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    ジュリジャン

    銀色オペレッタ銀色オペレッタ










    銀の刃が踊る激しいワルツ。
    鉛玉と絶叫のオーケストラに、断末魔のコーラスの不協和音。

    シカゴの裏町、寂れた小劇場の観客席で、俺は舞台の上をのんびりと見上げていた。
    豪雨のような銃声が轟く舞台の上では、しなやかな身体を無防備に晒したジュリオが悠然と歩いている。気負いの無い冷静な表情は、血生臭い演目にはまるで似合わない。お城の中で大事に大事に育てられた王子様みたいな顔をしたジュリオは、ともすればあっけなく、全身を蜂の巣にされてしまってもおかしくは無いように見えた。
    けれど、銃弾はジュリオには当たらない。
    掠りすらもせず、あらぬ方向へと飛んで行っては壁にめり込んで穴を開ける。
    ヤツらへ近づく足取りは乱れないのに、ジュリオが一歩足を進めるたびに直前までいた場所を銃弾が通り過ぎていく。涼しい眼をした顔の真横を、ひらりとマフラーがはためく首の後ろを、破れたシャツの隙間から刺青を覗かせる脇腹の傍を。狙った獲物を仕留められずに弾を無駄にする度に、上擦り掠れた悲鳴がなぜ当たらねえんだとヒステリックに喚きたてる。
    そうだよな、そりゃ叫びたくもなるわ。心のそこから同情をして、俺は何度も頷いてやる。けれどそんな心遣いに、近づいてくるジュリオに青ざめた顔で後ずさっている男たちは気がついてもいないのだろう。

    「畜生、ちくしょう……っ! 相手はたった二人だぞ!?」

    男たちの誰かが叫ぶ。
    二人、そう二人っきり。
    コーサ・ノストラの和平会議のためにシカゴを訪れた俺とジュリオは、兵隊も連れずにたった二人で乗り込んでいた。物騒な黒スーツを引き連れて会合に望んでは、徒に他の組織を刺激することになってしまう。それが理由。だが同時に、それは取ってつけたような薄っぺらい理屈でもあった。
    飢えた男たちの群れの中へ、美女が飛び込むならミニスカートは履いてはいけない。男たちを刺激しないように。たとえばそんな忠告には、なんの意味もありはしない。セクシーなミニスカートだろうが色気も素っ気もねえだぼだぼのズボンだろうが、ギンギンに性欲を持て余した野郎共からしてみれば女というだけでご馳走だ。
    シカゴの飢えた野郎共。そこへ丸腰でひょいと迷い込む金髪美女がこの俺、ラッキードッグ・ジャンカルロ。
    手をださねえなら、そいつはきっと包茎のインポ野郎だ。兵隊を連れて行かずとも、元々俺たちを狙っていた組織はここぞと手を出してくるだろう。
    だからこそ、たったひとりの護衛はマッドドッグ・ジュリオなのだ。

    「クソ……田舎モンのイタリア野郎が……っ!」
    「マッドドッグには構うな! 金髪の方を狙え、あいつさえ殺っちまえばこっちのもんだ!」

    金髪の方って。ジュリオをマッドドッグと呼ぶなら、せめて俺もラッキードッグって呼んでくれよ。
    そんなことを考えながら、俺はこちらに銃口を向ける男たちを眺めている。
    不思議なもんだ、来る途中の列車の中じゃビビッてイラつき通しだったってのに、こうして戦場の真っ只中では俺は落ち着いてのんびりと座っている。組んだ脚の上に肘をついて、ポップコーンでもありゃいいのにななんて緊張感なく思っていた。
    音響の悪い安劇場に、再び銃声が響く。
    真正面から俺を狙った鉄の穴から飛び出した弾丸を、俺が認識するよりも早く。

