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    ベルジャン(2010/05/14)

    Il cattivo e Lei.Il cattivo e Lei.

    ※春チャンスルキジャン編前提、ベルナルドとジャン。ネタバレ注意。
    恋愛色はありませんが、どのような形であれベルナルドがジャンを愛しているのは仕様です。










    蟻の行列みたいだ。

    窓枠に手を掛け、身を乗り出すようにして眼下の大通りを眺めていたジャンが、感心したように呟いた。
    「何がだ?」
    「――見てみろよ、ほら」
    振り返ったジャンは、にっ、とその頬を機嫌よく持ち上げて、問いかけたベルナルドに向かって親指で窓の外を指し示して見せる。
    ベルナルドはソファに腰を沈めて、ローテーブルの上に広げられた書類の束を確認している最中だったが、ジャンにそう言われてしまえば抗うこともできはしない。ゆらり、立ち上がり、彼は彼のカポの元へと向かった。
    その耳に、小さなざわめきが聞こえる。
    ベルナルドは少しばかり驚いた。今二人が居る部屋は、街中での拠点としてベルナルドが使用しているアパートメントの一室だ。ベルナルドも頻繁に出入りする上、こうして時々ではあるがジャンも訪れることがある。そのため、可能な限りの防護策を施した部屋は分厚い鉄の扉に防弾ガラスに守られ、壁や天井には特殊な防音剤を使用しているので滅多なことでは外界の騒音を通すことはない。だというのに、ベルナルドの耳が捉えている音は確かに窓の外から聞こえてきているようだ。
    いったい何が――と、一瞬考え。
    すぐに答えを見つけ出した。

    「なるほど。蟻の行列にしては、少々煩いようだがね」

    小さなざわめきと聞こえたそれは、窓の外を行く群集の叫び声だった。
    年若い青年から、腰の曲がった老人まで様々な年代の男たちが、手に手に赤いペンキで文字を書いたプラカードを掲げ、軍隊の行進のように――というには統一性に欠けた足取りで道を練り歩いている。そして高らかに喧しく、掲げた文句を読み上げている。
    粗末な身形の者もいれば、それなりの階級の生まれとわかる者もいた。中にはちらほらと女や、何のための行進なのかわからないままに興奮しているような幼い子供の姿も見える。共通点などないかのようなばらばらの人々。唯一の共通点を挙げるとすれば、それは彼らの瞳に宿る怒りの感情だ。

    「ウェーバーの罪を暴け!」
    「DDN新聞をデイバンから追い出せ!」

    奔流となって渦を巻く、どこか聞き覚えのある怒号の嵐。
    厳重な防音設備をも乗り越えて聞こえてくるそれに耳を傾けながら、ベルナルドは満足げに眼を細めた。
    その隣にいたジャンも、人々を見下ろし、口を開く。

    「ペンは剣よりも強し、ってね。――だけど、紙に書かれた文字なんかよりは、生身の人間の叫び声のほうがあるよなぁ」
    「要は使いどころ、だね。広く悪意を撒き散らしたいならあちこちに悪口を書いて回るのも有効だ。だが、既にみんなが知っていることをいつまでも書き立てているよりは、腐った卵のひとつも投げつけてやった方がインパクトがでかい。――ここまで来れば、十分だ」

    ジャンが、笑う。
    ぷぅ、ガムが膨らんだ。大きく空気を孕んだイチゴ色の膜が、パン、と弾ける。
    そして彼は楽しそうに――とても楽しそうに、吐き棄てた。


    「――ざまあ見やがれ」



     

    偏執的なまでのイタリア嫌い、マフィア嫌いで有名だったDDN社――デイバン・デイリー・ニュース社が表立ってCR:5に喧嘩を売る記事を書きたてて、街を騒がせていたのはつい先日のこと。
    あること無いこと書き立てて、CR:5をデイバンを食い荒らすケダモノの集団とこき下ろした連日の新聞。
    第一の標的となったのは渉外担当の知名度を持つルキーノだった。
    ルキーノ・グレゴレッティ、次席幹部のピカピカなライオン。そしてジャンのほうは隠しているつもりのようだが、カポ・ジャンカルロの恋人でもある男。
    これだけの男だ、さぞ貶し甲斐があったのだろう。よくぞここまでと感心するほど、DDNの書き連ねる記事は酷かった。
    ――そのうち、天気が悪いのも原油が高騰してるのも犬に咬まれたのもヘマして女を孕ませちまうのも、全部が全部『ルキーノ・グレゴレッティの悪行』にされちまう。
    いっそ笑えてきやがると肩を竦め嗤って見せるルキーノだったが、この豪快な男の中の酷く繊細な過去までも嗅ぎつけてきては、汚濁を塗りたくって下種な文言にした腐れ新聞が愉快であるはずも無い。瞳は怒りに揺らめいていた。
    そして怒りと不快感はベルナルドも同様だった。
    ルキーノ・グレゴレッティは華やかな男だ。百獣の王の威厳と迫力。マフィアの男だとわかっていても、視界に入れば目を奪われずにはいられない圧倒的な存在感。飛びぬけて大柄な体躯は、ピンと伸びた大きな背中によって若くして風格すら漂わせている。
    誰よりも鮮やかにコーサ・ノストラの生き様を体現する。それがルキーノと言う男だ。
    だからこそ、ベルナルドはその顔に泥を塗りたくるようなウェーバーの存在が不快でならなかった。
    ルキーノ・グレゴレッティを知りもしない新聞屋ごときが、なにを得意げにこの男を貶める。この男を誰だと思っている。

