You taught me "love"You taught me "love"
俺がまだガキだった頃、ベルナルドはたくさんの事を教えてくれた、まさしく兄貴みたいな存在だった。
マフィアとしての仕事のしかた、お偉いさんたちの間の世渡り方法。ネクタイの締め方――は、教わりはしたがいつまで経ってもあんまり上達はしなかったけど。
多分俺が覚えてること以外にも、こいつから教わったことってのはもっとたくさんあるんだと思う。
そして、そのうちの一つが車の運転だった。
「ジャン? 何か考え事をしているかい?」
「――いんや、俺が車の運転覚えたばっかりの頃の事を、ちょいとね」
「昔の? ――ああ、俺の車で運転の練習をしていた頃かい? あの頃から比べると、本当に上手くなったよ」
俺よりも高い位置にあるベルナルドの口が、ハハ、と軽い笑い声を立てた。
蘇る記憶を辿れば、懐かしい思い出。
普通のガキなら、親の車を適当に運転して慣れていくもんだが、修道院育ちの俺にはそんな環境はなかった。だからって運転できませんで一生通すのは不便すぎるし、そもそも仕事をするようになりゃそんなことは言ってられない。上役の車の運転手なんてのは、下っ端がやらされる一般的な仕事のひとつだったからだ。
ガキとは言っても十五は超えていたし、その頃はまあ、歳相応にオトコノコの見栄みたいなもんもあった。できません、とは言えない。だったらできるようになりゃあいい。そう結論付けた俺は見よう見真似で適当に運転技術をマスターし――ある日、助手席に乗せたベルナルドの顔を真っ青に染めた。
『――ジャン。聞きたいんだが、お前いったいどこの誰に運転を習った……?』
『え、独学』
『カヴォロ。いくらお前がラッキードッグでも、いつか事故るに1000ドル賭けるぞ』
怒るのを通り越してあきれ果てた溜息に俺はハンドルを取り上げられ、その日からオルトラーニ運転教室が開校したのだった。
「懐かしいよな。あの頃――あんたが暇な日を見つけちゃ、車の運転させてもらってさぁ」
ちょっと郊外に出れば、道はまっすぐでどこまでも広い。
練習をする場所ならいくらでもあった。そして、運転する車と優秀な教師がいれば――俺が基本的な運転技術を覚えるのには、さほどの時間を必要としなかった。
自由に車を動かせるようになると楽しくて、ベルナルドを助手席に乗せてひたすら続く長い道をドライブした。細かな運転ができるようになったら街中に繰り出した。たまにハンドル操作をミスして青くなったベルナルドの悲鳴が飛んでくる車内。その中には大体、他愛ない言葉の応酬と、それにつられて湧き上がる笑い声が詰まっていた。
懐かしい――と、記憶を辿る。
あれは、あの時間は、とても楽しかった。
ベルナルドと過ごした時間は大半が楽しい思い出だったけど、あの記憶が中でも際立っているのは、多分俺たちを乗せた車のハンドルを、握っていたのが俺だからだ。
六つも年上のベルナルドと遊ぶ時、俺をどこかに連れて行ってくれるのはベルナルドのほうだった。こいつがハンドルを握るのが好きな性質だったってこともあるだろう。別にそれに異論なんてなかったが――俺のほうが、ベルナルドをどこかへ連れて行ってやるんだという感覚はワクワクとして、心を駆り立てた。主導権を握れるみたいで嬉しかったのか――いや、ちょっと違う気もする。明文化された理由なんてないような感覚は、心の底のほうを砂金でも漁るようにしてすくいあげないと取り出せない。ただ、楽しかった。すごく。
今日、俺がいるのは珍しくも運転席。
俺もベルナルドも、ジャポーネの洗濯屋もびっくりな真面目な勤労マフィアだ。無理やりにでも時間を作り出さなきゃろくに休みも取れない。外での仕事が終わった後、俺たちは本部のデスクの上に山積みされた書類は忘れた振りをすることに決めて、そのままプライヴェートタイムに繰り出した。
それでも車中でいくつか確認したいことが残っていたベルナルドの為に、俺がハンドルを握ることになったというわけ。
