煙社降臨節暦 第七夜/ふどふゆ 早起きだか夜更かしだか分からない時間に起きだして冬花がベッドから出ていく。オレは黙って横になってるけどほどかれた手が冷えていくにつれて恐怖が染み出すのは抑えられない。暑くなれば汗が出る、寒くなれば鳥肌が立つのと同じくらい多分これはオレの身体の自然現象で、それなりに年食って大人になって振れ幅は小さくなったけど、父のことも母親のことも消えてはなくならないし、それは冬花も同じなのだ。
冬花がいつも落ち着いた様子に見えるのは封じられた幼少期が湖の奥底を凍らせる氷みたいになってるからで、ちょっとやそっとの波はそれを軋ませることができない。でも睡眠と覚醒の間みたいな今の時間、浅い眠りから意識が浮上する時、凍ったはずのそこから泡が漏れたり波が起こったりする。していた。ほとんどが十代の頃の話だ。FFIの後は頻度が随分減ったのだと道也は大人になってからオレに教えた。
ここが安全な場所だとオレたちはお互いに教え合う。一緒にメシを食う。相手の洗濯物を照れずに畳む。歯磨き前のキスを雑に拒まれても笑って挨拶できるし、夜は手を繋いで眠る。
ひとりで出て行ったのは初めてだ。
起きるとやたらに身体が冷えた。汗をかいている。裸足がフローリングの上でぺたぺたと音を立てる。廊下に出るとリビングのドアが開いていて風が吹き込んでいた。ベランダの窓が開いている。オレは恐怖を抑え込み凶悪な顔で歯を剥き出しにして、でもゆっくり、足音を立てないように歩く。道也を起こしたくない。
カーテンが揺れるたび冷たい風が吹き込む。勢いよく開ける演出はホラー映画くらいなもんだ。オレは普通にカーテンを開ける。果たしてそこに冬花の姿はある。パジャマの上からダウンジャケットをはおり、しゃがみこんでいる。
「ありがと」
突然、囁き声が笑いかけた。
「……何が」
「電気つけないでくれて」
冬花の前には三脚に固定された一眼レフが載っている。
「写真……」
「うん。病棟の子どもたちと約束してて」
「流星群か? 無理だろ」
「意外と何とかなりそうよ、長時間露光」
さっきから何回かやってるんだけど……、と一眼レフの背面を操作し小さな液晶にこれまでの成果を映して見せる。
「お」
「ね…?」
光の筋が映っているのが二枚はある。
「流れてからシャッター押してんの?」
「カンよ」
「スゲーな」
「褒めて」
頭を撫でるついでにぐりぐり引き寄せるオレの目の前で星が流れる。冬花は笑ってほとんど目をつむってて見ていない。