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    homare_ryou

    マシュマロ「https://marshmallow-qa.com/homare_ryou

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    homare_ryou

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    5/6・7日開催「五直にピース!2nd」掲載作品です。

    pixivの方におまけ付き版を投稿してるのでよければそちらもどうぞ。

    ##呪

    夢々、遠回り①ないものねだり



     黒い夜道をふらふらと歩く直哉は雲の隙間から零れる月夜を見上げてぼんやりとしていた。
     はあ、と息を吐けば白かった。
     慣れないことをしたものだ、と独りごちる。
     飲み慣れないカクテルを何度も胃に流し込んだからか、体がやけに熱かった。
     今まで生きてきた人生で、直哉が自惚れを感じたのはこれで二度目になるかもしれなかった。
     一度目は初めて禪院甚爾を目にした時だ。
     あれは直哉にとって「強さ」というものを鑑みる良い機会になった。
     今回は、なんというか。──直哉のせいだというか、禪院だから仕方がなかったというか。
     生まれて初めて、直哉は「自業自得」という言葉を噛み締めていた。
     己の生き方をねじ曲げるつもりの無い直哉にとって、改善策の見つからない暗黒であった。


       ○


     直哉には恋仲の男がいる。
     男、である。
     昔からの幼馴染で、昔からの憧れの一人で、昔から特別に大好きだった幼馴染だ。
     最強の男こと五条悟のことである。
     彼が高専二年生半ばの頃に付き合い初めて、かれこれ数年。
     互いに成人になるまで続くくらいには長い付き合いである。
     別れるつもりはさらさら無いものの、実家が実家。性別が性別というわけで、特に成人すると一に見合い・二に見合い・三四は仕事で五に夜這いと「早く次を用意しろ」と周囲からの焦りを一身に受けるわけである。
     方や五条家当主、方や禪院家次期当主ともあってプライベートも普通に忙しいし、大人になればなるほど顔を合わせる機会は無いに等しい。
     ストレスをために溜めて、久々に顔を合わせたかと思えば二人だけの部屋でず〜っとイチャイチャする。とかそんな生活を続けていたわけだが。

     ──直哉には不服があった。

     恋人のプライベートな時間の多くは、直哉のために使われない・という事実に。
     下の世代を育てるためだのなんだのと言い訳をつけて、教師を始めたからか「学業が忙しくてさぁ〜」と高専時代にサボって傑たちと麻雀やっていた男とは思えないような言い分だったり、今日飲み会だから!旧友と会うからごめん!などと言ってしらっと直哉のことはハブったり、挙句の果てには伏黒恵である。
     伏黒甚爾(現体育教師)の息子である伏黒恵の後見人になったというのだ。
     放っておくと甚爾はギャンブルに行くし、子供にとんでもない暴力的な知識を教えているし、と面倒をかけているらしいが、それをするなら悟でなくともでも他の誰でも良いハズである。
     実際のところ、呪術師の大半は忙しいし、悟が面倒を見ていないと直哉の実家が煩く喚いて恵をぶんどろうとしかねないのと、──今の傑は教師ではなくフリーランスで孤児院をしているからそこまで面倒を見きれないというのが現状である。
     なら、別に直哉が面倒を見に行ったって良いわけで、悟にそれとなく声をかけてみたものの「直哉はダメ」の一点張りである。
     我慢出来ずに一度顔を見に行ったことがあったが、──子供たちに囲まれて楽しそうにしている悟の姿を見て一瞬で足を翻してしまった過去がある。
     あれは見てはいけないものだったと直哉は思う。
     ──見たくはなかったものとも言える。

     ここまでつらつらと言葉を重ねてきたが、──ようは悟と仲良くしている人々全員に、直哉は嫉妬しているというのが話のオチである。

     前々から狡いと思っていたのだ。
     直哉は学校に通えないのに、悟は直哉を一人放っておいて学校のみんなとずっと仲良しだ。
     傍から見ても仲の良い同級生、一緒にご飯に行くくらいには会話している後輩に囲まれた悟を眺めてずっと直哉は一人で寂しかった。
     彼らが卒業して各々が今よりもずっと仕事に就くようになれば、もっと直哉の方を見てくれると思っていたのに、実際に悟が見ているのは自分よりも若い世代の子供たちだ。

    「俺らばかり強くても意味無いからね」

     などと言って、後続育進に励んでいるがその間に恋人は放ったらかしというのは酷い話である。
     そりゃ、他の人間が強くなって悟や直哉たちの受け持ちが減ればもっと会う機会も増えるだろうけれどそれは一体何十年後の話になるのだろうか。
     今、一分一秒の現在はここにあるのに、悟の傍に居たい直哉はここに居るのに、いつも置いてけぼりである。
     それでも一緒に居たい思いを押し殺すことが出来たのは直哉の自尊心が「女々しいことはするな」と吠えたからなのに、例の伏黒親子である。
     十種影法術を育てれば、そりゃあ心強いだろう。
     伏黒恵の存在が直哉の立場を揺るがすとか、そんなん考えていないのだろう。
     ──否、分かった上でやっているのだろう。
     直毘人との間に縛りを結んでいるという建前で、直哉が強ければいいと、信頼というにはあまりに苛烈な態度で見下ろして笑っている。
     直哉の性格を分かってて意地悪なことばかりする男なのは昔から知っていたが、それでも恋人にするべき仕打ちじゃないと直哉は思う。
     寂しいだとか、辛いだとか、苦しいだとか。
     そんな言葉を自分に許すような男じゃないのが禪院直哉である。
     そんな自分自身によって深く深く傷つけ追い詰められているのが今の直哉であった。

     どうしても会いたくて、耐えきれずに会いに行こうとしたあの日が毎夜夢にでる。
     小さな子供、恵とその姉を左右に並べて重たい買い物袋を持って談笑をしている悟の楽しそうな顔────。
     そこで毎回、はたと気がついて目が覚める。
     ──隣に直哉が居なくても、悟は毎日楽しく生きていられるのだ、と。


       ○


     惨めさに心が打ち砕かれる、という経験を直哉は一度もした事がなかった。
     仕事だけはなんとか真面目にこなしたものの、少し食べただけで気持ち悪くなり、暇な時間は出来るだけ横になっておかなければならない程度に心にダメージを受けた。

     直哉は、悟と一緒に辛うじて家具だけおいてある生活感の無い部屋で心音が聞こえる距離でダラダラしているのが好きだった。
     二人だけの部屋で、ベッドで飽きるまでちちくりあって、疲れたらぴったりとくっついて悟の心音が聞こえる距離で眠るのが幸せだった。
     それぐらいしかまともに"幸せ"と呼べるものが無かった。
     禪院家なんてそんなものである。
     何度も殺されかけているのに、誰に信用を寄せれば良いのやら。
     一回りも年下の従姉妹すら"花嫁候補"としてあてがわせようとする家に気の休まる場所などない。
     直哉にとって唯一の楽しみが悟と共に過ごす時間だった。
     きっと悟もそうなんだとばかり思っていたからこそ、今まで会えない時間も耐えてきたのだ。
     ──薄々勘づいていたことを見て見ぬふりし続けていた、とも言う。