しばらくしてベルナルドの手も空きはしたが、久しぶりに握ったハンドルが爽快で俺は運転手の座を占領し続けていた。
馴染み深いはずのデイバンの道も、自分で運転してみれば一味違ったフィールドに見える。銀行通りへの曲がり角を間違えかけたり、徒歩でうろちょろしてる時の癖で近道しようとして狭い路地に入り込んだり――俺が何かしらやらかすたびにベルナルドが焦った声を上げるのが楽しかった。久しぶりの運転は、多分昔ほどではないにしても少しばかりたどたどしい。手元の資料に眼を落としながら、ちらちらと俺の手元を気にしてるこいつをからかうのが楽しくてつい危なっかしい運転をしてみたり……ギリギリ壁の間を抜けるつもりで、マジで擦っちまったり。
くだらねえ事で、わいわいと狭い車内を笑い声で満たして――本当はその後、馴染みのトラットリアで夕食をという計画だったが、こんなに浮き立った時間を終わらせちまうのは勿体ねえと、俺が誘った。
『なあ、久しぶりに郊外にドライブにでも行かねえか?』
いつもよりもガキ臭い表情をした俺に、こいつも同じような笑みを返した。仕事に関わらない俺のわがままを、こいつが拒むことはそうそう無い。つか多分、今回はこいつもそれを望んでいたんだと思う。
ハムを挟んだパニーニとスープという簡単な夕飯を買い込んで、街を出るための道を走った。
俺の運転が荒いのか、カーブの度にカップに入ったスープが傾いて零れそうになる。だからベルナルドは、両手にスープカップを持ったまま硬直してなきゃならなかった。真剣な顔をしてカップを見つめているのが可笑しくて俺は笑って、そのまま気分よくアクセルを踏み込んでかっ飛ばした。夏仕様の薄いライトグレーのスーツに、濃厚なトマトのスープを引っ掛けたら確かに大変だ。シートに背中が押し付けられるくらいの急加速に、ベルナルドのあげた悲鳴が、俺の笑い声とこだまし合った。
「あいつに乗ってきてやればよかったなー!」
アクセルはベタ踏み。地平線のかなたまでまっすぐなアスファルトの上を、猛スピードで走る。
ただ、風のように走るというには――今運転しているこの車は少しばかり役者不足だった。
びゅうびゅうと、全開の窓から吹き込む風の音に負けないように、叫ぶ。ベルナルドもだ。
「あいつ……? ああ、アルファロメオか!」
「そう! 覚えてるか? 俺たちがマジソン刑務所から脱獄したときさ、お前が警官の車ぶっちぎる為にすげーかっ飛ばしたの! あんなふうに風切って走ったら、すっげえ楽しいだろうなァ!」
あの脱獄劇の後、デイバンに戻るなり同型車を買いやがったくらい、アルファロメオの魅力の虜になったベルナルドが頷くのは当然だった。
最近忙しくて、あまりあいつにも乗れていない。せっかく風のように走れる心臓を持ってるってのに、倉庫の中で一日中昼寝をしてろなんて言われてちゃ、アルファのやつも可哀想だろう。
一度本部に戻って、乗り換えてから来るべきだったか?
いや。本部に戻るなり待ち構えていた部下たちの報告を受けて、そのまま次のお仕事に入らざるを得なくなっちまう可能性が高すぎる。
「今度はさ、最初からアルファに乗って出ればいいんじゃねえ?」
「それじゃあ、最初から仕事を放り出して遊びに行こうとしているのがバレバレだよ、ジャン」
「あー、クソ。そうかぁー!」
でもまあ、いざとなったらそれもいい。
カポ命令で、幹部オルトラーニの午後は俺が貰った! と強権発動して。
帰ってきたら補習をサボった落第生みたいに、こわーいおじさんたちに取り囲まれて紙とペンとにらめっこする羽目になるんだろうけど。
でも、きっと珍しい光景が見れる。俺がビシバシしごかれてるのと同じように、脱走しないように部下たちに取り囲まれて書類の催促を受けるベルナルド、という。それも楽しそうだと俺が言うと、残念だが日頃の行いが違うよ、とベルナルドは偉そうに眼鏡を光らせた。
真面目装ってエロいことばっかり妄想してるムッツリ野郎のくせに!
