きらきらの彼女なぜ私は、いつもの嫌味ったらしい自分とは結びつかないであろう行為をしているのだろう。
ふと、自分が彼女に対して行っている行為に自問自答していると、数瞬の間手が止まってしまっていたらしい。すると、
「アーチャー?どうかしたのですか」
凛とした声が自分に届いた。頭を動かすと崩れてしまうから、まっすぐ前をみたまま、きっと大きな目をぱちぱちと瞬かせて不思議そうな顔をしているのだろう。
「すまないセイバー、少々考え事をしていただけだ」
少し声が裏返りそうになったのを、彼女は気づいているだろうか。気づいていないことを祈るしかない。しかし、そんな私の心配など気づいていない様子で、
「そうですか」
と一言だけ言葉をもらした。
そして彼女が言ったっきり、またこの空間に静寂が戻った。それをいいことに、またその考え事を手だけはきっちり動かしながら再開する。
そう、考え事とは、私が、なぜ、きらりきらりと輝かしいばかりの金の髪を、星とも思った彼女の髪を、きっちりと結っているのか、ということである。
「アーチャー、お使い頼まれてくれない?」
そう、きっかけは我がマスターのこの一言だった。凛によると、お使いの内容とは今日中にセイバーの新しい服を届けろ、とのことだった。
「何かと思えば、そんなものあの小僧に任せればいいだろう。セイバーの服ともなればあいつは喜んでとりにくるだろうさ」
これは十中八九当たりだろう。なんせ自分の考えることなのだから。...それに、あの家にはあまり好んでは近づきたくなかった。きっとあそこは、いつまでたっても、自分にとって重たくて、暖かい場所だろうから。
「そりゃそうだけど...。最近あいつ、バイト増やしてあんま時間ないのよ」
「.......」
あんたも知ってるでしょ、と言わんばかりの凛の言葉に返す言葉は見つけられなかった。
なぜ衛宮士郎がアルバイトを増やしたのか。本人は何も言わないが、やつの周りでその理由を知らない者はいない。
「...分かった、引き受けよう」
セイバーがいるからだ。聖杯戦争が終わってもマスターとサーヴァントの契約は続行された。彼らの運命は運命であり続けられたのだ。
だが、人一人が生きるのはかなりの金がいる。現実は非情なのである。今までのアルバイトではやってはいけないだろう。
しかしやつは、少しでもセイバーに不自由な思いをさせたくは無いのだ。...具体的には美味しいものをたくさん食べさせてあげたいのだろう。
そうなれば引き受けないわけにはいかなかった。...あとから考えてみれば、凛にまんまと丸め込まれた、とも言えないことはないが、この際気にしないことにしよう。
「ありがとう、アーチャー。家にはセイバーがいるはずだから、セイバーにもよろしくね」
「わかった、わかった。それはそうと学校に遅れるぞ、凛」
「はいはい。それじゃよろしく」
という訳で、私は衛宮邸にやってきた。こうなったらさっさと服をセイバーに渡して退散させて頂くとしよう。
「セイバーいるか?」
ガラガラと玄関の扉を開けてセイバーを呼んだが、出てこない。サーヴァントの気配はセイバーにも伝わるだろうし、気配はあるからいるはずなのだが。
すると、ドタドタと奥の方で何かが動く音と、何を言っているのかは分からないが、文句を言っているような、怒っているような声が聞こえた。
「おい、セイバー?」
いるのはセイバー一人のようで危険も特にないようだが、いつまでも玄関に突っ立っていようが気づきもされないようなので、勝手にお邪魔することにした。
家の中を勝手知ったるといわんばかりに、ずんずんと進んでいくと、セイバーは居間にいるようだった。そして近づいていくうちにだんだんセイバーの声が鮮明に聞こえてきた。
「何をしているのですか!はやくこれを元に戻してください!今日はアーチャーが服を持ってきてくれると凛から連絡が...」
ああ、そうだとも。今その瞬間である。というかセイバーは誰と喋っているんだ...?