     だから直哉は覚悟を決めて──お友達、を作ることにした。


     長い長い前提があったが、ようは悟が直哉と会えなくても楽しそうにしているのは、彼に交友関係が多いからだ。
     友人や同僚、後輩だけでなく生徒や恵やら……と。
     仲が良いとまでは言いきらずとも、一緒に飲み会へ行ってどんちゃん騒ぎする程度には信頼されているわけだ。
     逆に直哉がここまで悟に執着してしまうのは友達と呼べる人間がいないからだ。
     直哉だって、外に楽しいことさえ見つければ「悟くんとの逢瀬って、俺が逢瀬って思ってただけでただのセフレ的なアレちゃうんかな……」とか「俺なんか捨てて恵くんと付き合ったりするんとちゃうんかな……」とか女々しいことを悶々と考えなくてよくなる筈なのだ。
     お見合いを急かされることだとか、術式だけ見比べられ恵を引き合いにしてどうのこうのと嫌味を言われることだとか、──友人と遊ぶ機会とやらを増やせば、そういった家にいる苦痛も和らぐ筈──だったのだ。

     直哉は同世代の呪術師を知っている。
     七海健人と灰原雄だ。
     彼らが高専在学時に何度か顔見知ったこともあるし、一度仕事すがらに助けたこともある。
     他人は見下すもの使うものがモットーの直哉が手ずから必死に下調べをして、二人のスケジュールを抑え、それとなく仕事を近場に寄せてみたりと慣れない暗躍をこなした末にやっと取り付けた飲み会の約束。
     ここで失敗してはならないと沢山言葉を選んで、慣れない愛想を振舞って、終わり際に二人にこう尋ねたのである。

    「楽しかったわぁ、ありがとうな、なぁ、良かったらお友達せん?」

     LINE交換しよ? と言葉を続けた直哉の喉は緊張でカラカラだった。
     友達ってこんな感じでなるものだろうか、押し付けがましいだろうか、頭の中で背中を押してくれたアルコールがぐるぐると駆け回る。
     七海と灰原は一瞬顔を見合わせ、──そして曇らせた。

    「……すみません、申し訳ありませんが……私は禪院家の方をそこまで信用していないので」

    「ごめんね、嬉しいんだけど……」

     直哉は一瞬フリーズしかけて、目を細める。

    「え〜? ケチ」

    「ケチじゃありません」

    「まあ、本当にただの飲み会だったみたいだし」

    「ただの飲み会ってなんやねん、その御三家やったらとんでもない飲み会するやろな……みたいな偏見やめ〜や」

     そうやって軽口を叩きながら、二人が居心地悪そうに帰り支度を始めたのを見て直哉もそれに倣う。

    「でも、悟くん主催の飲み会って大変そう」

    「あはは、それは確かにそう」

     灰原が会話を繋いでくれるから、辛うじて直哉は手が震えなかった。
     持ちなれない現金を使って割り勘をして、七海と灰原が同じ方向に帰る姿を少しだけ振り返って眺めた直哉は帰路についた。

     直哉にしては、本当によく頑張った方だ。
     誰にも頼れないから、居酒屋のセッティングからなにから全て一人でこなしたのだ。
     馬鹿な話である、どれだけ直哉が失敗しないようにと気をつけていても「禪院」が足を引っ張って居たのでは意味が無い。
     「禪院の人間」として生きてきて、それを改善しようとはしなかった直哉の落ち度であり──今後、どれだけ直哉が人と関わろうとしても足枷のように付きまとってくる現実であった。
     直哉は一人、苦笑する。
     それじゃあ──直哉はそもそも最初から友達なんて出来なかったのだ。
     直哉は強いが、悟のように抜きん出てはいない。
     特級の称号すら貰えない。
     今から禪院家を改革してどうこうなんて不可能な話である。
     ──今すぐそれが出来ないから、悟は恵を育てるなんていう遠回りをしているのかもしれないが、もう直哉には関係なかった。

     あれだけ頑張った直哉に待っていたのは、ただ自分には「何も無い」という現実だけだった。

     もし万が一にも恵が禪院家の当主になってしまえば、それこそ直哉の手には何も残らない。
     御三家の相伝を携えた当主が揃うのは、なるほど輝かしい未来である。
     その未来で、悟の隣に自分が立っているか考えてみて直哉は首を横に振った。
     考えるだけ無駄な話だ。
     肩が酷く寒くて仕方がなかった、隣に悟がいて欲しかった、体が震える、よくよく考えれば冬だった。

     ──そういえば、今日は伏黒恵の誕生日だ。

     それでも直哉は、今ここに悟がいて欲しいと思った。
     思うだけでスマートフォンを取り出さなかったのは怖かったからだ。
     寂しいから会いたいと告げて、良い返事が返ってこなかったら──。
     友達を作るのに失敗した経験が脳を過ぎる。
     それらを振り払うように頭を振りかぶると、直哉は目尻を拭った。

     待つのは得意だ。

     だから直哉は待つことにした。
     待ってさえいれば、悟から「今日会える?」とか突発の連絡が来るのだ。
     それさえあれば、直哉はひと時の幸せを貰えるのだ。
     それに──悟が言っていたように、数十年後には小さな子供たちも強くなって、悟や直哉が働かなくてもよくなるかもしれない。
     そうしたら、そうしたら──毎日、二人きりで過ごせるようになるかもしれない。
     ありもしない現実逃避に思いを馳せて、直哉は夜道を歩く。
     もう耐えられないくらいに心は傷ついていた。
     でも直哉には耐える以外の選択肢が無かった。

     直哉に恋愛相談できるような友人はいないのである。



    ────


    ②夢見る三葉虫


     夢だった。

    「……?」

    「危ないからやめな、それ」

     手首を通ったカミソリが瞬く間に消える、赤く通った線はスゥッと引いて傷一つ無くなる。
     痛みは無い。痛みがない、から──つまり夢だった。

    「……呪霊の攻撃? それとも呪い?」

    「何言ってんの、直哉」

     呆れたようにする悟を見上げた直哉は、暫くぼんやりしていた。
     悟が居る。居るのだ、本当に、夢の中に。
     いつもいつもいつも、あの恵と津美紀と一緒に居た悟が、直哉の目の前にいる。
     都合の良い夢だった、夢とはそういうものだろうか。
     どれほど願っても見れなかった夢が今、目の前にある。
     ──呪術師としての直哉に「夢を見せる類いの呪いか何かかもしれない」と警報が走る。

    「……大丈夫、おいで」

     大丈夫じゃないのは分かっていた。
     悟の、細長いがしっかりと分厚い手のひらが差し出される。
     起きなければならない。
     悟が笑っている。

    「……悟、くん」

     ずっと待っていた。

    「うん、ごめんね。お腹すいちゃった?」

    「ううん、一緒に、居て」

     ずっとずっと、待っていた。

    「夢で、ええから」

     脳の錯覚か、痛覚は無いくせに抱きしめられた所が酷く熱い。
     こんなものは所詮直哉の脳が生み出した都合の良い幻覚を何かが抽出しているに過ぎない。
     ──でも、もうそれで良かった。
     心がもう耐えきれないのに、寝なければいけないのに、毎晩毎晩夢の中で悟は友人たちと楽しそうに笑っている。
     直哉は輪に混じることも出来ず遠くからただそれをじっと眺めている。
     眠らなければいけないから、何度も何度もそんな夢を見た。
     目が覚めると、直ぐにスマートフォンを見た。
     着信履歴。メールの新着、LINE、何度も見返して新しい連絡が来てないかしつこく確認した。
     ずっとずっとずーっと待っていた。
     だからもう、夢でよかった。

