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    弓剣
    ピクシブにあげてたやつ

    #弓剣
    bowKen

    出会わなければよかった 前編「なあ、遠くへ行こう、オレと、お前なら」
    絞り出したような声だった。その逞しく上背のある体から発せられたとは思えないほどに、悲しくて哀しくて、愛しい声だった。
    でも、首を縦には振れなかった。横に振れるほど割り切れてもいなかった。ただ見つめて彼がその先を言わないよう願った。

    にげよう

    そう言われたら、彼に縋りついてしまいそうだった。この先、私を待っているであろう未来から逃げたかった。彼から離れたくなどなかった。

    でも、それでも、私には役目があった。それが私の存在する理由だった。私の運命だった。
    私と彼を引き裂かんとする音が聴こえる。もう間に合わない、逃げられない、運命は、変えられない。

    「アルトリア」
    私の名を彼は叫んだ。結局、彼と兄しか呼ぶことのなかった私の名前。もう、その名で呼ばれることもないのだろう。

    「ありがとう◾️◾️◾️。私は貴方を────」


    たしかに、愛していたのだ。








    アーチャーと呼ばれる青年がアーサーと呼ばれている少女と出会ったのは彼女が12になったばかりのとき。
    きっかけは、彼女の家が彼にとある任務を依頼したことだった。

    「アーサーは4年後、16になったらペンドラゴンという家に嫁ぐことになっている。だが、ペンドラゴンは名家中の名家。アーサーが嫁ぐことをよく思わない、つまり嫁ぎ候補だった家もある。だから、アーサーが正式に嫁ぐまでの4年間、山奥の家でアーサーを隠して過ごして欲しいんだ」
    と、男は話した。家のためなら殺人を犯すこともある。それが魔術師というものだ。だが、少女を呼ぶには少々いかついその名がひっかかった。
    「なるほど、依頼内容は理解した。少し、こちらからの質問いいだろうか」
    「ああ、かまわない」
    「彼女を山奥に隠すということは分かる。だが、あなたたちが先程から呼んでいるアーサーというのは男の名だろう。なにか事情でもあるのか?」

    魔術師の家で男の名を呼ばせるのは理由があるときがある。依頼を受ける以上最低限の情報は欲しいところだ。しかも4年の長期任務ともなれば。
    「......」
    「事情が把握出来ていなければ対処も出来まい。まして依頼内容が嘘だったともなれば最悪の事態を起こしかねない」
    「それは....」

    疑わしい依頼は受けれない。当たり前だ。名家に嫁ぐ家ともなれば必然的にこの家も名家ということになる。そこの御息女がなぜ、わざわざ通常男に付けられる名で呼ばれているのか。
    こう考えてしまえば、本当にペンドラゴンの家へ嫁ぐのか?という疑問がでても仕方ないだろう。

    だが、その質問の答えは魔術が絡んでいるのだろう。依頼主であるアーサーと呼ばれている少女の保護者と思わしき男が、どうすり抜けようか、ともごもごと口ごもり始めたときだった。


    男の後ろにある扉がバン!といきなり勢いよく開いた。そして魔術とは到底関係があるように思えない、端正な顔をした青年が現れ、男に向かって言葉を投げつけた。

    「あいつが、ペンドラゴンに嫁ぐというのは本当なのか」
    「ケイ...お前、キャメロットに行ったんじゃないのか」
    「....」

    ケイ、と呼ばれた金髪の青年は、見るからに機嫌が悪く、腹を立てているのだろう。ものすごい形相で、アーチャーがいることもお構い無しに男に向かってまくし立てた。おそらくこの青年が言う「あいつ」とはアーサーという子供のことだろう。

    「なあ、おかしいだろ、なんでおれの妹がいきなり、あんな家へ嫁ぐことが決まるんだ。今まで、女扱いもしなかったくせに」
    「ケイ、お客人の前ですよ」
    「あの家が今何しようとしてんのか、お前らも俺も知ってんだろ」
    「...」
    「あいつに死ねって言ってんのか?なあ」
    「......」
    「どうして、何も答えない」