    「――なっ、馬鹿な! 銃弾をナイフで弾きやがった!?」

    するりと間に滑り込んできたジュリオが、手に持ったナイフを一閃させる。たったそれだけで、俺の脳髄を吹き飛ばすはずだった銃弾は行く先を変え、床に無意味な穴を開けた。

    「ジャン、には……指一本、触れさせない」

    静かな声は俺には甘やかに、そしてヤツらには死神の囁きの如く冷ややかに聞こえ、そしてどちらの視界からもジュリオが消える。
    マッドドッグを見失って動揺の声を上げた男、ヤツの断末魔はその声だった。叫ぶ暇すら与えられずに、何が起きたのか理解しかねている間抜け面のまま男は仰向けに床に崩れた。
    何が起きたのかは見えず、けれど何が起きたのかは明白だった。
    ジュリオが、俺の敵を倒したのだ。
    手に銃を構えた十数人の男たちと、たった一振りのナイフを手に立つジュリオ。普通に考えればどれだけ腕が立とうとも、この人数差に抗えるはずが無い。
    けれどジュリオは易々と、男たちを切り崩す。
    劇場という舞台はジュリオには酷く似合っているような気がした。観客は俺一人のこの舞台で、主人公はトップスターのマッドドッグ。友情出演のシカゴ・カンパニーの皆様は、ジュリオの一人舞台を彩るアンサンブルだ。
    だから俺は、この舞台を楽しく見物している。
    アンサンブルが主役に勝って終わるお芝居なんて存在しない。だからジュリオも、ジュリオが守るという俺も、けして傷つくことは無い。
    それを証明するように、舞台の上では一人、また一人とまるでチーズを切り分けるみたいに簡単に、ジュリオのナイフで切り裂かれていた。
    ひらひらと、ジュリオが踊る。速過ぎるナイフのひらめきは、俺の目では追いきれない。だから俺には、赤い飛沫の中でジュリオが一人踊っているようにしか見えなかった。ステップを踏むたびに敵が死んでいく、物騒なダンスを。

    「ヒッ、や、やめてくれッ! 俺は命令に従っただけなんだ! もうしない、あんたらを襲ったりなんて二度としないから! 許してくれ!」

    いつの間にか最後の一人になっていた、アンサンブルの男が命乞いをする。
    哀れっぽく顔中を恐怖でぐちゃぐちゃにして、男は仲間の血の海の中に跪いて喚きたてた。ゴツい身体と凶悪な面構え、年季の入ったソルダートだろうはずの男が、まるで使い走りの餓鬼のように鼻水をたらして懇願している。
    脇役の悲哀ってところかね。
    顔色を変えないジュリオと俺に命の儚さを知ったのか、顔色を更に蒼白にさせて男は言い募る。

    「た、助けてくれたら全部話す! あんたらを殺せって指示したのが誰かも……なにもかもだ! だから、なっ? だからっ!」
    「いらねーよ。命惜しさに自分から仲間を売るような下種の言うことなんざ、信じられるわけがねえだろ」
    「本当だ! 嘘なんてつかない!」
    「……ジャン、どうしますか?」

    ベルナルドの完璧な情報網がしかれたデイバンとは違い、シカゴでは情報を集めるのにも苦労する。男の申し出た交換条件が、一応は有益なものだと判断したジュリオは伺いを立てるように俺を振り返った。
    俺はもう一度首を振り、肩をすくめて手を振る。

    「お前の話を信じるつもりはねえ。――それに、こっちも何日も無駄に追い掛け回されてたわけじゃねえんだぜ? お前らの組織のことぐらい、調べ上げるのなんざ簡単なんだよ」

    って、まあ調べたのはデイバンでお留守番中のベルナルドなんだけど。
    言う必要が無いことは脳みその中に押しとどめて、俺はあっさりと言葉を切る。希望を絶たれた男はヒィと口の端から泡を吹いて恐怖に震える。それじゃあ、と柔らかな物腰でナイフを構えたジュリオ。あの男の目には、ジュリオのきれいな顔はどう映っているんだろうか。そんなことを考えながら、ジュリオ、と呼びかける。はい、と素直に返事をして立ち止まったジュリオは、こちらを向いて小首を傾げた。

    「取引をするつもりはねえが……まあ、別に全員殺さなきゃいけないって訳でもないだろ」
    「ジャン……でも、いいんですか?」
    「こいつ一人生き延びたところで、こっちにはなんにも害はねえし。それに、皆殺しにしちまったら戦うお前を見たやつ、いなくなっちまうだろ?」