    「辛い思いさせちゃってごめんね、直哉」

    「ううん、大好き、悟くん」

     直哉はようやく、一年ぶりに、幸せというのを享受していた。


       ○


     禪院直哉が昏倒してから、五条悟の耳に届くまで三ヶ月もかかった。

     家の弱みを見せたくない禪院らしい話だ。
     直哉が眠ったままもう三ヶ月も起きないから伏黒恵を次期当主として据えたい・などという話が禪院家内部から持ち上がらなければもっと長い時間──直哉が死ぬまで秘匿されていたかもしれない。

     病室に入れば、生命維持装置に囲まれた直哉がスヤスヤと寝入っていた。
     体は細くなっているし、目の下も黒ければ顔色も悪い癖に、まるで普通に眠っていますよと言わんばかりに気持ちよさそうに寝息を立てているものだから、悟は少しばかり拍子抜けした。

     様子を見れば、確かに呪いか何かに罹っているらしい。

     暫く眺めた悟は眉根を吊り上げる。
     ──この程度の呪いなら、直哉の実力であれば直ぐに跳ね除けられるはずだ。
     深く根が入り組んでいるのかと注視してみるものの、特にそういったことはない。
     久々に会った幼馴染兼恋人の姿がこれか、と少し気が滅入りそうになりつつ悟は直哉の頬に手を当てた。──酷く冷たい。
     温めるように暫く包んでいた悟は、深呼吸をする。

    「ごめん、直哉」

     そうして、悟は直哉と額を合わせて目を瞑った。


       ○


    「いや、帰れよクズ」


       ○


    「……は?」

     病室の床にひっくり返っていたらしい悟は、慌ててはね起きる。
     己の術式をそのまま食らったかのように脳が混乱しているが──悟だった。
     直哉の夢だからそれはそうかもしれないが──直哉の夢の中に入った悟は、夢の中の悟に即座に叩き出された。
     同一人物のくせに「クズ」とは如何なものか。
     そもそも恋人である。夢の中にも居るとしても本物を追い出すとはどういうことだろうか。


       ○


    「ねぇ、悟くん、今なんかおらんかった?」

    「いや、居ないよ? それとも居て欲しかった?」

    「……ううん、悟くんがおれば、それでええの」

     そんなことを言って、夢だと分かっていながら甘えてくる直哉があんまりにも可愛くて、"夢"は彼を抱きしめた。
     抵抗せずに腕の中に包まれている直哉の命を感じながら"夢"は目を細めた。
     "夢"に名前はない、強いて言うなら今は「悟くん」ではあるが、そもそも呪いから生まれた副産物。感情などといった機能すら本来は存在しておらず呪われた相手が考えていることをそのままオウムのように繰り返すのが役目だった。
     しかし直哉は特別だった。
     直哉から形成された"夢"は直哉が望むとおりに行動する。
     直哉に忠実な、直哉が望む「悟くん」を作りあげる。
     そして、直哉に眠っていてもらいたい"夢"はその精度を上げるべくより深く直哉の頭の中を覗き込む──。
     するとまあなんというか、酷いのである。
     呪いとして生まれ落ちた"夢"でもドン引きするレベルなのだ、「悟くん」とやらは。
     直哉の視点を何度見返してもろくな男では無い。
     なまじ直ぐに「悟くん」としての役割を与えられ、そこから変わることなく「悟くん」として振舞っているのもあって"夢"の知能も成長したのだ。
     少し考えれば直哉が夢に見る「悟くん」とやらがとんだクズ男なのは目に見えてわかる話である。
     そもそも恋人ほっといて一年も何をしているんだこいつは。
     他所の子供育てる暇あるなら電話だけするとか、それくらい出来ただろ。
     などと、叩けば叩くほど積もった埃が出てくるだけだ。
     直哉の恋人役として機能しているのもあってか、余計に「許せねぇ……!」と思う感情が溢れだしてくる。
     分かっている、"夢"は所詮"夢"である。
     直哉の生命力を喰らわねば夢を見せ続けることすら出来ない呪いである。
     しかし直哉は"夢"を祓おうとはしなかった。
     ──だから、"夢"は最期まで直哉と共に居ようと決めた。
     直哉がずっと恋焦がれた「悟くん」として、死ぬまで傍に寄り添うと決めたのだ。
     それを──今更降って湧いて出た「本物」なんかに壊されちゃ困るのだ。

    「……俺も、直哉だけいればいいよ」


       ○


     直哉にとっての現実は今ここにあった。
     最初こそ「夢である」と認識していたものの、悟と過ごすうちに直哉は悟と二人だけで過ごすだけの空間を「現実」だと思うことにした。
     お腹も減らない、眠たくもならない。
     朝から始まり夜になり、眠るふりをすればすぐに夜が明ける毎日だが、それで良かった。
     隣に悟が居てくれるなら何でも良かった。
     都合の良い夢は本当にどこまでも直哉の望み通りにしてくれて、直哉が夢に落ちてから一度足りとも悟は直哉から離れなかった。
     乾ききってひび割れて掛けてしまった直哉の心を満たすには充分だった。
     死ぬならここが良いと思う程度に夢うつつだった直哉だが、夢に問題が生じた。

     悟と"悟"の攻防である。

     最初は何か違和感があるな、程度だった直哉もそれが断続的に続けば「誰かが自分を起こそうとしている」事実に勘づいてくる。
     起きたくなくて、夢の中の悟に無言ですがれば絶対に離さないと言わんばかりに抱きしめてくる。
     大きな体に包まれるように抱きしめられた直哉は、うっとりと顔を綻ばせた。
     ──現実を選べるなら、やはり直哉はこちらがよかった。

     しかし、終わりとは必然にやって来るものである。
     直哉が見ている都合の良い夢は、直哉の生命力を啜って出来ている幻でしかない。
     ──直哉の体力の底が見えれば、こじ開けて入ってくるのは容易なのだ。

    「直哉、直哉、……ご、めん、直哉……」

    「あのさ、俺の顔で俺の恋人にちょっかいかけるのやめてくんね?」

     ずっと待ち望んでいた思い人は、直哉の知らない顔をしていた。


       ○


     悟が直哉の夢に弾かれずに潜り込めるまで一ヶ月かかった。
     ただでさえ仕事が舞い込んで子供の世話をしてと大変なのに、直哉の夢に入って追い出されたり、恵を誘拐しようとする輩も居てそれはもう忙しなかった。
     そうやって月日が過ぎれば直哉の体はどんどん痩せ細り、このまま本当に消えて無くなってしまうんじゃないかと不安になるくらいだ。
     早く早くと焦りを募らせた頃にようやく夢の中に入れたのもあって、直哉を抱え込んで話さない"悟"に大して最頂点の苛立ちで蹴り飛ばした。
     直哉は蹴飛ばされ家具を巻き込んで消えていく男を目で追って狼狽えている。
     悟くん、と名前を呼ぶのに悟の方をちらりとも見なかった直哉に、頭を掻きむしる。