    こいつは、この男は――
    デイバンでいちばんピッカピカな男たちの、片割れなのだというのに。

    ルキーノに、誰よりも何よりも惚れ抜いている男に、ベルナルドは命を掛けている。
    この命すべて、この人生すべて、くれてやると誓った男が愛するものを、ここまでコケにされて黙っていられるはずが無い。
    それが、ベルナルド自身にとっても同じファミーリアの同胞であればなおさら。

    ――いま、ウェーバーに恐喝まがいなちょっかいを出してみろ。市警の連中が喜び勇んで俺たちを逮捕しにやってきて、DDNは逮捕記事で一面をにぎわせて大喜びだ。
    見せしめに攻撃を仕掛けようと腰を上げたイヴァンやジュリオを、ルキーノと一緒になって宥めながらも一番歯がゆい思いをしていたのはベルナルド自身だった。
    攻撃の突破口をつくるのは自分の仕事であるはずなのに、上手い切り口を見つけることもできず自分はいったい何をしている?

    もどかしい状況が急展開を見せたのは、対策を練るために集まった幹部会議でのこと。
    きっかけとなったのは、やはり、ジャンだった。
    ラッキードッグ・ジャンカルロ。CR:5に幸運を齎してくれる、我らがカポ・デルモンテ。
    彼が何気なく開いたダイレクトメール。一通のそれから、事態は転がるようにすすみはじめた。

    ウェーバーがオークションで使わせられた、出所の不明な、二千ドルもの大金。
    ルキーノとの打ち合わせどおり、ベルナルドは財務局へその不審な金の存在を密告した。
    あとはウェーバーの元へ駆けつける最中の彼らへと、“善意の協力者”から奴の悪事の証拠となる書類が届けられれば、完璧。ウェーバーはペンを持った紳士から転落、脱税の容疑者に成り下がった。

    悪のマフィア組織を糾弾する正義の新聞。ウェーバーとDDNが被っていたそのお笑い種な仮面は、最高の形で引き剥がされた。勿論、CR:5にとって最高の形で。
    CR:5は確かにヤクザモノの組織で悪だというのは間違っていない。けれどそれを糾弾していた正義のはずの組織が、同じような悪事に手を染めていたとなれば人々の嫌悪は後者により向かうものだ。デイバン市民の間に、DDN社とウェーバーへの悪感情は目を瞠る速さで浸透していった。
    そしてとどめのように、DDN社以外の新聞社が、こぞってウェーバーの過去の悪行を一面に載せた。
    それはヤクザまがいの――いや、ヤクザであるCR:5の者たちから見ても眉根を寄せるような、あまりにもえげつない行いの数々だった。彼の荒稼ぎは法のグレーゾーンを巧みについていて、それら自体はけして違法ではない。しかし、脱税というひとつ真っ黒な染みを見つけられてしまえば、灰色も黒に見えてくるというものだ。市民の怒りは頂点に達する。
    CR:5は確かにヤクザ者の組織ではあるが、誇りあるコーサ・ノストラ。元々、カタギの市民に対する理不尽な暴力をよしとしていない。それもあって、世論があの一連の記事を「CR:5を陥れようとしたウェーバーの捏造だ」と言い出すのに時間はかからなかった。
    渦巻く怒りを爆発させた市民たちは、DDN社の前に集まってはウェーバーへの怒りを叫んだ。DDNの社屋へと向かう最中に、人々の群れはまた人を集め、だんだんとその規模を増していく。そして防音材をも貫いて聞こえてくる唸りとなった怒号が、街中を練り歩くこの行進となったのだった。
    ウェーバーが暴虐で強欲な悪人だと知られてしまい、あれだけ仲の良かった警察署長も彼に味方することはできない。そんなことをすれば、今度は市警の評判がガタ落ちだからだ。
    DDN社には最早味方はいない。このデイバンと言う都市そのものが、DDNとウェーバーを拒絶していた。
    デイバンを覆う怒りの感情は、初めに人心を操ろうとしたDDN社とウェーバーのほうをこそ、揺るがす結果となっていた。




