秘密はそっと箱にいれたまま【むいこて】 手のひらに収まる小さな箱。左右に振ればカラン、と軽快な音が鳴る。
寄木細工の秘密箱。正しい手順で動かさなければ開かない箱に、彼は一体何を入れたんだろう。
「ねぇ、これ。何が入ってるの?」
カラカラと音を鳴らしながら尋ねれば、火男の面を付けた小さな彼は「あー……」とばつの悪そうな声を上げた。
ちょんっと隣座った彼は僕の手から箱を取り上げると「どこにありました? これ」と箱を指す。すぐそこの棚だと伝えれば「そんな所に……。意外と見てないもんだな」なんてひとりごちる彼に特段わかりにくい場所にあった訳でもないその箱はなんなのか尋ねる。
彼の小さな手にも収まる小さな小さな箱。
箱を懐かしそうに撫でる彼の姿になんだか胸がざわつく。一体、誰が作った物なんだろう。そしてそれに何を仕舞ったのか、気になって仕方がない。
「探してたの?」
「うーん、別にそういうわけじゃないんだけど。これ、親父が作った物なんだ」
父親の。
その一言に小さく息を吐く。正直ほっとした。
「それで? 何が入ってるの?」
カラカラと小さな物が二つか三つ、箱の中で踊っている。なんだろう。音からして固い物だとわかるけど。
ちらりと視線を向ければ意味はあるのか、彼は面の上から頬を掻いていた。困っている様な仕草に、もしかして言いにくい物だったのだろうかと自身の配慮の無さに「しまった」と思う。
「……ごめん、別に無理に聞き出そうとする気はないんだ。少し気になっただけで」
「え? あぁ、別に! そんな大したもんじゃないですよ!」
ただ……、と言い淀み、また面の上から頬を掻いた。急かさない様に静かに次の句を待っていれば、彼は普段の元気の良さをどこに置いてきてしまったのかというくらい小さな声で呟く。
「ちょっと恥ずかしい、かなって」
へへっと照れ臭そうに笑う彼に対して僕はぐわっと目を見開いて驚いた。
四つ年下の彼は小さくて非力な癖に口達者。負けん気は人一倍で生意気な性格の彼がか細い声で「恥ずかしい」なんて呟いたんだ。驚かないわけが無い。俄然、箱の中身が気になった。
「これ、開けてみてもいい?」
そう尋ねれば意外にも彼は「いいですよ!」と元気よく答えた。
あまりにもいい返事にますます中身が何なのか、謎は深まる。
恥ずかしいけど、見られる事に抵抗がないもの……? そもそもその二つって相反するものだと思うんだけど……。まぁ、開けて見れば早い話か。
「あ、これ、開けるには手順があるんですけど。へへ、流石に時透さんでも難しいだろうから俺が教えてあげますよ!」
楽しそうに彼は箱の開け方を説明しようと身を乗り出したけど、僕は彼から箱を遠ざける。
わかりやすく驚く彼に「それよりお茶がもう無いんだけど」と空っぽの湯呑みを目で指す。すると彼は肩を怒らせながら「お湯沸かすので時間かかりますよ!!」と炊事場へと向かう。遠ざかっていく小さな背中にひらひらと手を振り、すぐに箱へ意識を向ける。
壊さないように、けれども手早く指を動かす。
何が入っているのか。小さな彼の秘密。小さな箱に入ったソレを暴く事に少しだけ、胸が高鳴った。
色々と試していると、カコン、と小気味いい音と手応えを感じた。それからすぐに面白いほど簡単に箱が開いた。
小さな箱の中身を覗いて見れば、小さな欠片が二つ。いや、欠片じゃない。
そっとその内の一つを摘み上げ、目の前に掲げる。乳白色の、小さなソレは。
「乳歯、かな?」
なるほど、確かに見られても困るものじゃない。でもわざわざ人に言うのはなんだかこそばゆいものかもしれない。
思わず声を出して笑う。今でも小さいと思うのに、もっと小さい時があったんだとなんだかひどく愛おしく思えてしまう。
「そっかぁ。小鉄くん、歯は大人なんだ」
小さいのにと笑みを堪えきれないまま、手にした乳歯を取り出した時と同じようにそっと箱に戻す。
まだ戻ってくる様子がないのを良い事に、僕は隊服についていた金釦を一つもぎ取る。キラリと輝くそれを乳歯と一緒に箱に入れる。
しっかりと箱を閉じて、元あった棚に戻す。近くにあった別のカラクリを手に取って、いかにも「飽きました」なんて格好をとってみせる。
「はい、お茶どうぞ。熱いですよ。お湯沸かしたばっかなんで」
どん、と力強く湯呑みを置いた彼に「ありがとう」と微笑んで、手にしたカラクリについて尋ねる。
「それは俺が作った……って、あれ? 箱は?」
「あぁ、あれ? なかなか開かないから飽きちゃって。棚に戻したよ」
僕の答えに彼は「えー」と不満げな声を漏らす。きっと面の下では口を尖らせているんだろうと思うと可愛くて仕方がない。
面に指をかけて、少し上にずらす。露わになった唇に自分の唇を押し付ける。ちゅっと小さな音を立てて顔を離せば彼は、小鉄くんは顔、と言っても面から見える範囲だけど。真っ赤にしながら腰を抜かしたように座り込んで、はくはくと意味もなく口を動かしている。
その全てが愛おしいくて、思わず声を上げて笑ってしまう。
「な、なに笑ってっ!!」
「ごめん、ごめん。小鉄くんが、あまりにも……、ふはっ」
「どうせ、変な顔ですよ、俺は!」
「違うよ、そんなんじゃないよ」
小鉄くんは怒りながら小さなこぶしを僕に向かって振り下ろす。力の入っていないソレは全くと言っていいほど痛くない。
「ほんっとに性格悪いな、アンタ!! ……あれ?」
ポカポカと胸を殴っていた手を止め、小鉄くんは僕の隊服を指差す。
「釦、取れちゃったんですか? 俺直せますよ?」
「ありがとう。でもどこかで無くしちゃったみたいだから大事。もし、釦がこの家で見つかったら……。そのまま君が持ってて」
そう言って熱々のお茶を一口啜る。本当に沸かしたてで淹れたようて舌先を火傷してヒリヒリと痛む。
「え、今無くしたの? 俺探すよ?」
「いいよ。ありがとう。それよりさ、この棚にあるカラクリについて教えてよ。全部君が作ったの?」
そう尋ねれば、彼は面越しでわかるほと嬉々としてあれは、これはと説明を始める。それの声に耳を傾けながら、さっき自分で棚に戻した小さな秘密箱をちらりと盗み見る。
僕の小さな秘密。
いつか、小鉄くんがあの箱を開けた時。今日のこの些細なやり取りも思い出してくれたらとても嬉しい、そう思うんだ。
了