    「こんなつまんねぇ夢、見てんじゃねぇよ」

     ダンッ! と音を立てて直哉の顔の真横に足を叩きつける。
     直哉は訝しむように悟を見上げた、少しだけ顔が青い。怖がらせたいつもりは無いが、苛立ちの方が勝る。

    「お前には、俺がいるだろ!」

     直哉は猫のような瞳をまあるく開き、暫くポカンと口を開いた。

    「……おらん、やん」

     掠れた声で返される言葉に、意味がわからない悟は「?」と直哉を見下ろす。

    「いつも、悟くんは忙しいから! 他の人とおるから! ……俺と一緒におるわけちゃうやん」

    「はぁ!? そんなの……」

     悟は歯を食いしばる。
     そんなの、仕方がない話だ。

    「お前も俺も、仕事で忙しいから、しょうがないだろ」

     直哉は息を詰まらせる。
     顔をぎゅっとしわくちゃにして、何かを堪えるように目を瞑るとまた悟の方を見上げる。

    「でも、飲み会とか、してるやん……」

    「は? そんなん人付き合いがあったらやるでしょ、何? 嫉妬してんの?」

    「…………俺は、飲み会とか、よぉせんもん」

    「そりゃ、お前に人望と友達が無いだけじゃん」

     もっと素直になれば良いと悟は思ったが、少し逡巡して──でも直哉の笑ってる顔を俺が居ないとこで他のやつが見るの嫌だな、伊地知とか傑とか、と口を閉ざす。
     告げられた側の直哉は悟を見上げてワナワナと震えている。

    「……まあ、確かに、一年も連絡しなかったのはごめんだけど」

     泣きそうな顔をしている直哉に、悟は項垂れるようにしてしゃがみこむ。

    「前にも言ったけどさ……俺、後輩を呪術師として強く育ててやりたいんだよ。いつかの将来、俺だけ強ければ良い、なんてことにならなくていいように」

     悟は学生時代に、痛いほどそれを痛感してきた。
     どんな凶悪な呪霊や呪いだって、悟一人さえ居れば倒してしまえるけれど、 悟の体は一つしかない。
     悟が強いからと言って、仲間が同じくらい強いわけじゃないから、悟の預かり知らぬところで死んだり大怪我を負ったり──こうやって呪われて四ヶ月も眠ったりする羽目になる。
     悟一人で世界を救うことなんて出来ないし、ましてや気軽に呪術師を一人一人助ける……なんてことも不可能だ。
     だから、悟はこれから育つ若人を育てることにした。
     悟の受け持った生徒たちが、すくすくと成長して悟ほどじゃなくとも──みんなが一級を一人で倒せるくらいに成長してくれれば、仲間や一般人が死ぬ機会をぐんと減らせると考えたからだ。
     ──確かに、そのせいで直哉と会う回数は減ってしまったものの"今"だけの話である。
     今、受け持っている生徒たちが強く成長してくれれば、卒業する頃には少しくらい悟の負担も減るはずなのだ。

    「だからさ、もう少しだけ見てて欲しい、頑張るから」

    「が、んばるって……そんなん、俺、より……」

     直哉は何度も言い淀みながら、視線を下に向ける。

    「…………生徒の方が、大事なん?」

     直哉の性格からして、あまり言いたくなかったろう言葉を吐いたのが珍しくて悟は少しだけ迷った。
     が、しっかりと直哉の方を見据えて頷く。

    「今は、大事な時期なんだ、……わかるだろ」

     脳裏に思い描く、後輩たちの姿。
     受け持った生徒は呪術師らしくひねくれていたり、逆に灰原くらい素直だったりと様々だが──。

    「あの子達に、青春をさせてあげたいんだ」

     悟がそうだったように。
     傑や硝子たちと三人でだらだらつるんでいたあの頃のように、七海や灰原を引き連れたあの日々のように、──直哉とドタバタの末に付き合ったあの甘酸っぱい思い出みたいなものを。
     そう言った思い出を刻めるように、まずは確実に明日生き残れるように生徒たちを強く育ててやりたいのだ。

    「……もう少しだけ、寂しい思いをさせちゃうかもしんないけど、落ち着いたらその分沢山一緒に居よう」

     早く目を覚まそう、と悟は直哉の肩を揺らした。


       ○



     直哉に青春などというものはわからない。

     まともに学校生活というものを営んだことのない直哉に青春の正解などわからない。
     辛うじて言うなら悟と付き合った事実だけが"青春"と呼べるかもしれない。
     それを本当に青春と呼んでいいのか、人付き合いが殆ど無く、友達も出来ず、苦しい家に囲まれた直哉には判断出来なかった。

     ただ直哉につきつけられたのは──。

    「……恋人おれよりも、後輩の青春の方が大事やの?」

     つまり、

    「俺が一人で、ずっとずっと一人で、友達も作れんで一人で、恋人にも会えんで一人でおるのは、悟くんにとって若人ガキの青春よりどうでもええことなん?」

     そういうことだ。

     時間は有限である、何か一つを大事にすれば何か一つを取りこぼす。
     全部を大事に抱え込むことは不可能である。
     直哉は、悟に抱えて貰えなかった。
     後輩を育てているから忙しいとか、将来二人で居られるからとか、そんなもの全て言い訳にしか過ぎない。
     直哉は一人でも大丈夫だと本気で悟が言っているのであれば、悟は暗に直哉のことを一番に優先しないと宣言しているようなものだ。
     まともな恋愛をしたことが無い直哉だからそう考えるのだろうか、まともな恋人同士というのは離れ離れで一年過ごしても思い繋がっているものだろうか。
     直哉にはわからない。一人で寂しくて辛かったこと全てが当たり前のことで、直哉だけが気にしすぎていると言われたらもう何も言えなかった。
     悟には友達が居る、同僚が居る、後輩が居る、恵達が居る。
     直哉には、何も無い。
     目が覚めればどうなるか、悟にはわからないらしい。
     直哉はまたひとりぼっちになって、隣に悟がいて欲しいなと思う毎日を寂しく過ごすのだ。