    そして恐ろしいほどの一瞬の静寂が訪れたあと男は口を開いた。

    「そうだ」

    「なっ.......」
    「.....」

    青年はこれ以上ないほど目を見開き、今にも飛びかかりそうだったのを魔術で抑えられているようだった。
    「....ってめえ......」
    「元々そのために造りだされた子だ、アーサーは。お前もそれは知っていただろう」


    もうケイは吠えることも出来ず絶句しているのか、何も言わなかった。
    だが、アーチャーはそこまで驚かなかった。ここは魔術師の家系。しかも古くから続く名家でもある。子供を道具のように扱っていたとしても何ら不思議では無い。

    ペンドラゴンは確かアーサー王復活を掲げる家だったはず。嫁いでくる者はアーサー王に近しいと思われる者を選んでいるのかもしれない。
    1000年以上前の人物に似た者など、どうすれば分かり、つくりだせるというのかアーチャーにはさっぱりだが。なにかその家に伝わる技術か何かがあるのだろう。
    そしてその技術によって少女は生み出され、選ばれてしまったのだろう。だから、アーサーという名で呼ばれている。

    魔術師の考えそうなことだ、と1人一般人が聞けば背筋が凍りそうな考えを巡らせると同時に、こんな理由で納得してしまう自身にも反吐がでそうだ、と自嘲していた時だった。


    「ケイ兄さん?」


    涼しげで凛とした、しかしどこか愛らしさを纏った声が剣呑な雰囲気の部屋に響いた。
    その全てを透き通すような声に驚きはっと顔をあげると、そこにはまだ幼く、男児のような格好をしているものの、美少女とも美少年とも思える子供が立っていた。
    おそらく、この子がアーサーと呼ばれている少女だ、とこの子供から発せられる雰囲気だけで感じ取れてしまうほど、少女はどこまでも澄んでいて、この少女に目も耳も感覚も思考も、己の全てが奪われた。

    「アルトリア....」
    「どうしたんですか、ケイ兄さん。大きな声をだして...って、なんで縛られてるんですか、今解きますね」
    ケイはきっと妹に、自分が憤っている理由など知られたくないのだろう。少し黙ったあと
    「...うるさい」
    と一言こぼしただけだった。そして兄妹がわちゃわちゃとしているうちに男がひっそりとアーチャーに話しかけた。

    「...もう説明の必要もないでしょうが、アーサーと呼び、男のように振る舞わせるのはまじないの1種です。魔術師が呪いなどと思うかもしれませんが、少しでも、最高傑作のあの子を、より完成体に近づけるための。お分かりですか」
    「...ああ。」
    分かりたくなどなかったが、という本音は心にしまっておく。そして、この男の魔術師らしい異常性にゾッとした。

    「では...」
    「依頼は受けよう。だが、こんな独り身の男に年頃の娘を任せてなどいいのか?」
    暗に、嫁がせるために造った娘を直前で食べられるかもしれないぞ、と忠告しているのだ。
    「ああ、それなら心配などしていない。貴方は異常な親に育てられてきた幼い子を、そのような目に遭わせるとは思えないのでね。だから魔術師のあり方を理解しながら嫌っている君に、この任務を依頼したんだ」
    「...ふん、なるほどな」
    自分が異常と分かっているやつはやりにくい、と改めて思った。






    「明日から過ごすんだから2人とも挨拶とか気になることがあったら話してきなさい」

    と先程の男、彼女の叔父にあたるらしい──に言われ彼女の部屋での自己紹介タイムが始まった。改めて思うが彼女はこのような状況を嫌がってはいないのだろうか、と心配していたが、
    「改めまして、アーサーといいます。叔父さんから話は伺っています。明日から4年間、よろしくお願いします、アーチャー」
    杞憂だったらしく、少女は礼儀正しくアーチャーの前でお辞儀をした。いや、内心嫌がっているかもしれないが。
    「ああ、よろしくアーサー。...ではなく、君の本当の名前を教えてくれないか」

