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    イヴァジャン

    未明の闇未明の闇










     気にいらねえ。
     気にいらねえ気にいらねえ、気にいらねえ!!

     狭苦しい房の壁を思い切り蹴ると、壁の向こうで隣のヤツがびくんと驚いた気配がした。鬱陶しい気配が、余計に俺の不機嫌を煽った。
     鉄格子の部屋、薄っぺらく妙にくせえ毛布、クソ不味いメシに、決まり事だらけの鬱陶しい生活。外に残してきちまった部下達の様子や、シノギの状況を知ることも満足に出来ない。勿論、GDのクソ野郎共をブチ殺すことも出来ねえ。
     何もかもが気にくわなかった。
     だが、それにも増して俺の神経を逆なでするヤツ――



    「よう、イヴァン。ちょっとツラ貸してくんねえ?」

     ちょうど通りかかったそいつが、鉄格子の向こうから俺の房を覗き込んで、声をかけてきた。
     なにが、『よう、イヴァン』だ。呼び捨てにしてんじゃねえ、ただのヒラ構成員の癖しやがって……と思うが、そうだ、こいつはもうヒラ構成員じゃない。昨日から、俺達と同じ、CR:5の幹部なんだった。
     だが、その事自体がさらにイラつきを増幅させた。
     ボスから届いた指令書を見てから、こいつの顔がいつも以上に癇に障って仕方がねえ。
     たいしたシノギもねえ、腕が立つわけでもない、唯一の取り得つったら『運』だなんつーあやふやなもんしかねえこいつが、次期ボス――? 冗談じゃねえんだよ! クソ、ファック!!






     手当たり次第にその辺のものを蹴飛ばして回りてえ気分だったが、そんなことをしてりゃ看守共がすっ飛んでくる。別にあいつらが来たってどうってことはねえが、この次期に下手に目をつけられるような真似をするのは、ヤバイ。
     懲罰房入りでもさせられちまったら目も当てられねえし、それでなくても警戒されるようになったら不都合だ。
     ラッキードッグとかいうこいつの仇名に縋った脱獄計画は気にいらねえし、それが成功したらこいつがボスになりやがるだなんて事は本気でむかつく。だが、計画が成功しねえと俺もこのしみったれた檻の中から出れねえんだ。
     脱獄計画に失敗したら、こいつはボスの座に就くチャンスを失う。それはいいが、よくねえのは同時に俺のシマもGDの連中に食い荒らされるままになっちまうってことだ。

     俺はジャンの後について、こいつの房に入った。

     周囲を見まわして、話を聞かれそうな距離に誰もいねえことを確認してから、俺はイラついていた事を直接叩きつけてやった。
     だってのに、ジャンの野郎は毛を逆立てて静かにしろ、なんて注意してきやがる。聞いてるヤツなんざいねえだろうが。つか、そのくらい確認しとけ、ファック。
     しかも偉そうに窘めてきた後、ジャンは使う言葉をイタリア語に切り替えてきた。

    「誰かに聞こえたらどうするんだよ!?」
    「ああ? イタリア語は得意じゃねーんだよ!」

     一応は喋れるし聞き取れるが、英語のようにネイティブにとはいかない。
     第一、ここはアメリカだ。CR:5のイタリア系の連中は何かっていうとイタリア語を使いたがり、しかも誰もがイタリア語を話せて当然、て顔をしていやがるが、英語が話せりゃいいじゃねえか。
     血統だのなんだのと、くだらねえ仲間ごっこに付き合わされているようで、反吐が出るぜ。
     だが、まあ極秘裏に進めなけりゃならねえ話題だってのは分かっている。仕方無しに、付き合って俺もイタリア語に切り替えてやった。

