生さんに決まってますよ」
至近距離の春日の表情の全容を見ることは適わなかったが、ぼやけて見える目元が笑っているようにも見えて。桐生は口を噤んで春日の首を解放すると、ほらよ、とその頬にぬいぐるみの頭を押し付けた。
「ちょ……ぐりぐりすんのやめてっ」
「これを返して欲しかったんだろ」
「そうですけどっ……そんなに押さないでっ……」
俺のほっぺた凹んじゃうから! と言いながら春日は腰に回していた右腕を離して桐生の手からぬいぐるみを受け取ると、体を右側に倒してテーブルの上にころんとそれを転がした。
「ミニ桐生さんはちょっとそこでお留守番ね」
「……」
ちらっとぬいぐるみを見て微笑んだ春日の横顔に再び桐生はぴくりと眉を寄せ。その様子に気づいたのか、春日は再び両腕で腰を抱くと、桐生と顔を交差させてぎゅっときつく体を抱き締めた。
「ね、桐生さん」
「何だ」
「今から、えっちしてもいい?」
「は……?」
「駄目?」
俺すっごくしたいんすけど。
我慢出来そうにない。
そう耳元に囁かれるのに、桐生はそろそろと春日の背に腕を回し、白いタンクトップの腰から手を差し込んだ。
「ったく仕方ねぇ奴だな……」
するすると腰から背中に掛けて撫で上げるように手を這わせていき。徐々に呼吸が荒くなっていけば、耳元で春日がフッと笑うのが聞こえた。
「じゃ、ミニ桐生さんから見えないトコに行きましょっか」
ちろ、と耳を舐められ、びくんと桐生の肩が震えるのに春日はいつもとは違う声音で『可愛い……』と囁いて。
その後二人でベッドへと向かって行く中、テーブルの上では小さな桐生のぬいぐるみが静かに佇んでいた。