    そういうと目の前の少女はきょとんとしてアーチャーを見つめ、瞬きをした。

    先程の男はまじないの1種だと言っていたが、それにならってやる謂れはないだろう。この少女にはもっとこの少女にあった美しい名があるはずだ。

    「?どうした、なにかおかしいかね。その名前は君の名前ではないのだろう?」
    「いえ...ケイ兄さん以外に私の名前を呼ぼうとする人なんていなかったので...」

    それを聞くとなんだか無性に悲しくなった。ケイがあんなに怒るのも無理ないのだろう。ここにいる大人は全員この少女ではなく、アーサー王の影を見ているのだから。

    「嬉しいです、なんだか。」

    と微笑んだ。みて、いられなかった。自分の名前が呼ばれるなんて、当たり前だろう。
    だが、黙り込んだ私をみて何を思ったのか
    「あっ、すみません、名前ですよね。アルトリア、といいます」
    とあわてた様子で付け足した。
    「アルトリアか、いい名前だな」
    そういうとアルトリアはまたきょとんとして
    「はい」
    とうなづいた。






    「さあ、ここが今日から暮らす家だ」
    1週間後、諸々の契約やら準備やらを済まして、男の車にアルトリア、ケイ、私が乗せられ、自分と彼女が4年間暮らす家にやってきた。前もって聞かされていたほど山奥ではなかったが道が複雑で、たしかに隠れるためならもってこいの場所だった。


    少し車から降りて歩くと私たちの暮らす家が見えてきた。それは2階建てで、2人で住むには充分なほど大きく、もう枯れかけの草が生い茂っているが庭もあるようだった。昔1度だけ訪れたことがあるコッツウォルズで見られるような外観をしており、ツルが巻き付き古めかしい雰囲気を醸し出しながらも、どこか暖かい空気がその家にはあった。

    「ここが、今日から住む家...」

    と小さく声が聞こえたので視線を下に向け、少し離れたところにいたアルトリアの顔を覗いたのだが、寒さで鼻の先が赤くなっている彼女の顔はなぜだか固くなっていた。
    彼女はあまりそういうことは言わなさそうだが、気に入らなかったのだろうか、と心配していると
    「おい、おっさん」
    と小声でケイが呼んでいるのが聞こえた。
    「お、おっさんて...私はまだ20代だが...」
    ケイに合わせて小声で返すと、ケイは私の文句を華麗にスルーして喋りだした。

    「アルトリアはな気に入ったモンがあるとああやって固い顔する。今もあいつの叔父さんがいるから馬鹿みてえに我慢してるけどさ、本当はあいつ、かわいいモンが好きなんだ。ふわふわしてんのも、こういう家も」

    そうか、と言おうとするもそのままケイは喋り続けた。まっすぐアルトリアを見つめたまま。

    「俺はさ、本当の兄妹じゃねえし、あいつの家に口出せるような立場じゃねえし、あいつのこと救ってやれねぇ。ペンドラゴンの家のお偉いさんが心変わりでもしてくれねぇ限り、あいつに自由なんてモンないんだ」

    「でもさ、そんなのおかしいだろ、なんで自分の妹の名前が呼べない。なんであいつの人生はあいつのモンになってくれない。こんなことしたって誰も救われねぇ、ただあいつが犠牲になるだけだ」

    「でもあいつ、そんなことちっとも気にしてねえ。周りが良けりゃそれでいいっておもってる。そんなとこが心底腹が立つ。けど...妹1人幸せにしてやれねえ自分に、1番腹が立つ」

    「だから、俺はあいつがこの家で過ごす4年で親父のとこに戻って、ペンドラゴンの家があるキャメロットにいく。あいつが逃げたいって思えた時、逃げれるように」

    そして、これからが本題だと言うようにずっと彼女に向けていた顔をこちらに向け、大きくケイは息を吸って、言葉を吐き出した。


    「だからさ、頼むよ、この4年間くらいあいつの好きなもんでいっぱいにしてやってくれよ。あいつはずっと我慢してきたんだ。ちょっとくらいわがまま言ったって神様でも責められねえだろ」