    「そんなわけないでしょ」

     真剣な青い瞳を直哉はぼんやりと眺める。

    「悟くんがここにおるんは、恵くんが元気やからやろ」

     直哉は淡々と恵のことを考えた。
     何度も夢に出てきた仲の良い家族のような三人が心を蝕むように浮かんでくる。

    「もし、恵くんが俺と同じ状況やったとして……恵くんと俺が違う場所で眠ってたとして……そしたら、悟くんは俺より恵くんを優先するやろ」

    「そりゃ、恵はまだ子供だし……それに、お前は強いじゃん」

     当たり前の回答だ。
     聞いてて、直哉は笑ってしまった。
     それが全てだった。

    「つよくても、一番やないのは、さみしいよ」

     どれだけ直哉が苦しんでいても、悟は直哉を優先してはくれないのだ。
     それを"信頼"と呼べるほど、直哉の心に余裕は無かった。
     ボロボロと涙がこぼれ落ちる。
     夢の中なのに、酷く熱を持った涙だった。
     こんなに直哉は辛いのに、一人ぼっちで寂しかったのに、悟は嘘でも直哉を一番にしてくれない。
     好きな人と一緒に居たいだけ、ただそれがどうしようもなく遠く叶いそうにない。
     だったらもう、目なんか覚めたくなかった。
     ずっと都合の良い夢を見ていたかった。
     ──もう、現実の悟に嫌われても構わなかった。

    「も、いい、かえって」

    「直哉、待って、」

    「おれ、死んだことにして」

    「直哉!!」

     直哉の腕を悟が掴む。
     涙で視界が滲んでいて、悟の表情は見えない。
     見えなくてよかったと直哉は思う。

     大人になれば、悟が高専を卒業すれば、もっと会えると思っていた。
     そう考えていたのは直哉ばかりで、悟は直哉が関与しない未来ばかり選んだ。
     それが現実だった。

     直哉はそんな現実、要らなかった。


    ────


    ③君のまにまに


     失敗に気がついた時には、直哉は危篤手前だった。

    「あ、直哉、直哉……ごめん、直哉!」

     縋り付くように──夢の中の"悟"のように情けなく直哉の名前を呼んで手を握るも、硝子も傑の手によって引き剥がされる。

    「落ち着け、──馬鹿!」

     焦りで直哉の体についた管を無視して抱きあげようとする悟に硝子が叱咤し、傑が思い切り殴り飛ばす。
     悟は冷たい床に倒れ込み、傑を睨みつけるが──硝子が慌ただしく薬を投与している姿を見てハッと我に返る。

    「……お前が直哉を起こすのに失敗したのはわかる、何があった?」

     悟の方を見向きもせずに冷淡な声色で告げる硝子に、悟は苦しそうに顔を歪める。

    「おれ、」

     ──こんな風に心を痛める資格が無いことを理解していながら、悟は初めて見た泣きじゃくる直哉の姿を思い出していた。

    「ま、ちがえた……」


       ○


    「死ねクズ」

    「腹切れクズ」

     そんな罵倒では足りないぐらいの罪悪感で粉々に打ち砕かれた悟は、廊下に正座をした上で地面に頭を擦り付けていた。
     悟は高専に入るまで善悪を知らなかった男である。
     こうやって自分では無い他人──恵や生徒たちに目をかけて育てることを考えたのだって、どれだけ強くとも救えない人間がいることを味わった苦い経験や、傑や硝子に教えてもらった"普通"を経てのものだ。
     それ以前の悟といえば横暴極まりない唯我独尊のおこちゃまだったので、傑にも矯正出来なかった気質が度々姿を見せる。
     その一つが、とことん直哉と噛み合わなかった。
     悟は大きな思い違いをしていたのだ。
     幼なじみで、同じ相伝を持っていて、それでいて思いの通じあった恋人同士──呪術師として生きている二人だからこそ、どれだけ忙しくして会えない日々があっても分かり合えるはず。
     実際、悟と直哉が二人で共に過ごした時間は本当に短いもので、悟が高専に入学してから一年ほど全く声すら聞けない状態だったが、それでも互いに「好きだな」と思う気持ちは変わらず、悟は告白に成功した。
     だからこその慢心とも言える。
     悟と直哉とでは、そもそもの大前提が抜けていたのだ。

     ──悟が恵まれていても、直哉はそうじゃなかった。

     五条家で、無下限と六眼を持った子供は自動的に次期当主となる。
     身内同士での争いごとなど特に無く、寧ろ「当主」として育てるべく家全体で甘やかし、サポートするのだ。
     その正反対なのが禪院家であった。
     身内同士の争いは凄惨で、産まれる前に子供ごと母親を殺す・なんてこともあったらしい。
     そんな中で、相伝とは言え歴史も浅い父親の術式を背負わされた直哉は大変だったろう。
     実際に、兄弟に何度も殺されかけたと語る直哉の「まあ、返り討ちにしたったけどな」という話に悟も何気なく相槌をうっていた。
     悟だって賞金首にされた経験が何度もある。
     家に守られていたとはいけ幼少期からそうなんだから「相伝持つってめんどくさいよね」で話を終わらせたが、大人になった今、その事実を噛み締めるべきだったのだ。
     身内に命を狙われる心配だけはなかった悟とは違い────直哉は身内が最大の敵だ。
     そんな環境で育った直哉に頼れる人間なんて難しい話だ。
     身内がそうなんだから、他人を信用するのは難しい。
     そんな直哉が外に友達を作るなんて針に糸を通すより難しい話だと、少し考えれば分かるはずだった。
     ──悟が告げた「少し我慢して欲しい」が、直哉にとって「ずっと一人ぼっち」になるとは少しも思い至らなかったのだ。
     それが辛くて、呪いの誘惑に負けて夢に堕ちるなんてちっとも思わなかった。
     プライドが人一倍高くて身内に決して自分の弱みを見せず怪我しても痛いとすら言わなかった直哉に「死んでもいい」と言わせたことが──悟には悲しくて仕方がなかった。

     夢の中の"悟"が悟を外に叩き出すのも当然の話だ。
     "自分"なら恋人を苦しませる男が恋人の居る空間に一秒でも居て欲しくない。
     それが、悟にとって今目の前にある"現実"だった。

     馬鹿な話である。
     ──若人から青春を奪いたくないから、と今ある子供たちの未来と将来、悟がいなくてもやっていける呪術界にする為に行動し続けてきたそれが、悟の思い人を苦しめていたのだから。
     想定外だった・で済ませるような話ではない。

    「どうしよう、俺のせいで、直哉が死んじゃったら、どうしよう」

     子供のように挙動不審の悟に、これは本当にいけないと傑と硝子は顔を見合わせる。
     ──二人にはわからないことだが、直哉は泣かない男だ。
     幼少期の頃から家のお陰で負けん気が強く、悟に大して引くことなく声をかけたり冷たくあしらわれたりしても恐れたり怯えたり腰が引けることもなかった。
     睦言では生理的な涙を流すこともあったが、平常で泣くことは一度も無かった。
     腸がはみ出るくらいの大怪我を負ったときすら痛みよりも「チッ、呪霊の等級と数間違っとるやろ! 絶ッッッ対ウチの兄さんらの仕業やな……」と怒りの方が強かったくらいだ。
     感動モノで泣かないし、動物が死ぬ映画でも無関心。どれだけ嫌味を言われてもニヤニヤして言葉を返してくる。
     そんな直哉の泣き顔が、悟にとって一番の衝撃であり、無下限で阻むことも出来ない大ダメージをもたらした。
     ──そこまでして直哉が追い詰められなければ、悟は本当に「後輩たちが強くなって悟と直哉が忙しくなくなる」まで直哉とは最低限の連絡しか取らなかったのは目に見えている。
     だからこそ傑は頭を抱えた。
     悟も大人になり、成長をして、──教師にもなって、もう一人でも大丈夫だと思っていたのだ。
     それがこれである。
     悟のやる事を鵜呑みにして放っておいた傑にも問題があると、胃をキリキリさせる。
     硝子といえば室内で寝ている直哉の容態が刻一刻と悪くなっているのが気になるようで眉間に皺を寄せてソワソワしている。

