Lemon×Candy×Ribbon【むいこて】「はい、これ」
小鉄の前に現れた無一郎はひどく疲れた顔していた。
どうしてそんな顔をしているのか、何故ここにいるのか。小鉄の頭にはたくさんの疑問符が浮かんでいた。
「ええっと、これ何?」
けれども最初に口から飛び出たのは目の前に差し出された綺麗な包みについてだった。
真っ白なハンカチの端を鮮やかなリボンで括ったそれを無一郎はぽいっと小鉄へと向けて放る。
「わ、ちょっと!」
小鉄はぶつくさと小言を漏らしながらもそれを受け取り、リボンを解く。すると中からリボンと同じ鮮やかな色に包まれたあめ玉が溢れ出て、ころんと床に一粒転がった。
「巡回の途中で、襲われてる人が居て……。あ、鬼じゃなかったんだけど。助けてあげたらお礼にって」
無一郎は大きなあくびをしながら緩慢な動きで床に寝転ぶ。鬼殺隊の巡回は夜だ。その後すぐに里へ来たのだから眠気も凄まじいのだろう。
小鉄もそれを察して「布団! 布団敷くから! せめて枕……、座布団!!」と一人慌ただしく部屋を駆け回る。
「はい、これ枕の代わりに……うぎゃ」
適当に持ってきた座布団を無一郎に差し出すも、腕を引っ張られ崩れるように床に尻を着けた。
痛いなぁもうと小鉄が文句を言うも無一郎は我関せずといった様子で小鉄の膝に頭を乗せ、瞼を閉じる。行き場を無くした座布団を傍に置き、小鉄は溜息をこぼす。
「……俺の為に、わざわざ持ってきてくれたのかな」
無一郎の髪を撫でながら小鉄はひっそりと呟く。
「いや、流石に自意識過剰か!!」
わははっと大袈裟に、自身の言葉を誤魔化すように笑った小鉄は無一郎がくれた飴玉を一つ、口に放り込む。
瞬間、小鉄の顔がくしゃりと歪んだ。
「すっっぱぁーー!? あ、でも最初だけで後は甘い……。レモン、レモンキャンディ、なるほど」
包み紙に書かれた文字をなぞり、一人納得する小鉄。
ころころとあめ玉を右へ左へ動かしながらあめ玉を包んでいたハンカチとリボンへ視線を向ける。清潔感のある白いハンカチに、あめ玉に合わせた鮮やかなリボン。助けた礼と言っていたが、どんな人物だったのだろうか。
「……良いとこのお嬢さんとか?」
つまらなさそうに自身の仮説を呟いた後、小鉄は無一郎の顔を覗き込むと「寝てる?」と声をかける。しかし当然と言えばそうなのだが無一郎からは寝息が返ってくるだけで返事はない。
「俺ね、時透さんのこと、本当にすごい人だなって思ってるよ」
無一郎の癖のない滑らかな髪を手櫛で梳きながらぽそりと呟く。
「里が襲われた時も、零式についても。たくさんありがとうって言っても足りないくらい」
まぁ最初は「髪長すぎなんだよ切れ、昆布頭」とか「不細工の短足」とか思いましたけどね。あんた第一印象最悪だったんで。
感謝と過去の悪口を織り交ぜながら小鉄は眠る無一郎に語りかける。
どうせ寝てて聞いていないのだから思っていた事を全部言ってしまおう。膝に乗った頭のせいで身動きが取れない小鉄はそう開き直る。
小さくなったあめ玉を噛み砕き、小鉄は無一郎の顔にそっと近づく。
「……大好き」
ちゅっと小さな音の後、小鉄は勢いよく顔を離す。
真っ赤になった顔を両手で覆い、天を仰ぐ。その身体は恥ずかしさに打ち震えていた。
(はっ、はっずぅ〜〜っ!! 俺なにやって、ホントになにやって……!! ーーっ!!)
一人静かに悶絶する小鉄を他所に無一郎は健やかな寝息をたてながら安心し切った顔で眠り続ける。
起きる気配の無い無一郎に小鉄は少しだけ落ち着きを取り戻すが、今度は無性に腹が立ってきた。完全なる八つ当たりだと理解しながらも自分だけ恥ずかしい思いをするのはなんだか面白くない。だからちょっとだけイタズラをしてやろうとリボンを手に取り、にんまりと笑う。
※※※
「時透さーん。おーい、起きてくださーい」
ぺちぺちと頬を軽く叩くと、無一郎の瞼が二、三回ぴくりと動き、ゆっくりと持ち上がる。ぼんやりと虚空を見つめていた瞳に小鉄の姿を捉えると無一郎はゆっくりと身体を起こす。
身体を伸ばしながら「おはよう」と声をかける無一郎の横で小鉄は「はぁー……、もう足限界」とごろんと寝転び、足をバタバタと動かす。
「ごめん、足痺れた?」
「ちょっとだけ。……触んないで下さいよ」
「君の中で僕ってどれだけ意地悪なの?」
「あ、そういえば時透さんはこのあめ、もう食べた?」
「……否定はしないんだね。ううん。まだだよ。美味しかった?」
「食べてみてよ。あーん」
小鉄はあめ玉を一つ、無一郎の口に運ぶ。
丸いそれが口に放り込まれた瞬間、無一郎は目をカッと見開いて驚いた。
「すっ、ぱいね……」
自分と同じ反応をした無一郎を、小鉄はケラケラと声を上げて笑う。
中身も知らずに持ってきたのかと尋ねれば、「試作品」と言って渡されただけだったのだと無一郎は困った様に笑う。更に小鉄がそれを渡してきたのはどんな人物だったのか聞けば、記憶を辿る様に顎に手を当て「普通のおじさんだったよ」と小鉄の秘めたる仮定を一蹴した。
「お菓子を売ってる人らしくて、商品の名前を言われたけど僕はわからなくて。「知らない」って言ったらすごく落ち込んでたんだ。なんて言ってたかな……」
「あぁ、まぁ、言われても俺もわかんないと思うんで大丈夫です」
「そう? ん、あれ……」
口の中であめ玉を転がしていた無一郎だったが、その内に不思議そうに首を傾げた。どうしたのかと小鉄が尋ねれば「うーん」と声を上げた後、あめ玉を噛み砕く。
「初めて食べたはずなんだけど……、なんだか知ってる味のような気がして」
不思議だねと笑う無一郎に心当たりしかない小鉄はぎこちなく目線を泳がせ「ソウデスネ」と一言返すのが精一杯だった。
「……ん? なに、これ?」
あめを咀嚼し終わった無一郎の視界の端に鮮やかな色が差し込む。そっとそれを持ち上げれば、それは自身の髪、それも編み込まれたその先に結ばれていた。
ぱちりと目を瞬かせる無一郎に小鉄は得意げに笑ってみせる。
「あめのお礼! 今日はそれ、解かないで下さいね」
お礼なんで、と小鉄が念を押せば無一郎は呆れた様に小さく息を吐くと「わかったよ」と優しく微笑んだ。
じゃあね、と別れの挨拶を交わして、小鉄は無一郎の背に向かって手を振る。
いつもはあっという間に見失ってしまうはずのその姿を今日はいつもよりも長く見ていられた気がするのは、髪の先で揺れる鮮やかなリボンのお陰だったのかもしれない。
同じ色の酸っぱくて甘いあめ玉を一粒舐めながら、小鉄は「大好きだよ」とぽそりと呟いた。
了