    ジュリオとの接近戦に、小便ちびりそうなくらいにびびりまくった男が後でその恐怖に怯えれば怯えるほどジュリオの――CR:5のマッドドッグの異名を敵たちに知らしめる事ができる。
    言うと、ジュリオはこくんと頷いて、ナイフを引いた。昔は殺戮に酔っていたマッドドッグも、今はもうイカレタ狂犬じゃない。血飛沫をとばしたナイフを仕舞い込んだだけで戦闘の気配を消し去ったジュリオは、本当に救われるのかと細い希望の糸に目を凝らしている男を一顧だにせず、踵を返してこちらへと戻ってくる。
    舞台袖の階段を下りて、座席の間の細い通路をジュリオは弾んだ足取りで駆け寄ってきた。お待たせしました、なんて、銃撃戦の最中でも息を乱さなかったヤツが、頬を染めて息を弾ませている。ボールを取ってきたことを誇らしげに自慢する犬のような表情に、思わず釣られて笑みがこぼれた。
    本物の俳優になったって十分通用しそうな顔をしたやつが、ったくまあ。

    「さて、んじゃあそろそろ行きますか」
    「はい……あ、でも、どこへ?」
    「んー? そこのオッサンの上司と一味がいるトコ」
    「敵の、本拠地……?」
    「そーのとおり! さっきベルナルドと連絡取ったときに教えてもらっちった。いい加減、逃げるばっかの鬼ごっこも飽きちまっただろ?」

    鬼さんは全部返り討ち。
    だったら、今度は交代したって、いいよな?
    ぱちりとウィンクを飛ばし、俺はジュリオの顔を見る。その言葉に、ジュリオはNOとは言わないはずだと思っていた。そして予想通りに、舞台を終えたばかりのトップスターははいと頷く。
    たった二人で、敵の組織の総本山に突っ込むんだ。怖くないのかと聞かれりゃ、そりゃあ怖い。
    だが、隣にいるのがこいつなら話は別だ。
    俺だけのために演じる花形役者。タイトルロールの主人公の配役が、いつだって準備されてる主演男優。戦場でのジュリオは、いつだってその中心にいる。中心で立ち、そして幕が下りた後にも立っている。それは舞台の上のお約束。けして破られることは無い。
    鉛玉も避けて通るような無敵のセオリー。
    ジュリオが俺を守るというなら、俺は必ず無傷でデイバンへと帰れるのだ。お留守番のベルナルドたちに、山ほどの土産を手に持って。

    「芝居の幕が落ちた劇場にいつまでもいたって仕方がねえ。次の舞台に行こーぜ、ジュリオ」
    「……はい……ジャン」

    幸せそうに笑って、ジュリオは出口へ向かって歩き出す。先を歩くのは、行く手に敵がいないかを探るためだ。
    俺はジュリオに歩調を合わせて、ゆっくりと傾斜した客席を登っていった。緩やかな傾斜と、10センチの身長差の所為で、俺の視界はジュリオの背中で埋まっている。そのことは酷く安心感を誘っていた。
    出口の扉の前に立った瞬間、不意に追っていた背中が振り返る。瞳にナイフのような鋭い光が瞬き、目にも留まらない早業で閃いた腕の袖口から、銀色の何かが飛び出す。
    ぐえ、と背後から蛙が潰れたような声が聞こえて振り返ると、さっきまで鼻水を垂らして命乞いをしていたはずの男が両手で拳銃を握り、その銃口を俺へと向けていた。引き金に指をかけた男はしっかりと銃を構えたまま――その喉にジュリオのナイフを食い込ませて、静かに絶命していた。
    ジュリオは俺を振り返って、すまなそうに眉根を寄せてしょげかえっている。

    「すみません。生存者、いなくなってしまいました」
    「いいって、気にすんな。つか、あのナイフは拾ってこないでいいのけ?」
    「……あ、はい……その、さっきの戦闘で、刃毀れしてしまったので、元々処分しようと……」
    「銃弾はじいて刃毀れで済むナイフがすげえよ」

    ナイフ使いとしてのプライドなのか、妙なところで恥ずかしそうに頬を赤らめたジュリオは、肩を叩きながら思わず突っ込んでしまった俺の言葉に「そうですか?」なんて呑気な答えを返した。












    2009/10/05
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