    「……もういっかい、直哉と話したい」

    「無理だな、もう直哉の体力が持たない」

     きっぱりと硝子が否定したので、悟が言葉を詰まらせる。
     絶望を顔に貼り付けた悟に、少し考えるようにした硝子が顔を上げる。

    「……──一週間」

    「え?」

    「お前に一週間やる。その間にあと一回だけ夢の中に入れるようにしてやる」

    「本当に?!」

    「ああ、その代わり──どうするのか決めろ」

     どうする、とは。

    「……今までのやり方じゃ、直哉が報われなさすぎる。まあ、あいつ性格がアレだから人望が無いのはしゃーないけど、そんなところも好きだから付き合ったんだろ?
     お前、これからも教師やって生徒の面倒見て、恵たちの世話をしてって……特級としての仕事もあるのにどこに直哉が入る隙があるんだ?」

    「それは、その……」

     悟は口を閉ざす。
     暗に硝子は"本当に教師を続けるのか否か"を問うているのだ。
     教師としての時間が無くなれば高専と実家からの板挟みも軽減され、直哉と会う時間は増やせるだろう。
     そうしたら、悟より若い世代の死亡率は跳ね上がってしまう。
     実際、悟より上の世代の死亡率はぐんと高かった。

    「まあ、ちゃんと考えろよ……恵たちだって、一応甚爾が居るんだから、お前一人で抱えなくったっていいだろ?」

    「……うん、考えるよ」

     酷く項垂れた悟を見て、傑と硝子は顔を見合わせる。
     悟も直哉も、無駄に拗れているのは育った環境の悪さだ。
     御三家とは名ばかりが良いが、そこで生まれ育つことの歪さを眼前に突きつけられると良い気分にはならない。
     ──そんな家に産まれて、好きなものは好きだと認めあった二人が付き合ったことは紛れもない純愛だったのかもしれない。
     それがこんな結果になったのは残念としか言いようが無いが。

     報われて欲しい、と思わずには居られなかった。
     悟が本気で呪術師の未来を考えて行動していたのを二人は知っている。
     ふざけた態度で他人を常におちょくっているように見えても、天内を救えなかった事実や悟が前に進んでいくことに傑が思い悩み苦悩した事実を背負ったからこそ「若人を育てる」などと言い出したのだ。
     実家の反対も押し切り、教師になることを決意し、強くする為にあれやこれやと無理難題を押し付けつつも己が経験した学生時代を子供たちにも体験させてやりたいと頑張っている。
     恵を育てているのも同じ理由だが、──将来の禪院において、直哉の負担が少しでも減らせればと考えた上である。
     その直哉も、ひねくれてこそ居るが強さには素直で、悟のことが本当に大好きだと分かる人間だった。
     直哉にちょっかいをかけると悟が有り得ないほど煩いので、硝子も傑も面倒くさいのを避けてあまり関わろうとはしなかったが、悟と二人で並ぶ直哉の幸せそうな顔を見ているとケチがつけられなかった。
     極度のすれ違いと言うには、あんまりにも直哉側に負担が多いし、自業自得と呼ぶには罰が重すぎる。

     次の当主として、子供を望まれている上に常に縁談を持ちかけられ、更には男同士というままならない二人だが、構って貰えなくて寂しいと泣きじゃくるくらいに、そして死んでしまうかもしれないと動揺して苦しむほどに想いあっているのだ。

     せめて、直哉が死にませんように──と、傑はそればかりを思うしか無かった。


       ○


     直哉の話を傑から聞いた灰原と七海は血の気が引くのを感じた。

     直哉は人と関わり合いが本当に無い──というか、そもそも京都に住んでいるので東京に住む悟たちの事情はイマイチわからない。
     故に、悟がめちゃくちゃ直哉のことが大好きでその話で七海たちにだる絡みする・などといった話なんか一切耳に入らないわけで(耳にしたところで直哉は「なんでそれを俺には言うてくれへんのぉ?」と泣きそうになっただけかもしれない)、他人から「悟の恋人である直哉って人に手を出したら、悟に滅茶苦茶嫉妬されて面倒くさそうだな」など思われていることなんて知らない。

     あからさまに動揺を隠せない二人に傑が首を傾げると、罪悪感からもうほぼ泣いてる灰原から直哉と共に会った時の話をされた。
     それを聞いた傑はスンと顔を真顔にして、今までの考えを改めた。
     ──直哉に他人の交流が無くて一人ぼっちなのって、もしかして半分くらいは悟のせいじゃない?
     と。

     確かに、直哉の背後にある禪院は本当に面倒くさい一族である。
     直哉の友人だなんて格好の良い的である、弱点として見られれば何をされるか分かったものじゃない、が──それ以上に、直哉の恋人である悟は面倒くさい男である。
     高専には伏黒甚爾が通っており、伏黒甚爾は直哉が一番に憧れとした男である。
     そんな甚爾が居るところに直哉が来て欲しくないのか、高専に来たがる直哉を突っぱねることも少なくなかった。
     悟は普段から直哉への矢印を隠さない為、だる絡みされたくないと直哉を避けるのも無理はないだろう。

     ──直哉が頑張って掲げたSOSが、恋人のせいで届かない・とは。

     なんというか、本当に残念なカップルである。
     とことん肝心なところが噛み合わないのだ。
     べそべそとしょぼくれながら「あどぎぃ、いんだげでもぉ、ご、ごう゛がんじでだぁ……!!」と声を震わせる灰原が余りにも可哀想でならない。
     好き好んで地雷が見えているのに踏む人間なんていない、禪院直哉は「禪院」「性格カス」「五条悟の恋人」ともう触ることすら躊躇うほどの地雷原故に一旦避ける選択をとるのも無理ないだろう。
     七海も流石にわざわざ飲み会をふっかけてくる直哉の様子がおかしい事に気がついていたが、まさかそれが悪巧みではなく本当に友達が欲しかっただけとは思いもよらず、唇をぎゅっと縮こませている。
     確かに、禪院の人間から手際よく飲み会の誘いを受けたら怪しんでしまうのも無理ない。
     ──傑の知っているあの直哉が、そこまで追い詰められていた事実にそろそろ胃が張り裂けそうな気持ちだった。
     そして、現状追い詰められている悟にこの話をするのも本当に嫌だった。


       ○


     悟はこの一週間、気が気じゃなかった。

     生徒や恵たちの面倒を見ている間もずっと「直哉は今どうしてるかな」とハラハラしていた。
     最初は短い時間に何度も硝子に容態を聞いたり、伊地知に八つ当たり紛いに苛立ったりして傑にめちゃくちゃ怒られたりしたものの、なんとか子供たちの前では取り繕って行動していた。