    「お前は魔術師かもしれないけど、こんなのおかしいって思ってくれる奴だろ...?」
    だってお前はあいつの名前を呼んでくれた。あいつを、見てくれた。


    今にも泣き出しそうな声だった。どれほどこの青年が少女を大事に思い、守ってきたのか。そして、自分の力の無さを思い知ったのか。

    「...ああ、了解した」

    ケイは自分が彼らの家で過ごした1週間、ずっとこの話がしたかったのかもしれない。こちらをちらちらと見てくる視線には気づいていた。でもケイにはずっと、寂しがったアルトリアがひっついていたから、言えなかったのだろう。
    すると、

    「良かった」

    と彼女とよく似た笑みを浮かべた。誰かのための笑顔だった。





    そうして私と彼女の4年間の同居生活が始まった。
    ケイと彼女の叔父を見送ったあと、アルトリアはしばらく寂しそうにしていたが
    「荷物解いてきますね!」
    と自分を奮い立たせるのように言い、彼女の部屋がある2階へパタパタと登っていった。
    当たり前だろう。1週間前出会ったばかりの男と2人きりにされ、4年間、慕っていた兄と会うことも出来ないのだ。まだ12歳なのだから泣いたっておかしくない年齢だ。でもアルトリアはそうはしないのだろう。

    「彼女に、してやれることはないだろうか...」

    少しでも彼女の寂しさが紛れるものはないかと、自分の分の荷解きをしながらあれこれと考えを巡らせていった。





    そうして1時間ほどで自分の少ない荷物を解き終わり、軽く1階の掃除をしていたときだった。

    「な、なんですかこれ!」

    と2階から少女にしてはかなり大きい声が聞こえた。
    どうした、なにかあったのか。ここはいかにも普通の家だが、魔術師保有の家だ。なにか魔術がかかっていたのかもしれない。
    「どうした!?」
    と大声で下から叫び、階段を駆け上がる。
    「すまない!開けるぞ!」
    レディの部屋ということもあり、一応声をかけて勢いよく扉を開けた。
    「あ...」
    だが、その部屋には座りこんだ、1時間前と何ら変わりない少女がいた。

    「どうした?あんな大きい声をあげて」
    ほっとして、少しトーンを下げ彼女に話しかけた。
    「あ、あの私の服が...」
    と言い彼女がこの1週間で詰めていたはずのダンボールを指さした。
    見てみると、何らおかしくない可愛らしい服が詰まっていた。パステルカラーのワンピースやスカート、ふわふわと可愛い普通の服だ。
    少女は何に驚いたのだろう、と思い、
    「なにかおか、し」
    なにかおかしいところでもあるかね?と聞いている最中になにかひっかかった。
    目の前の少女を1度見る。うん、今朝見た通りの男児のような服をきた麗しい少女、アルトリアだ。

    そう、男の子のような格好をした。そしてもう一度ダンボールをみる。うん、可愛らしい女の子の服だ。

    「なんでさ!?」

    そう、何故か彼女の服が全て新品で流行りの女の子の服にすり変わっていたのである。
    だが、どうして、と考えるまでもなく、直ぐにこの犯人の目星はついた。

    「ど、どうしましょう。今から叔父さんに連絡して」
    と、少女はあわてたように連絡用の魔術式がある1階に行こうとした。
    きっとあの男に言いつけられているのだ、女の子の格好をするな、と。だが、そんなの。

    「まて!」

    自分で思ったよりもでかい声が出た。アルトリアはびっくりしてしまったようで、足をピタリと止め、こちらをじっと見ている。
    「すまない、驚かせて。だが...別にいいだろう、君は女の子なんだから」
    そう、女の子なんだ。可愛らしい服を着て蝶よ花よと育てられるはずの、可愛らしい女の子だ。