理不尽さに憤った俺の叫びは、風に運ばれてあっという間に後方へ消えた。
「今度はさ、二人でちゃんと休暇とって、また来ようぜ」
「そうだな。今度はあのアルファロメオで。――次は俺が運転しよう」
星の明かりを掻き消すほどに明々と照る満月を、フロントガラス越しに見上げる。
随分と遠くまで来た。デイバンの街のネオンライトは、もう地平線をぼんやりと光らせる程度にしか見えなくなった。
俺たちは車を停め――浮かれた気分はどこまでも走っていけると主張していたけれど、ガスメーターの残量と言うきわめて現実的な要因が折り返し地点を決めていた。ただしUターンするのはもう少し後回しにして、俺達は二人して、倒したシートに身を沈める。
「やっぱりイタ車は自分で操縦したいって?」
「とびきりの声で啼いて、ほんの僅かなハンドル操作にも敏感に反応を返してくれる――最高の乗り心地に、一度酔っちまったらもう手放せないからね」
「ワタシというものがありながら浮気かしら? ――不潔よダーリン。離婚だわ」
「誤解さハニー。なんか……、今の。前にも覚えがあるな」
俺たちの馬鹿話は尽きなくて、多分このまま一晩中でもずっとこうして笑っていられると思った。
ベルナルドの手が伸びてきて、俺の髪に――こめかみを覆った大きな手が、俺の顔をやさしく引き寄せた。仕事のときとは違う表情が間近に迫って、そのまま距離が消える。
デイバンからずっと離れた、煌々と照った月明かりの下。
俺達は、このシチュエーションに相応しく――、気恥ずかしくなるくらいロマンチックなキスをした。
「……お前に運転を教えていた頃は、こんなキスができるだなんて思ってもいなかった」
ほわんと蕩けた脳が酸素を求めて、呼吸を荒くする。そんな俺を見つめながら、ベルナルドが言った。
――あの頃。
俺たちが、恋人同士になるよりもずっと前。俺はベルナルドの事を兄貴分として、そして年の離れた友人として慕い、近づこうとすると爪先に当たる見えない壁の存在に気づき始めていたころ。
あの頃から、こいつは――
「自制心が、強いのか弱いのか時々わからなくなるわダーリンって。そういや、あの頃からアンタ、――その……」
「お前に惚れていたかって?」
……人が口ごもった台詞、あっさりと言ってのけやがって。
ベルナルドはそうだな、と答えを探し――眦にチュ、と音を立ててまたキスをした。
「こういうことを、したいと思っていたかどうかは、正直自分でもよくわからない。俺は自分をソッチの人間だとは思っていなかったし、それに……」
「――恋人もいたし?」
「……ああ。そうだ。俺にはナスターシャがいた。だからお前にそんな感情を抱くのは、おかしいと思っていた」
「ふぅん」
少し、まずいことを聞いただろうか。
躊躇い、視線を揺らした俺に――ベルナルドは、安心させるようにふっと瞳をやわらげた。
「だけどね」
眼鏡のレンズを通り越して、こいつの好きなロリポップみたいに甘そうな色をした眼が――世界で一番大切な宝物に向けるような視線を、やさしく強く、俺に向けていた。
何を言うのかときょとんとした俺に向かってベルナルドは、そっとその瞳を細める。
「お前といる時間は、楽しかったよ。どんなに仕事でクソッタレた気分になっていても、自分のふがいなさにへこんでいても、お前とこうやって車をかっ飛ばしてるだけで全部忘れられた。お前のどこに飛んでいくかわからない運転に青くなりながら、どこに辿り付くのかとわくわくしていた。あの頃から、俺がお前に惚れているかどうかを自覚するよりもずっと前から。お前は……、お前が、俺の導きだった」
ジョークでも、いつもの軽口でも、ない。
