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    ベルジャン

    飛び込むときには手を繋いで飛び込むときには手を繋いで












     気が付けば、ほんの一瞬の間にお客人はがらりと纏う服を替えていた。

     白いシャツを、真っ赤なシャツに。上等のジャケットを、穴だらけの襤褸布に。ヤクザの仕切る街では、時々流行るスタイルだ。蜂の巣みたいに、ボコボコ穴を全身にあけて。
     一度着ると病みつきになっちまうのか、もう二度と着替えようとしない。
     いきなりもうひとつの心臓が出来ちまったみたいな、どくどくと煩いその場所を手で抑えながら俺は、ミスっちまったな、と溜息をついた。それだけだ。それだけだった。鉄砲の弾なんていつだってどこからだって飛んでくるし、天秤の傾きが変わったと掌を返す取引相手なんて星の数だった。だから俺は、目の前のビリビリと空気が震えるみたいな殺気を孕んだ背中が、蜂の巣スタイルに早変わりした客人がもうぴくりとも動かないのを確認して振り返るまでの間とても簡単に考えていたんだ。

     振り向いたその顔の、蒼白さを目にするまでは。






     * * *

    「――、……ジャン……ジャンカルロ……」
    「……馬鹿だな。棺桶の中に話しかけるみたいな声、出してんじゃねえよ。俺はここにいるだろ」
    「――!」

     俺は目を開き、人のベッドの脇に立って眉根を寄せ、沈鬱な表情で見下ろしてくるベルナルドに苦笑した。
     眠っているとばかり思っていたんだろう、はっと息を呑む音が降ってくる。瞼を開けば、いつのまにかデイバンは太陽の足跡だけが残る時間になっていた。ベッドの傍に作られた大きな窓は、狙撃防止のために背の高い建物の無い方角に作られているから光を遮るものはない。菫色に染まった空をバックに、俺はベルナルドが、何かを言おうとして口を開き――けれど何度も失敗してまた閉じる様子を黙って見ていた。
     戸惑い、時々震える唇と同じように、ベルナルドの眼も揺れていた。
     俺は待ったけど――、ベルナルドの手は伸びてくる気配は無かったから、待つのをやめてこちらから差し伸べた。
    「ベルナルド」
     ちょい、ちょいと手招き。撃たれた腕とは反対の手だったが、それは怪我にはあまり関係ない。撃たれたのは左肩で、俺は元々右利きだから。それは分かっているだろうに、ベルナルドは包帯に包まれた左腕を自分の方が痛そうな顔で見てから、一歩、近づいてきた。
     す、と。差し出した手を取られた。
     長い身体が、かがみこむ。
     はらりと肩から落ちた髪が、掌に触れ。
    「……ジャン……」
     俺の名前を、唇は直接指先へ伝えた。
     神様の家で告解を果たす子羊のように、ベルナルドは祈るような声で名前を呼ぶ。
     やっぱり、馬鹿だなお前。

    「この程度で、ラッキードッグが死ぬかってんだよ」





     俺を撃った男を、引き合わせようとつれて来たのはベルナルドだった。
     とある組織の幹部だった男は、ベルナルドの昔からの商売相手だったらしい。それこそ、あいつが幹部になり立ての頃からの、足掛け十年近いお得意様。そのけして短くは無い年月の間、男はベルナルドの眼鏡に適う相手だった。今回、そいつの組織がちょっとした儲け話を持ちかけてきて、ベルナルドは、俺とその男の顔合わせをさせようとした。俺はベルナルドにくっついて取引の場に出向き……だが実は、男の組織は最近CR:5と敵対するギャング共と手を結んでいた。のこのこと出向いた俺は格好の標的として至近距離から撃たれた。
     先ず狙われたのはベルナルドだった。何故か、俺はその気配を感じていて、――気付けば、俺はそいつとベルナルドの間に身体を滑り込ませていた。自然に身体が動いていたんだ。
     あまりにも近い、絶対に心臓を打ち抜けただろう距離。
     それでも俺が今息をして、肩の痛みに呻いていられるのはいつも世話になっている幸運のおかげだ。朝、うっかり引っ掛けて取れかけていた袖口のカフスがベルナルドのスーツに引っかかって、それに引っ張られて俺達はバランスを崩した。その小さなラッキーが、銃弾がめり込む先を変えさせた。
     俺の寿命を――俺たちの運命を、変えた。

    「別に大したことねえ怪我だから、気にすんなよ。ベルナルド」
    「――大した事のない怪我で済んだのは、お前の幸運のおかげでしかないよ」

     眉根を寄せ、微笑んだ声は力がない。
     いとも容易く、俺を殺せるだけの距離へ敵を招き入れてしまったことを、ベルナルドは押し殺した声の下で深く悔いていた。
     本当に、大した事なんてないのに。

     たった一度の失敗も、どんな小さな後悔も、したことがないなんて神様みたいな完璧超人は、もしかしたらどこかにいるのかもしれないが俺は知らない。
     ラッキードッグなんて呼ばれて、とんでもないご褒美のついた賭けを勝ち抜いてCR:5のボスになった。世間には俺の人生には一点の曇りも無いように噂をするヤツもいるが、普通に失敗も、後悔も繰り返してきた。カポ・デル・モンテなんて仰々しく頭を下げられるようになってからも、それは変わってない。
     取り返しのきく失敗なら、別にいいじゃないかと思う。
     俺は生きていて、ベルナルドも生きていて、五体満足だ。だったら、それでいいじゃないか。ちょっとばかり物騒な客人は退場になった。それでオシマイ。いつも通り。
     でも、ベルナルドにとってこれは、取り返しのつかないほうの失敗だったんだ。自分を許せない類の、失敗。
     後頭部が地面にぶつかる音を聞きながら乱雑に揺れる視界の中で、蒼白になったベルナルドの顔を見た瞬間。俺は、自分もまた失敗を犯してしまったことに気が付く。
     まずった。失敗した。――あの時、俺はきっと、こいつを助けて自分も無事じゃなきゃいけなかったんだ。無茶な話だとしても、絶対。





    「二度としないでくれ、ジャン」

     眼を閉じて再び開けただけの僅かな間に、目に見えてげっそりと頬をこけさせたベルナルド。
    「心臓が止まるかと思った」
    「困るぜ。それじゃ意味がなくなっちまう」
     お前の心臓を、止めさせないために飛び出したのに。俺は笑って、さっきも言ったばかりの台詞を繰り返した。多分、こんなことじゃベルナルドは自分を許すことは出来ないんだろうなと思うけど――それでも、言わずにはいられなかった。

    「俺は死なねぇよ」

     そんな顔してへこたれてるあんたを放り出して、ひとりで地獄におっこちるようなアンラッキーを、ラッキードッグが招き入れるわけがないだろ。







    2010/08/06
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