    でも少女はそれを許さない、許せない、許されない。

    「でも...」
    「いいんだ、好きな格好をして。ここには君と私しかいないだろう?」

    だから、犯人は、愛しい愛しい妹を思う兄上様は、無理やりにでも少女が好きなものを着れるよう、すり替えたのだ。しかもここについてから少女が気づくように。昨日私達全員が寝静まった夜更けに。

    私の表情で誰がこんなことをしたのか少女も気づいたのだろう。こちらにぽてぽてと歩いてきて座り込み、1着の服を抱きしめた。そして

    「...ケイ兄さんは、勝手なんですから...」
    ぽつり、大好きな兄に向かってこぼした。

    「ありがとう」
    あなたはずっと私を守ってくれた。

    私が彼女に出会ってから初めて見た、泣きそうな、嬉しそうな、そんな表情だった。




    「料理か...」

    彼女の部屋で一悶着あったものの、その後は特にトラブルもなく順調に掃除を進めていた。そして、そのとき閃いた。

    彼女の寂しさを紛らわせられるようなことはないだろうか、と考え、この1週間過ごした中で彼女が1番表情豊かになっていた場面を思い出したのだ。

    そう、食事だ。

    食事は彼女の家の召使いが作ってくれていたのだが、1日だけ彼女の叔父が作った日があった。確かに召使いが作るよりレベルは落ちていたが、食べられないと言うほどでもなかった。
    だが、いつもは嬉しそうに、こくこくとうなずきながら食べていた彼女が、その日は顔から笑みが消え、トレードマークのアホ毛に元気がなく、しょんぼりと悲しそうにしていた。...その後ケイにチョコレートをもらって機嫌を直していたが。

    自分で思うのもなんだが、料理には少々覚えがある。自分の故郷は食事に関してかなり文化が進んでいたから、彼女の口にさえ合えばきっと喜んでくれるはずだ。

    「そうと決まれば...やりますか」

    久しぶりに腕がなるというものだ。かならず、寂しがっている少女を喜ばせてみせる。故郷から離れたここでは同じものは作れないが、これでも様々なところを旅してきた。ここにある材料で出来うる限りの美味しい食事を作ってみせる!

    それに、今日は新しい日々が始まる日。彼女にとってこの日々は冷たい檻への道行きかもしれないけれど、でも、その檻の中から今までの日々を思い出し、ひかりになってくれたら。そして、そのひかりを頼りに兄の手をとってくれたら。

    そんなうっすらとした希望を抱きながら、豪盛にいこうと自分の頭の中にあるレシピを引っ張り出していった。



    「よし、こんなところか」
    転移用の魔術式で材料を送ってもらい、あらかた料理の支度をし終えたところに

    「なにやら、美味しそうな匂いがします」

    と彼女が嬉しそうな顔をしながらパタパタと降りてくるのを盗み見て、こっそりと笑う。
    うん、掴みはバッチリのようだ。だが、油断は出来ないので別の話題を振ってみる。

    「アルトリア、荷解きはもう済んだのか?」
    「ええ、ほとんど終わりました。これで新生活はバッチリです」

    しっかりとアルトリアは答えてくれるが、彼女の視線はちらちらと料理に向かっているのが分かる。

    「そうか。では少し早いが夕食にしよう。今日は引越し日だからな。気合い入れて作ったからたくさん食べてくれ。さあ、手を洗ってきなさい」
    「はい!直ぐに洗ってきます!」

    彼女の表情は口元に笑みを浮かべた程度だったが、彼女のアホ毛はそれを裏切るようにピコン!と元気よく、瞳は輝いていた。



    パタパタと音を立てて帰ってきた彼女はテーブルの上にのった料理に興味津々だ。

    「わっ...!美味しそうですねこれは、グラタン...ですか?」
    「それは食べてからのお楽しみだな」
    「むむっ!これはエビですか?」
    「ああ。エビフライというんだ。君たちの言うスカンピという料理と似たような過程で作ったものだよ」
    「私スカンピ大好きです!でも見た目は全然違いますね」