向けられる視線だけで充分すぎるほどわかっちまう。ラブソングを歌うように、幸せな恋の歌を歌うように、ベルナルドは過去を語った。その声が余りにも幸せそうで、俺は煩いくらいに張り切りだした心臓が全身に送り出す、叫びだしたくなるような何かを持て余して唇をわななかせる。
血の中に、酸素と一緒に混じって脳に運ばれたベルナルドの言葉が、今にもあふれ出しそうだった。
「お前に惚れていることを自覚している、今だからこそわかるよ。この感情につける名前を見つけるよりもずっと前から、お前は俺の全てだったと」
「――は、はずいコト、言ってんじゃねえよ」
俺は……、俺は、何か言わなけりゃ、熟れすぎたトマトみたいになった頭がそのうちボンッと爆発しちまうんじゃないかと思った。だからようやくそれだけひり出したけど、それでも見せられないレベルに真っ赤になった。
自分の心臓の音が聞こえる。オーバーヒートで灼けつきそうだ。
ベッドの中で――とか、まあこいつとの関係に関して言えばそういう事態に陥るのは寝室だけとは限らないんだけど、とにかく抱き合っているときに囁かれる小っ恥ずかしい台詞には、結構慣れたと思う。だけど、こんな風に――。ふざけ半分でもなく、そういう雰囲気に持ち込もうとしているのでもなく、嬉しそうに、愛しそうに、どこまでも優しい声でこんなこと……、反則だ。
情けないツラを隠そうと顔を覆う、だけどすぐに、ベルナルドに剥がされた。
人が真っ赤になってるの楽しんでやがるなこいつと睨みあげたら、ベルナルドは確かに俺の反応を楽しむように笑っていたが、その目尻も俺に負けないくらい真っ赤だった。
二人揃って、何だこりゃ。
「ずりぃ……よ、くそ、ベルナルド……」
「――ハハ、何がだい?」
「お前もっと……もっとダメダメなエロオヤジなはずだろ。なのになんでそんな……、あー、クソ!」
やっぱりこんな顔、晒してられねえ!
顔を隠そうとした。ベルナルドの手が、また阻む。構わなかった。だって、こっちの手のひらのほうがでかい。
ぐいと手首を掴んで引っ張ると、ベルナルドは驚いたように俺の名前を呼んだ。答えないまま手を導いて、顔の上へ無理やり運ぶ。ベルナルドのでかい手が、俺の顔を覆い隠した。
目鼻をすっぽりと隠したそれは、血が上って真っ赤だった瞼裏のスクリーンを真っ暗に染めた。同じように、俺の顔の赤いのも、全部隠してくれている。
「俺が落ち着くまでこうしてること」
カポ・ジャンカルロから幹部オルトラーニへの命令でも、ハニーからダーリンへのおねだりでもいい。とにかく動くなと手首を掴む指に力を込めると、ベルナルドは唸るような声で「反則だ……」と呟いた。こっちの台詞だ。
俺がガキだった頃からずっと、ベルナルドはたくさんのことを教えてくれた。
ネクタイの締め方、株価欄の読み方、車の運転。ボスとしてどうすればいいかも、なにもかも、すごくたくさんのことを。そして、脳みそも心臓も自分の仕事を放り出して一色に染まっちまうくらい誰かに惚れるという悦びを、教えてくれたのも。
愛されていると実感するたび、とけだしそうになる。
俺も同じだ、愛してる、と叫びたくなる。
頭の中に鐘のように響いたベルナルドの言葉は、俺の中からひとつの真実を拾い上げて見せつけた。そうだ、俺もおなじだ。こいつに惚れるよりずっと前から、ベルナルドに抱いていた感情が友情から恋へ、愛へと容易く名を変えることができるものだと気付くよりもっと前から、俺はお前が好きだった。
そんなことに気付いちまえば、ますますベルナルドの手を離してやれなくなる。
心臓の音は相変わらずだった。そしてベルナルドの手のひらからも、血の音が聞こえる。俺のと、同じくらい早い。
だけど、ベルナルドもその早鐘をもてあましたようだ。こらえきれなくなったかのようにもう片方の手が、俺の髪を撫でた。何度も、何度も。
「俺は、幸せだな」