    「情報社会ってヤツは、怖いね。まったく」
     
    けらけらと軽やかな笑い声を立てて、ジャンは指の背で窓をノックする。こつこつ、と小さな音は、当然道を行く人々に届きはしない。けれどリズムをつけてガラスを鳴らすジャンの手は、群集の歩調と一致して、まるで彼の指先が人々を操っているかのように見えた。
    けれどジャン自身は、そうは思っていなかったらしい。

    「この街まるごと、アンタの手の上かよ。ベルナルド」
    「――さぁ、何のことだい?」

    肘でつつかれて、ベルナルドはとぼけてみせる。
    いいや、とぼけたというのも違うかもしれない。彼らはベルナルドの手の上にいるのかもしれないが、そのベルナルド自身がジャンの手のひらに乗っているようなものだ。突き詰めれば、彼らもまたジャンの手の上と言うものではないだろうか。
    考え込んだベルナルドを見て何を思ったのか、ジャンはまた笑い声を上げた。
    機嫌がいい。それは喜ばしいことだ。ジャンの表情が晴れやかであることが、ベルナルドは素直に嬉しい。

    「お、あれお前んトコのじゃねえ?」

    窓の外を眺めていて、ふと行進の列の中に見知った顔を見つけたようだ。ジャンが指差した人物は確かに、ベルナルドの部隊の人間だった。
    いつもの黒いスーツを脱ぎ捨てて、労働者の身形を纏い人々に向かって何かを叫ぶ。大仰に手を振り上げた彼が言葉を終えると、群集はわっとどよめき、ますます意気軒昂に拳をあげ始める。

    「あいつ、意外な才能だな。役者か政治家でもやっていれば大成していたかもしれん」
    「すげー、ノリノリじゃんか。ちょっと楽しそうだし」

    声をそろえて笑いながら、ベルナルドは長く伸びる列を見渡す。あちこちに知った顔を見つけた。直属の部下も何人かいるし、電話番やちょっとした雑用に確保している浮浪者や孤児の少年たちもいる。
    彼等は一様に、周囲の人々を鼓舞し、気勢を上げていた。
    すごい、すごいとジャンがはしゃぐ。
    彼らはよい仕事をしてくれているようだ。すこしボーナスでも弾んでやるべきか。ベルナルドは思案する。

    「ほんと、すげえよなぁ」
    「あの演技力は、確かに今後も何かに活かしていきたいね」
    「馬鹿、ちげえよ」
    「……うん?」

    その話ではなかったのか? と首を傾げた。
    ジャンは苦笑しながら、

    「そのいっこ前の話の続き。お前が、すげえよなってさ。これぜーんぶ、お前の仕業だもんなぁ。電話の王座でちょいちょいっとダイヤル回して指示飛ばすだけで、これだもんよ。ちょっと前まで、あいつら便所紙の落書き信じて俺たちに白い眼向けてたくせに――ほぉんと、怖い怖い」

    まったく有能な筆頭幹部様で。
    ベルナルドの胸を肘でつつき、お前を敵に回した馬鹿が可哀想だぜと、まったく哀れんでいない楽しそうな声で言う。
     
    ――お前の仕業、と。
    そう言われて、頷いていいものかと逡巡する。
    財務局の捜査官にウェーバーの脱税の証拠を差し出したのも、DDN以外の新聞にいっせいにウェーバー叩きの記事を載せさせたのも、街中でささやかれた噂を盛大に煽って大炎上させたのも、このデモ行進を煽動したのも。
    確かにそのすべてが、ベルナルドの策略だった。
    けれど攻めあぐねていたところで切欠を持ってきたのはジャンだし、ウェーバーを陥れることに成功したのはルキーノだ。
    すべては役割分担にすぎない。
    ルキーノの仕事はどかんと一発ブチかますこと。
    ベルナルドの仕事は相手の息の根を止めることだ。
    だからここで感歎の眼差しを向けられるのは自分だけではないはずだ――が、だとしても気持ちのよい賞賛を拒絶する必要もあるまい。
    ルキーノは別の形で存分にねぎらわれているはずだと、ベルナルドはおどけて胸を張ってみせる。

    「そうそう、俺にかかればあっという間――はは、だったら格好良くていいんだけどね。それなりに骨を折っているんだよ、これでも」
    「ああ、そりゃわかってる。前髪さんはお元気かしらん? こないだよりも、ちょっと人数減ってるみたいだけど」
    「それを言うかね。冷酷非道なコーサ・ノストラのボスが板についたな、ジャン。まったく――泣くぞ?」

