【イチ桐】願いを込めて ベンチの上に瓶を置き、上からパンッと押してビー玉を落とせば途端に溢れ出てくる炭酸の泡に春日はあぁぁあ……! と声を上げて慌てて瓶を持って自分の前に持って来た。
「何やってんだ。ラムネはこうやって開けんだよ」
そんな春日の横で、桐生はフフンと自慢気に笑みを浮かべ。ベンチに置いてパンッと手で蓋を押したまでは一緒。だが、その後すぐに手を離さずシュゥゥ……と炭酸が落ち着くまでじっと待機してから静かに蓋を取って見せると、春日がおぉぉ! と感動するのに桐生はわかりやすいドヤ顔をしてみせた。
「しっかし、夜になっても暑いな……」
「っすねー……」
真夏の夜、屋上テラスのベンチに並んで座り。膝下まで裾を捲った足は水を張った桶にそれぞれ突っ込み、春日と桐生は商店街で貰ったラムネを楽しんでいた。
カランとビー玉が瓶の中を転がり、落ちてこないように出っ張りで支えながら口を付ける。ペットボトルの炭酸を飲む時とは違ってゴクゴクとはいかず、コポコポと少しずつ流れてくるラムネを口に含むと、春日は隣で同じようにしている桐生を見てから夜空へと顔を上げた。
「そういや今日って七夕でしたよね」
見上げた先の空に天の川は見えなかったが、梅雨の時期でもある七夕に雲がないのは珍しいと春日は小さく瞬く星を見つめる。その横でああ、と何やら気が付いたような声を上げた桐生に顔を戻すと、今度は桐生の方が空を見上げながら口を開いた。
「だからか。昨日伊勢佐木ロードに行ったらでけぇ笹が飾られててな。願いごとの書かれた短冊が沢山ついてた」
せっかくだしと俺も書いてきたんだっけな、と桐生が続けるのに春日はあからさまに驚いたようにえっ!? と声を上げる。
「なんつーか……桐生さんがそういうのするのって、ちょっと意外っていうか……あんま興味ないのかと思ってました」
そういうのに頼らなそうっていうか……と続けると、桐生はそうかもなと小さく笑って顔を戻し、手にしていたラムネの瓶に口を付けた。隣の春日は両手で瓶を持ったままそれを見つめていると、視線に気づいた桐生は何だよとまた目元を和らげて。
「昔の俺だったら興味なかったかもしれねぇが。ま、色々変わることもあるってことだ」
と続けるのに、一体どんな願いごとを書いたのかと春日は気になって仕方なかったが、それを聞くのは野暮かもしれないと敢えて詮索せずにラムネをもう一口飲んだ。シュワシュワと口の中で弾ける炭酸の感覚は普段飲むようなものよりすぐになくなって。微かな甘みだけが口の中に残る中ベンチの背もたれに寄り掛かって再び空を見上げると、肉眼では見えない天の川を想像しながら春日はふと思ったことを口にしてみた。
「さすがにこっからじゃ天の川は見えないっすけど。見えないだけで空には確かにあって、そこでは織姫と彦星が会ってるんですかね」
「急にどうした。お前こそらしくねぇじゃねぇか」
そんなロマンチストだったか? と笑う桐生に、春日は意外とセンチメンタルな部分もあるかもしれないっすよ! と反論するが、多分それは意味が違うだろ……と突っ込まれるのに春日はえ、違いました……? などと言いながらも顔を夜空に向けたまま続けた。
「いや、年に一回しか好きな人に会えないって結構大変だよなーと思って」
「まあ、そうかもな」
「その点、俺ぁ良かったなって」
ちらちらと瞬く星に目を細めた後、春日はベンチに寄り掛かったまま顔だけを桐生に向ける。ん? と不思議そうに首を緩く傾げた桐生の反応には自然と笑みが浮かび、春日は胸の内が温かくなるのを感じながら告げた。
「好きな人と、こうして毎日一緒にいられますから」
へへ、と笑ってラムネの瓶を再び傾けると、勢い余ったせいでビー玉が瓶の口を塞いでしまい。開けかけた口を閉じて瓶を縦にしていると、桐生がやけに静かにしているのに春日はちらりとそちらに目を向けた。
「桐生さん?」
どうしました? と問い掛けてみるが、ふいと視線を逸らされてしまい。
「いや……何でもねぇ……」
と言った後にラムネを飲もうとした桐生が自分と同じようにビー玉を瓶の口に詰まらせてるのを見ると、春日は小さく吹き出してちゃぷんと水桶から足を出した。そして汚れるのもお構いなしに地べたに足を付けると、スススとベンチに尻を擦って桐生の腕と自分の腕をくっ付け。機嫌良さそうに笑みを浮かべたままラムネを持っていない桐生の左手を取ると、指を絡めてぎゅっと握り締めた。
「おい……」
「だーれも見てませんって。ここにいるのは俺達だけっすよ」
溢れんばかりの気持ちを繋いだ手に込めて。春日は愛しい人の顔を見つめて密やかに囁く。
「桐生さん。キスしていい?」
部屋の明かりから離れたこの場所では薄暗くて確かなことは言えなかったが。それでもこの反応からして赤面しているであろう桐生に問い掛けると、予想通り照れ隠しなのがまるわかりの声で――
「いちいち聞くな……」
と返ってきたのに目を細めると、春日は長い睫毛を伏せてそっと唇を重ね。握り返してくる手の感触に、この人の幸せがずっと続きますようにと願いを込めたのであった。