    彼女は待ちきれないとばかりにいそいそとイスに座り、私が座るのを待っている。
    本当にこうしていたらただの少女だ。可愛らしい保護されるべき少女だ。でも、私にはきみの気持ちを紛らわすことしか出来ない。助けてやれない。

    そんな表情が顔に出ていたのだろうか、先程まで笑みを浮かべていた少女は
    「アーチャー?」
    と心配そうにこちらを見つめている。大きなその目は私を見透かすかのように瞬かれた。

    ダメだ。見透かされては。彼女は周りの人間ばかり気にするから、私がこんなことを考えていると見透かされれば、彼女はもっと自分を厳しく律するだろう。それはさせてはいけない。

    「どうしたのですか?なにか心配なことでもあるのですか?」

    ───そんな悲しそうな顔、君には似合わない。

    「...ああ、君がそんなに嬉しそうに料理を見つめるものだから、たくさん作ったつもりだったが足りるかな、と思ってね」
    「!そんなに食べません!アーチャーは私をなんだと思っているのですか!」
    「おや、この1週間の食事で君がおかわりをしなかったのは1回程しかなかったと思うのだが」

    もちろんその1回は彼女の叔父が食事を作ったときだ。

    「くっ...育ち盛りなんです!もうアーチャーは意地悪です!先に食べちゃいますよ!」
    「ふふ。ああ、たべていいぞアルトリア」

    だが、アルトリアは私がイスに座るのを見届けてからお行儀よく

    「いただきます」

    といい、食事を始めた。

    「ああ、どうぞ。いただきます」
    いただきます、と言ったものの初めて料理を振る舞った相手の反応を見ずして食事は出来ない。お茶を入れたり、なんだりしながら彼女を盗み見る。
    そして彼女はふーふー、と冷ましていたものを口に入れた。

    その瞬間の彼女の顔は本当に、料理を作るものとしては素晴らしいものだった。目はぱっちりと開いてお星様が見えるようだし、口角はじわじわと上がっている。

    そして口の中のものを全て飲み込み、

    「アーチャー!とっても美味しいです!」

    100点満点の笑顔で最高の感想をくれた。その笑顔だけで頑張った甲斐があったというものだ。

    「そうか、君の口にあったようで何よりだ」

    「このグラタンのようなものの中に入っているのはお米ですか?」
    「ああ。これは、ドリアというものだ」
    「初めて食べました!お米って私あんまり食べないんですけど、とっても美味しいですね!」

    その後も彼女はぱくぱくとその細い体のどこにはいっているのだろう、というほど食べていった。さすが育ち盛り。だが、その食べっぷりに似合わず食べる姿はお上品なものだから、さすが良家のお嬢様だ。

    そして何より彼女は本当に幸せそうに食べてくれるのだ。ひと口ひと口噛みしめるようにこくこく頷きながらたべてゆく。

    そんな彼女にしばらく見惚れていたらしい。彼女は私が見ているのに気づくやいなや、

    「な、なんですか、そんなに見られていたら食べられません」
    「!おっと失礼。レディの食事姿などジロジロ見るものではなかったね、すまない」
    あんなに食べておいて今更食べれないはないだろう、と思うもののこっちが悪いので素直に謝ったのだが、
    「れ、レディって...いえ、もういいです」
    彼女は頬をふんわり赤く染めて、食事に戻っていってしまった。彼女の普段の性格なら、本当です!気を付けてください!くらい言いそうなものだが。

    彼女にかかってしまった呪いは随分としつこいらしい。

    「...デザートもあるから」
    「!本当ですか?楽しみにしてますね!」

    だが、デザート1つでころっと機嫌を直す彼女はまだまだ子どものようだ。

    そんな彼女の1面がもっとたくさん見れればいい、そう思った。
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