そして零れた言葉があまりにも真剣で、我慢できなくなる。
おずおずとブラインドを外して眼を上げると、差し込む白い月明かりのなかでベルナルドは言葉どおりの顔をしていた。
幸せだ。確かめるように、俺の眼を覗き込んでまた、言う。
「居場所を探していた。俺が役に立てる場所……俺が俺として存在することに価値がある場所。俺みたいな半端者じゃ、一生かかっても見つけられるか分からないと思っていたけど――お前が、俺の道を照らして、ここまで引っ張りあげてくれた。俺は俺のいる場所を――命をかけられる場所を見つけた。それだけで十分すぎるくらい恵まれているのに、その居場所が、お前の隣だなんて」
――最高に、幸せだ。
俺は――、ああやっぱり目隠し外すんじゃなかったとか、でもこいつのこの表情はきっと俺が知っておくべき顔なんだろうなとか、どんどんと蕩けていくアップルグリーンの瞳はもうこの世のあらゆるドルチェよりも甘いんじゃないだろうかとか、顔綺麗だよな見惚れるよな普通とか、ぐるぐると頭を動かしながら最終的に、面白いなと感心していた。
なんでこんなに、同じコトを考えているんだろうか――、と。
「次来るときもさ、また、俺が運転席に座っていいか?」
「うん? そりゃ勿論、いいけど。……どうした、お前も車に目覚めたか?」
いつまでもあの場所で手を繋ぎ合ってはいられない。気付けば白み始めていた空に慌てて走り出した帰路、俺はごきげんにハンドルの上で指先を躍らせながらアクセルを踏んでいた。
「オトコノコですから自動車は普通に好きですヨ? ――まあ、いや……そうじゃなくて、ちょっとな」
「…………?」
ベルナルドは窓枠に肘を乗せて、心地よい朝の風に前髪をたなびかせながら外じゃなくて俺を見ていた。その可笑しさを笑うと同時に、俺はベルナルドのはてな顔を笑い飛ばす。
夜明けのハイウェイには、まだ他の車の影はない。
軽快にタイヤを回すエンジンは、昨日の夜と同じように勢いよく嘶いていた。ただし、デイバンに帰り着いてしまえばこのドライブが終わってしまうという俺の我侭の分だけ、少しだけゆっくりと道を進む。
ベルナルドを助手席に乗せる、ということの楽しさを久々に思い出した俺は、鼻歌を歌いながら計画を練る。次はいつこようか。休暇を取る為にも、面倒な仕事はバリバリと片付けてしまおう。鼻先にニンジンをぶら下げられた馬のようにやる気が漲っていた。
本当は、ハンドルを握りたいのは車の運転じゃなかった。
ベルナルドが好きなら、俺は助手席でも全然構わない。
ただ、走りながら似ているなと思ったんだ。こうやって並んで座って、ひとつのハコに乗っかって、どこまでも――と、突っ走る。
それはまるで俺たちの人生みたいだ。
今は、お前の運転するクルマの助手席に、大人しく乗ってるばかりだけど。いつかちゃんと運転席に座れるようになりたい。せっかくお前に運転を教わったんだ、そのテクでお前を乗せて走りたい。
二人で交互にハンドルを握るんだ。どちらかに運転を任せきりになるんじゃなくて。
隣に乗せたお前が、俺の運転に安心して居眠りもできるようになるくらい、腕を磨いて。
そんな日が来るのはもっとずっと先のことかもしれないけど――いつか、きっと。
ぐっ――、とアクセルを踏み込む。
身体に力が籠って、つられるようにして口角が上がる。唇の描く弧がきつくなって、笑みが深みを増す。
「だって、楽しいだろ!」
加速の圧に負けないよう腹の底から叫ぶ。
ベルナルドは俺を見て、フロントガラスの先に続く道の彼方を見て、また俺を見た。そして腕を伸ばして、人の髪をくしゃりとかき混ぜる。
前髪が揺れて鼻先をむずむずとくすぐったせいだろうか。俺は窓の外に向かって、愛してると叫びだしたくてたまらなくなった。
2010/07/10