     直哉との未来──ではなく"今" 悟が直哉とどうしたいかをずっと考えていた。

     答えはたった一つで、それは直哉も悟も同じはずなのに随分遠回りをした。
     実家に帰ってわざわざ頭を下げて、禪院に行き殴られる覚悟で口を開いた。
     とんだ大問題となってしまい恵や津美紀に大迷惑をかけ、甚爾にすら呆れられた。
     そもそも、伏黒甚爾がまともに子供の面倒を見れる男であれば良いだけの話だが、半年近く幼い子供二人を放置し競馬するか女の家に入り浸るかの二択で、恵の名前すら忘れていた男に期待するだけ無駄な話である。
     禪院直毘人に散々詰られたが、もう後がない悟は形振り構わなかった。
     その結果禪院家を半壊させてしまった悟の余裕のなさに全員がドン引きしてしまったのは言うまでもないが。

    「で、いいんだな?」

    「うん、お願い」

     心電図が辛うじて音を立てている、寝息すら聞こえない静けさに悟は直哉の頬を撫でる。
     死んだように眠る最愛の恋人の夢へと、落ちるように入り込んで行った。


       ○


    「直哉」

     声をかけられて、なんだか久々に意識がある感覚を味わった気がする直哉だ。
     あれ、と目を開くと世界は真っ暗だった。
     暫く考え込む、──"悟"の姿が見えない。
     どうして、そう不安になったがなんてことなかった。
     もう、夢が見れるほど直哉に体力が無いのだ。
     寂しさにしょぼくれるも、後はもう死ぬだけなんだなぁと達観する。

    「直哉」

     また呼ばれた。
     ああ、幻聴ではなかったか──否、夢の中で呼ばれるのは果たして幻聴と呼ぶのか呼ばないのか。
     名前を呼ぶ声に愛しさを感じながら、直哉は夢の中なのにウトウトしていた。

    「……直哉」

     なんだろう、と思った。
     返事はせずに直哉は声だけを聞いている。

    「ひとりにさせちゃってごめん」

     今更な話だと思った。

    「寂しい思いしてるのに気が付かなくてごめん、お前に頼れる味方が俺しかいないのに放っといてごめん、辛いって言わせてあげられなくてごめん」

     よく謝る口だなと思った。

    「しんどかったよな」

     しんどかったな、と思った。

    「それでも、俺の事を好きでいてくれてありがとう」

     ──────。

    「呪術師なら、この仕事続けるなら、……御三家なら、いつか死ぬのは当たり前だ。明日明後日にでも、仕事で死んじゃうかもしれない。
     そんなの昔から分かってた。
     ……分かってたけどさ、やっぱ俺、直哉が死ぬのは嫌だ」

     ────……。

    「誰が死ぬ姿だって、正直もう見たくないよ。
     助けられなくて死んじゃうなんてごめんだ。
     だけどね、ぶっちゃけ──傑が死ぬより、硝子が死ぬより、七海が死ぬより、灰原が死ぬより、伊地知が死ぬより、学長が死ぬより、甚爾が死ぬより、津美紀が死ぬより、恵が死ぬより、生徒達が死ぬより────直哉が死ぬほうが嫌だ」

     不思議なことを言うものだと思った。
     命に順番をつけるのか、と。

    「考えが、足りないよね。昔から俺は。
     傑が一般人を救えないって苦悩して、耐えきれなくなったときも俺はただ仕事ばかりやってた。
     ただ、ずっと俺と傑は最強なんだ・て思ってた。
     ……俺の歩幅に傑がついて来ないなんてちっとも思わなかった」

     あの五条悟が、真剣に反省しているような声色がなんだか可笑しかった。

    「傑の時に思い知ったから、呪術師の世界を、御三家を変えようと思ったのに、こうやって恋人を苦しめてちゃなんの意味もないよね」

     自嘲するように悟が笑う。
     なんだかとんでもない愛の告白みたいだ、と直哉は他人事のようにぼんやりと黒い世界を漂っている。

    「俺、お前に夢から追い出されてから沢山考えたんだ。
     俺はお前とどうしたいのかって、……後輩たちが成長した未来じゃなく、今」

     直哉がきょろりと目を回す。
     悟の姿は見えず、声だけが頭の中に響く。

    「そんなの、考えなくてもわかることだったんだ。
     ……一緒に居たいよ、直哉」

     "でも"
     直哉はつい口を開きそうになった。
     ──"でも、五条悟は禪院直哉の傍にいなかったじゃないか"

    「今ならわかるよ、お前が隣にいないのは、酷く寂しいよ、直哉」

     まるで涙を流しているような、そんな声だった。
     卑怯だ、泣きわめきたいのは直哉の方だった。
     今更そんなこと言われてもどうすればいいのだ。

    「ねぇ、約束する……絶対にもう一人にしないとは口が裂けても言えないけど、……二度と寂しい思いはさせないから」

     だから。と優しく言葉が繋がる。

    「……起きてよ、直哉」

     嫌だと思った。どうせ目が覚めたらまた直哉は一人になるのだと思った。
     愚図るように顔を振った、声もなく嗚咽を漏らした。

    「怖いよね、ごめんね……嘘じゃないよ、直哉の為なら五条だって捨てていい」

     直哉だって、いっそ禪院なんかもう捨ててしまいたかった。

    「直哉が願ってることをしたいよ、ねぇ……教えて、直哉」

     今更出てきて、都合の良いことばかり言って、甘い言葉をミルフィーユのように重ねて。
     そんなずるいことを許していいものかと直哉は泣きじゃくる。

    「直哉……」

     耳を塞ぎたいのに体が動かない、ただ赤子のようにわんわん泣き喚くしかない直哉に悟はもう一度声をかけた。

    「ねえ、直哉はどうしたい? ……教えてよ」

     ──────傍に、

    「うん」

     傍に、居て欲しいと思った。

    「そうだね」

     ずっとずっと隣に居て欲しかった、一人にしないで欲しかった、悟の親友を名乗る傑がずっと羨ましかった、悟と気兼ねなく話せる硝子が羨ましかった、悟と飲み会が出来る後輩たちが羨ましかった、悟と夕ご飯を食べている恵たちが羨ましかった、ずっとずっと一人で寂しかった。

    「うん」

     ずっとずっとずっと、直哉は一人で辛かった。

    「もう、離さないから……一人にしないから」

     それがここだけの嘘なのか本当なのか、直哉にはわからない。
     顔も見せないくせに都合の良いことばかり言うから、本当に何もわからなかった。
     声の主は直哉の願っていることをしたいと言った。
     本当に、本当に願いを叶えてくれるのであれば、直哉は殺して欲しかった。
     死ぬなら、悟と本気で戦って死にたかった。