そうこう思っているうちにも居間に近づき、セイバーの声も大きくなっている。
「はこれが可愛いからこの幼子のような髪で人前にでるなど...断固拒否しますいつも通りに結ってください!ちょ、ちょっと!どこへ行くのですか!」
と叫ぶセイバーの声を聞きながら襖をあけた
「おい、セイバーさっきから何をドタバタと...」
瞬間固まった。セイバーはいつものシニヨンに三つ編みを巻き付けたような髪型ではなく、耳よりも少し低いところで編み込みが組み込まれているツインテールにされていた。かわいい。
だがセイバーはこれ以上開くとその大きな目がこぼれ落ちてしまうのではないかというほどに目を開いて、私と視線を交わらせていた。
「な〜〜〜っっ!!!」
セイバーは私に、彼女の言葉を借りるのならば幼子のような髪型をしているのを見られたのがよほど恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にして口をぱくぱくと動かし、言葉がのせられることのなかった息を吐き出している。
「あー、その、セイバー?よくにあっているぞ?君は幼子のようだと言っていたが、そのようなことはないし、大変可愛ら...セイバー?」
なにか言葉を発さなければと発した言葉は舌のうえをころころと転がっている。まずい。セイバーを見ると顔を俯かせぷるぷると震えている。
「セイバー?」
「..........さい」
「え?すまないもう一度言っ」
「ちょっと黙ってくださいっっっ!!!!」
と言い放ったかと思った瞬間突進された。さすがセイバー、素早い。だが、
「なんでさーーーーっ!」
どうして褒めたら突進されたのか。うーん、女の子は分からない。
柱に思い切り頭をぶつけ、懐かしの道場で2つの影が手招きしているように見えたが、そこは英霊。数瞬で意識を浮上させた。
「ア、アーチャー!!大丈夫ですか」
「っ、大丈夫だが、いきなり何をするんだ。危ないだろう」
「す、すみません...その、驚いてしまって...」
申し訳なさそうにさげる形の良い眉、きゅっとしまった血色の良い口、いつもはまっすぐと相手を見据える両目が伏し目がちになっている様は彼女の凛々しさではなく、可憐さを引き出させていた。
...いけない、この家の雰囲気に引きづられているのだろうか。閉じ込めていた彼女への思いが、彼女を少女だと訴える自分の思いがこぼれてしまう。...それは、駄目だ。
だが、いくらそう思おうとも彼女に弱い自分の性根はかわってはくれないらしく
「いや、こちらこそ返事もないのに勝手に女性がいる家へ入ったのだ。謝罪すべきはこちらだろう。すまなかったな、セイバー」
と、勝手に口が動き彼女へのフォローの言葉を紡いでいく。...やめろ、こんなのこの彼女が知るアーチャーではない。いつものきざったらしい嫌味な自分にもどれ。
「い、いえ、気づかなかったのもこちらですから...すみません」
そう言ったっきり、沈黙が場をみたした。居心地が悪い、どころではないからこうなった原因である彼女の髪について尋ねた。
「セイバー、それはそうとその髪はどうしたんだ。いやなに、大変可愛らしいし、君にも似合っているが」
「世辞など言わなくて結構です。自分でも似合わないことなどきちんと、理解しています」
似合っていると言っているのに、彼女はそう言うと少し、ほんの少し寂しげな色をその瞳にうつした。しかし、次の瞬間寂しげな色などなかったように、ここまでに至る経緯を語ってくれた。
「私には髪結の妖精達がついているのですが、今日は少し髪をいじりたい、と言うので好きにさせていたのです。一人でしたので、どんな髪でも気にもしていませんでした。しかし、アーチャーが今日訪れるということを思い出したので、妖精たちに戻して欲しい、と頼んだのですが...」
「拒否され戻してくれなかった、と」
「はい...」
なんとまあ自由な妖精たちだろう。というか髪結の妖精ってさすがはアーサー王。だが、あまりにもセイバーがしょんぼりとして可哀想なのでついつい
「あー、良ければ私が元の髪に戻そうか」
「え...」
「いや、君が良ければ、だが。なに、なぜ君がそこまでその髪型を嫌うのか理解出来ないが、妖精たちに放って置かれて少しばかり君が可哀想なのでね」
嘘だ。俺はこの髪の彼女を独占したいと思っているのだろう。彼女のマスターが戻る前に。ただの少女にしか見えない彼女。生半可な独占欲。とっくの昔に変わった運命。届くはずのない遠い星。それらを取り戻そうとすることは罪と同義であろう。しかもあろう事か、俺のセイバーをやつのセイバーに重ね二人の高潔な彼女を汚そうとしているのだ。
どうか、どうか、こんな醜い私の本性を、どうか、その素晴らしい直感でさとり、こんな申し出断ってくれ。
だが、彼女はそんなことにも気づかず
「本当ですか!ぜひ!ぜひ!お願いしますアーチャー!」
私ではこの髪を解くことも難しかったのです。と上機嫌に、助かったと言わんばかりに安心した様子で私の申し出を彼女は快諾した。
しかし、先程までは断れ、と強く念じていたくせに、彼女の笑顔を見るとふっ、と念が抜けていく様に自分でも呆れた。だが、
「ああ、任せてくれ。手先の器用さには覚えがあるものでね」
彼女が笑顔でいてくれるのなら、いくら私が星に手を伸ばした罰をうけようと、十分だと感じてしまうのだ。
「あの、良ければ先程の考え事なるものを聞かせては頂けませんか。このようなことを頼んでいるのですから、聞き役くらいにはなりましょう」
また彼女の声で意識が浮上した。私の中では終わった話だったが、彼女の中では終わっていなかったらしい。この静寂は彼女が私に話を振ろうと伺っていた間だったのだろう。
「なに、夕飯はどうしようかと考えていただけだ」
「!なるほど、ではオムライスなどいかがでしょう。先日貴方に作って頂いたオムライスは大変美味でした!」
きっと、味を想像しているのだろう、アホ毛がぴこぴこと揺れ、声も若干だがトーンがあがった。
「ふっ」
「な!なにを笑っているのですか!」
「別に君が食べられる訳ではないのだが?」
まるで自分が食べるかのようにリクエストしてくるセイバーがおかしくてついつい笑ってしまった。セイバーはむぅと押し黙ったがやっぱりそれすらもおかしくてたまらない。
「そうだな、今日はオムライスにするか」