    「お前、ボスにどうやって取り入ったんだよ!」

     唐突な幹部就任に、脱獄計画を成功させたらボス就任。
     そんな前例、聞いたこともねえ。
     まさかボスの隠し子か――そうでなきゃ、相当巧く取り入りやがったか。
     ジャンの野郎は俺のイタリア語に一瞬物言いたげな顔をして――下手くそだって言いてえんだろうが。知るか。タマ無しマカロニ野郎共の言葉なんざ上手くたって、何の得にもなりやしねえ――、とぼけた顔で首を振った。
     孤児院育ちだ何だと言われてみれば、そういやシャバにいた頃もそんな噂話を聞いたことがあった気がした。両親をヤク中にブチ殺されても、怪我もなく生き残っていたラッキードッグ。
     隠し子のセンはねえ――だとしたら、やっぱりうざってえ太鼓持ち野郎って事か?
     そういや、ボスだけじゃなく他の役員や顧問連中からもなんやかやと受けが良かったはず。その筆頭がつい昨日引退するまで第一位の幹部だった、カヴァッリの爺さんだ。デイバンにいた当時も何度かこいつのツラを見たことはあるが、多くがあの爺さんの鞄持ちをしていた時だった。
     だが、まさか爺さんが引退して、その後釜にこいつが座るなんて――
     そうだ! 他の連中はしれっとした顔でとうに知っているような素振りをしていやがったが、俺はそんな話一っ言だって聞いてねえぞ!?

    「俺も聞いてなかったっての。でも、お前以外の幹部は誰も、そこんとこは気にしてなかったよな」
    「なんでだよ!?」

     ぽっと出のこんな軟弱野郎が、いきなり幹部だぞ?
     ありえねえだろ、普通!
     特に、ルキーノの野郎なんざそうだ。俺が幹部に就任した時、あからさまに不審の目を向けてきやがったあいつのツラを俺は忘れていない。機械的に俺の幹部昇格を認める宣言をしながら、その目はどこの野良犬だと――そう言ってやがった。
     そのルキーノが、俺より遥かに胡散臭えこの野郎の幹部昇格については、まるで異を唱えずに認めやがった。
     それは……きっと。

     ジャンは、生意気にもうんざりとした表情をのぞかせて、俺をやり過ごそうとしていやがる。

     ……気に、くわねえ。
     脳みその中――耳の後ろのあたりで、何かがチリ……と焦げ付くような不快な音を立てる。
     こいつの、事だけじゃねえ。
     俺の中で長いこと燻っていやがる、うぜえ感情に、火がつきかけている。
     ジャンの口から吐き出されるイタリア語が、キリキリと癇に障る。

    「だーかーら詳しいことはボスに聞けって」
    「ここを出ねえと、聞けねえだろ!」
    「知るか! お前が幹部になるのに苦労したからって、俺を羨むなって!」

     言われた瞬間、爆発しそうになった感情を、意地で押さえ込んだ。

     ――そうだ。
     こいつは、碌に苦労もしねえで、ラッキードッグだかなんだか知らねえが運なんつー実力でもなんでもねえもんで、俺と同じ地位に上がってきやがった。
     転がり込んだラッキーを掴んだ手を、非難するやつもいねえ。
     それは、この野郎がCR:5の大多数を占める奴らと同じイタリア系だからだ。
     ファック! ファック! ファック!
     何がコーサ・ノストラだ。何がイタリアの同胞だ。
     俺達はマフィアだ。
     血縁なんて関係ねえ。
     オママゴトがしてえんだったら股の間のモン放り投げて家に籠ってろってんだ!

    「うるせえっ! 俺はお前なんか、絶対認めねえからな!」

     てめえなんかがボスになるなんて――俺の上につくだなんて、死んでも認めねえ。
     こいつだけじゃない。ベルナルド、ルキーノ、ジュリオ――くだらねえ家族ごっこにマジになってる奴らも、俺は認めない。

     ファミリーだ、仲間だと口先でほざきながら、純血か混血かで線を引く連中だ。
     奴らが大事にしてんのはイタリア系の血統だ。
     組織を重んじると言いながら、その組織を作ってるものを認めない――CR:5の末端を構成してんのは、既にほとんどが非イタリア系の兵隊達だってのに、現実を見ないクソ野郎共。

     こいつだって、きっと同じだ。

     俺達を仲間だと認めねえなら、それでもいい。
     ご機嫌取りに、ニセモノの薄笑いを浮かべて近づいてくるようなヤツは撃ち殺したくなる。
     てめえらなんざ、どうだっていいんだ。
     やることは、たったひとつ――

    「……絶対、俺がボスになってやる……」

     その為なら、てめえの脱獄計画だって手伝ってやるさ。だが、全部はこの忌々しい牢屋を出るまでだ――
     唸るように、俺は呟いた。












    09/11/22
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