セルフ・モンタージュ 瞼を伏せて俯くと、人は彼を穏やかな人物と評する。いつも微笑を浮かべていると。彼にはそれが自分と世界を隔てるレンズの功ではないかと思っていた。眼鏡というフィルターが自分を理知的で、沈黙にも含みを持たせて見えるのだろうと。虚ろ、あるいは感情、夜。俯き加減に瞼を伏せる自分を満たしているものは何だろう。過去。手放してしまったものの空洞。木枯らしが吹くと、彼はいつも言いようのない安らぎを感じる。冷たい北風は彼の世界に色を塗る。瞼を閉じていても分かる。セピア色。だが褪せてはいない。それは人為的に、まるで教師が未熟な若人に教えるように塗られるのだ。過去は私と共に世界を巡っている。お前が捨て去ったものも、決して失われず枯葉となり、砂塵となり、どこかに降り積もり世界を彩る一色になる。
彼は会いたかった人を思い出す。かつて親しく、そして道を分たれた人のことを。あの人は本当に穏やかな眼差しを注ぎ、微笑みかけてくれた。
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石造りの壁はぬるい空気を環流させ、吹き抜けの高い天井が周囲の話し声を判別できないほどの淡いノイズに変える。この職場は性に合っている。そう思えるのが冬だ。特にホリデーシーズンも近くなれば皆忙しく、蠢く人や案件の山に埋没できるのがいい。が、彼は伏せていた瞼を持ち上げ、ちらりと視線を遣った。
淡い午後の空気の中、そこだけ燻したような匂いがした。翳っている。上背のあるシルエットが二階通路を横切ったのは知っていたが、埋没する己に気づいたとは思わなかった。煙草を投げ捨ててきたのだろう。逆光の中、閉じ込められたような香りが鼻をくすぐって、彼は世間一般から微笑と呼ばれる表情を保っていたけれども、何故、この男はここにいるのだろうな、という言外の沈黙を隠さず表した。男の眼差しがまっすぐ見下ろす。怒っているようにも見えるが、そうではないかもしれない。間違いないのは意志の強さだ。こちらが何か言うまで、男はどくつもりはないように思えた。