    「──────」

     誰よりも強い男と、憧れた人と、本気で戦って死んだのなら、それは何よりも幸せな最期だと直哉は思った。

    「……解った。絶対に約束する」

     本当に? と、直哉は縋るように尋ねる。
     声は「本当に本当」と苦笑いする。

    「じゃあ、目が覚めたら縛りでも結ぶ? 全部直哉が条件つけていいよ」

     だからこっちにおいで、と手を差し出された。
     直哉は体が動かないのにどうしようと焦ったが──不思議とその手に吸い付くように左手が動いた。

    「愛してる、直哉」

     暗闇に、光が立ち込める。
     眩しいはずなのに目は眩まない。
     悟の姿を目にした直哉は、少しだけ戸惑ってから抱きついた。
     ──悟は嬉しそうな顔でべそべそ泣きじゃくりながら、直哉の背中に腕を回した。

     


    ────


    ④手を繋いで歩ける距離


    「先生」

     声をかけられ、振り返った。

    「どしたん?」

     直哉がことりと首を傾げた。
     虎杖は困ったように書類を取り出し、直哉に掲げる。

    「これ、わかる? 伊地知さんに聞きたかったんだけど、ちょっと忙しそうで……」

     ふむ、と手渡された書類は虎杖悠仁の死亡に関する書類だ。
     そういえば、この子は死んだことにされていたのか、と戸籍の訂正に関する書類を一通り見た直哉は虎杖から書類を預かることにした。

    「これに強い人知っとるから、とりあえず聞いてみるわ」

    「ほんと? 助かる〜!」

     本当に困っていたらしい虎杖に、悟も教師として死亡届を出した身ならこれくらい面倒を見てやればいいのにと吐息を零す。

    「恵くんの具合は? 大丈夫やった?」

    「うん! 全然元気! 今日も真希先輩に転がされてたよ」

    「そっか」

     仕事に散ったのか、誰もいない校庭に視線をくべた直哉は目を細める。
     昨日は京都校の生徒も居て、昼間はあんなに大騒ぎだったのに、今は直哉と虎杖の二人しか気配がない。

    「お友達出来たんやろ、東堂くんおもろい子やんな」

    「いやっ……! それは……! 俺にも黒歴史つっーか……!」

     動揺して手を前に突き出し頭を抱える虎杖を面白可笑しそうに見やってから、ふと弾かれるように直哉は外を見た。

    「あ……俺もう行くから!」

    「ん? うん、書類後で返すな」

     慌てて去っていく虎杖に少しばかり視線を全てから、また窓の方を見る。
     かつん、と窓の縁に足をかけた黒い男がいる。
     直哉は「うわ」と思いながら窓を開けた。
     ──悟だった。

    「表から入りよ」

    「ここからが一番早いじゃん」

     言うなり、悟はするりと廊下に潜り込んで直哉のことを抱きしめた。
     書類がもみくちゃにされないように掲げつつも、書類を持っていない方の手で悟の腰に腕を回した。

    「ただいま、直哉」

    「おかえり、悟くん」

     すり、と数時間ぶりに嗅いだ恋人の香りを堪能しながら、直哉はうっとりと目を細めたのだった。


       ○


     悟は、直哉を伴侶として結婚することにした。
     五条家は猛反対だったが、伏黒甚爾の例を口に出し必ずしも五条悟から無下限の子供が生まれる訳では無いと言い切った。
     そもそも現当主は悟なので、強引に押し切っても良かったのだがそうすると直哉に刺客が向けられるかもしれない。
     だから悟は家のものを全員集めて、どうしても直哉が手放せないのだと宣言した。
     直哉と共に居れないなら、五条家は捨てて高専の一員として生きていく覚悟すらした。
     最終的に現当主の言うことだから本当に五条を捨てるのだろう・と頭を抱えた重鎮が直哉を伴侶にしてもよいと判断した。
     そのかわり子供は作れ、と告げられたので悟は「気が向いたらね」と流した。

     五条家は悟のワンマン体制なので、少し荒れたくらいで済んだが禪院はそうもいかない。
     ただでさえ恵を取られているのに、直哉まで取られるとは何事かと大荒れに荒れた。
     取られたくない癖に身内の権力争いで何回毒殺未遂したんだよクズ共と悟がブチ切れ、直毘人との醜い言い合いを二日ほど続けて最終的に禪院家は半壊した。
     結局、悟の言い分を飲まなければ後はもう直哉が死ぬだけの禪院は受け入れることしか出来なかった。
     そうして、悟は最後に直哉を「五条悟直属の付き人」という立場で高専所属にした。
     高専側から仕事を斡旋することの出来ない、完全に悟の為の術師・という立場だ。
     直哉本人はよくわかっていないが、そんな立場の人間はこの世界どこを探してもいない。
     直哉がいま受け持っている仕事の全ては悟が取ってきた仕事で、全て悟が内容を確認して問題ないかジロジロ睨んでいるのだから禪院も高専も直哉に手の出しようが無い。
     悟の術師だから、と暇にならないように直哉には「生徒指導」としての立場を与えて高専にある一室に住んでもらっている。
     故に少し複雑な立場であるが、東京都立呪術高等専門学校において直哉は「教師」として振舞っていた。
     最初は「俺には無理やて!!」と抵抗していた直哉だったが、躯倶留隊相手のように転がしてやればいいと散々の説得を受けて、渋々了承をすることになった。
     教師として見るにはあまりに口も性格も悪いのが直哉だが、戦闘面において手加減が殆どなく、また駄目だしが苛烈過ぎるが真っ当で、かつ悟や甚爾よりも喋っている内容が簡素で分かりやすいので意外と馴染むのは早かった。
     ──もう何年も経つのに、未だに悟の伴侶としてこの学校にいるのに慣れない直哉にとって、教師として馴染めたのは幸いだった。

    「今日、一緒にお風呂入ろうよ」

    「ええ、明日仕事あるし」

    「何もしないよ、約束するから、ね?」

     額を擦り合わせて直哉に尋ねてくる悟に卑怯だ、と思った。
     悟は、直哉が目を冷めてから何かにつけて「約束する」と持ち出して、そして本当にどんな約束でも守ってくれた。
     恵よりも直哉の方を優先して欲しい、なんて恥知らずな泣き言すら叶えてくれたのだからよっぽどだ。
     あんまりにも甘やかされすぎて、一時期直哉は本当に駄目人間になりそうだと傑に泣きついたこともある。
     傑はニコニコ笑いながら「いいと思うよ!」と言ってきたので直哉は傑のことをあまり信用しないことにした。

    「お風呂入ってー……お土産買ってきたんだ。渋〜いお茶いれてさ、寝るまでお話してよう?」

    「……うん」

     そんな魅力的な話をされたら、直哉はしおしおと頷くしかない。
     早速! と意気揚々にお姫様だっこしようとする悟を慌ててせいした直哉は書類を眼前に掲げる。

    「先にこれ! ……虎杖くんの戸籍の書類! 時雨くんに預けたいかも……」

    「……あ〜〜、あったねそんなん……今から行くの?」

    「早い方がええやろ?」

    「今日はもう夕方だしやめときな、預け先が欲しいなら伊地知の机にメモして置いときなよ」

    「……そうする」

     伊地知の仕事ぶりに関しては比較的信頼を置いている直哉は、悟に預ける何百倍もマシだろうと事務室へかけ出す。
     悟はそんな直哉の後ろ姿を見ながら「直哉も子供に甘くなったなあ」と笑っていた。





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