    爆笑したジャンの手が、悪かったよと謝りながら前髪を撫でる。
    笑んだ顔は飄々と明るく、少年のように溌剌として見えた。
    もしもこの顔が手配書で廻ってきたら、間違えて関係のない市民の写真でも載せてしまったのではないか? と首を傾げてしまうような表情だ。
    だが、ベルナルドが――CR:5が頂点に戴くボスの顔とは、まさしくこの顔なのだった。
    それは敵を倒して悦に入る表情ではない。家族に害をなすものを、退け喜ぶ男の顔だ。
    それこそが、ベルナルドのラッキードッグだった。

    「失礼、ボス。笑いすぎではありませんか?」
    「ハハ……ハハハ、いや悪ぃ、ちょっとツボに……悪かったって! いて、痛っ、こらベルナルド、ボスのほっぺた摘むんじゃねえよ!」

    太陽を溶かしたような、鮮やかな金の眼は翳り無く晴れ渡っている。
    あの不愉快な尻拭き紙がルキーノを貶め、ジャンの表情を曇らせことはもう無いだろう。
    自然、満足気な笑みが零れる。

    「失敬。申し訳ありませんでした、ボス」
    「声が笑ってるぜ、ドン・オルトラーニ」

    馴染み深い軽口を叩いて、気分よく笑い合った。
    窓の外、気付けば遠ざかり始めた行進を見ると、とどめの一撃を放ち終わった時のような充足感が湧き上がる。そしてウェーバーという男の社会的生命について、あの群集は正しく心の臓を貫く銃弾になるものだった。

    楽しげな笑みに満足感を添えたベルナルドの唇が動く。
    チャオ。紡がれたのは小さな別れの言葉。
    それは遠ざかる群集へと同時に、遠くない将来このデイバンから消えるひとりの男に向けて。
    ベルナルドのファミーリアをケダモノたちと罵って、その獣を罠に嵌めようとした男。そしてそのケダモノたちに、自分が仕掛けた罠と同じ罠で捕らえられた。
    アッディーオ。永遠にさようなら。
    ベルナルドの隣、ジャンが手を振る。
    CR:5を、ファミーリアを穢した男に。コーサ・ノストラにとって命と等価な誇りを踏み躙った男に向けて。

    薄い唇が好戦的に歪んでいた。
    笑い転げる姿の微笑ましかった二人の男。けれど彼らはマフィアの男だ。コーサ・ノストラの男だ。
    CR:5を、ルキーノを――ファミーリアを。傷つけられた怒りが血の中で燃えている。
    ライオンに喉笛を噛み切られたハイエナは、ひゅうひゅうと無様な喘鳴を響かせ命を尽きさせようとしている。もがきながら苦しみながら死の淵へ落ちる様を、微笑み、見守る。
    ジャンもベルナルドも、そうして満足げに微笑むことのできる男だった。

    「ああ、そっか」
    「どうした?」

    不意に声を上げたジャンは、おかしそうに喉を鳴らす。
    気付いた、とジャンは言った。
    さっきの取り消し。怖いのは、情報社会とか新聞とかそんなのじゃない。
     
    「怖いのはそんなもんじゃなくって、アンタだよな」
    「――酷いな」

    ベルナルドは笑った。
    怖くなんて無いとも、俺はただ、当たり前のことをしているだけだ。
    ファミーリアを不当に貶めるものを、ニコニコと見守っていてやる必要があるはずがない。DDNを、ウェーバーを、排除することは彼らがCR:5に喧嘩を売ってきた瞬間から決まっていたことだ。
    そしてベルナルドは、ジャンの愛するルキーノを守るためならば手段は選ばない――等と、言いはしない。
    そんな気持ち悪いことを言えば、きっとルキーノに殴られるだろう。あの男は、自分の誇りを他人に守ってもらって、それでもピカピカであり続けられるような腐った男ではない。だからそんなことは思っていない。
    ただベルナルドは、ルキーノの敵を殺す為ならば全力を尽くす。
    ルキーノの敵を、ジャンの敵を、CR:5の敵を。

    それが、コーサ・ノストラと言うものだ。
    それが、ベルナルド・オルトラーニと言う男だ。

    だからベルナルドは、何を当たり前のことを言うんだいと笑い飛ばす。
    獣の笑みを、肉を喰い散らして生きる、ケダモノの笑みを浮かべて。
     


    「ヤクザに付け入る隙を見せるほうが悪いんだよ」












    2010/05/14
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