🎾👑🎧に妬く両片思いな木卯「……ふふっ」
「何をひとりでニヤニヤしている」
「わぁあ?!!柳っ!!いっいきなり話しかけないでよ?!!」
「……図書室で大声を出すんじゃない。……やけに慌てているようだが……どうかしたのか?」
背後から突然声を掛けられたのは、明日の小テストに控え、放課後図書室でいそいそと自習をしていた時だった。
――前回の授業から先生に次回は小テスト宣言をされていたため、毎日少しずつ対策勉強をしようしようと思っていたら全くせずに前日になってしまったのだ。内申にも加点されるという噂を今日の昼休みに聞き、慌て始めたのがつい2、3時間前。直帰してはどうせまただらだらと勉強せずにテストを迎える……。
そんな未来しか見えなかったので己を律するためにもひとり図書室に来たのであった。……しかしどうもやる気が起きないため、十分静かな図書室であるがイヤホンを装着していた。なぜかと言われれば、そのイヤホンが"やる気を起こさせてくれるため"だ。
問題集を広げ、数問解いては自己採点をする。そこで調子良く解けたらすかさず"再生"するのであった。
『見事だ……』
そしてその逆もまた然り。答案に×印まみれになった時は叱咤するような気持ちでこれまた"再生"するのであった。
『あまり失望させるな…』
……好きな彼の声をいつでも聞けるだなんてなんて素晴らしい事か。こうして成績優秀な彼の言葉で時には褒められ、そして叱咤してもらう……そう、まさに(ひとり)飴と鞭作戦……!
我ながら素晴らしい勉強法を発明したなと自画自賛していた。おかげでいつもなら数問解いたらすぐ飽きてスマートフォンを触ってしまうところを、気を散らさずに順調に問題集を解けている。…………いや、今さっきまで解けていたのにとんだ邪魔が入った。そう、よりにもよって声をかけてきたのがその声の張本人である柳であったからだ。……いつもなら嬉しい出来事だが、今一番会うのは避けたい相手だった。
(絶対に本人にだけはこんな方法で勉強していただなんて何があってもバレたくない……!!)
「ゴホン……あ、明日小テストあるから……!」
「ああ、あれか。お前が図書室で自習だなんて珍しいものを見たからつい声を掛けてしまった。邪魔をして悪かったな」
「い、いや!大丈夫!うん!全然!全然気にしてないから!じゃあ私集中したいからそろそろ……」
柳には悪いが、もう早くどこかへ行って欲しかった。流石に気まず過ぎる。捲し立てて勉強頑張るから放っておいてオーラ全開で終話させようとしたところで淡々とした正真正銘彼の声が上から降ってかかってきた。
「……声のトーンもテンポもおかしい、目線が泳いでいる、貼り付けたような不自然な笑顔、そもそも勉強にこと関しては飽き性なのに図書室まで来て黙々とどころか1人でニヤニヤしながら自習している。つまり挙動不審」
「……え」
「何か俺に隠しているな」
「ハイッ??!?いや!!違うの!今のハイはハイではなくて……!?!!」
……そうだ、眼前の柳蓮二という男はそういう人間であった。押し通ること自体そもそも間違えていた。なにかもっと自然で適当なことを言ってやり過ごせばまだマシだったのかもしれないのにと思ったが時すでに遅しである。
「そんなに慌てる程マズイ事でも……ん?………これは……!!」
「……げ」
ワタワタと身振り手振りのオーバーリアクションでまだ何とか誤魔化そうと悪足掻きしたのが運の尽きだった。ぽろりと耳から外れたイヤホンに彼は認識があるのか、僅かに開眼しそれをじっと見て一瞬止まった。
「……ほう、曲を聴いていた訳ではなさそうだな?」
「リっ、リスニングを」
「小テストは数学だった筈だが」
「う゛」
何処までも墓穴を掘る自分自身にばちんとビンタしたい気分だ。
「……一体、"誰"を聞いてあんな緩んだ表情をしていたのやら」
「……な、何のことかなぁ……!?!」
「……はぁ、まだそんなことを続けるのか?さっさと白状したらどうだ、教えてくれたらそこの間違いのオンパレードの章を教えてやろう」
「お、教えてくれるの……!?!」
「ああ、いいだろう」
(なんという機会……!でも今じゃない……!!どうしたら、、いや、なんて答えるのが正解なんだろう……!?)
必死にぐるぐると思考を巡らせていると、いつの間にか隣に腰掛けた柳は、まるで吐こうとしないこちらに痺れを切らしたのか、彼にしては無遠慮に机に転がっていたイヤホンをつまみ上げてそのまま片耳に装着した。
一定の周期でランダム再生される設定であったため、耳に着けて数秒沈黙した後に、柳はぎょっとしたような空気を纏った。…………それは、まぁなんと形容したらよいのか……らしくなく歪めた口元をサッと片手で覆ってちらりとこちらを見られて大変気まずいのであった。
――最悪だ……。一番最悪な形で本人バレをしてしまうなど。
「……一体どういう事だ」
「えー…と……」
至極当然な問いかけに、流石にもう言い訳はできないと腹を括った。
「その、優秀な柳に褒めてもらったり、叱られたりしたら、えーー……と、勉強も頑張れる気になれるかなぁ……なんて……アハハハハ……」
「……成程」
幸い今日の図書室は私達以外誰も居なかったが、それはそれで自分の明らかに乾きすぎた笑いが響いてあまりの恥ずかしさにもうさっさとここから消えてしまいたかった。
「……じゃあ、約束通り教えるとしよう」
「えぇっ?!」
「何だその反応は、教えなくていいのか?」
「いや教えて欲しいけど自力でやってみようかなぁなんて」
「帰ったら自習せずダラダラとして就寝時間を迎える確率98%」
「……ぐっ、、!」
さすがと言うべきか。既に当たり過ぎた発言に撃ち抜かれ、また気まずくなった上に拒否できなくなった。そんな私の心の内を知ってか知らずか、柳は椅子ごとこちらに寄ると、肩が触れそうな程の距離で問題集を覗き込んでくる。
「ではまず、この問から。これは複雑に考えず、この公式を当てはめて……」
「えっ……!あ!…うん……!!」
――淡々と、それでいてわかりやすい解説に何だかんだで彼のペースに乗せられて、結局テスト範囲分をカバーし終えてしまった。
「……よし、これで明日は及第点が期待できるんじゃないか?」
「……あ、ありがとう……柳のおかげで明日乗り切れそう……!!」
「ああ、よく頑張ったな」
「……ぁ、えと……」
突然の労いの言葉に思わず固まってしまった。
時差でだんだんと顔が熱くなってくるのが分かった。そんな……ただでさえ密かに好意を寄せている彼から、いや彼以外からにも言われ慣れないことを不意に言わないで欲しい。気持ちが間に合わない。
「どうした?お得意のニヤニヤはしないのか?」
「なッ……!!?!」
「……ふむ、これは少し違ったか」
「ちょっっと?!ヤナギサン?!」
「……いや、これはこれで面白いものが見れたな」
「何を……!?」
満足気な表情で探ることが楽しいと言わんばかりの雰囲気でいる柳は、完全に面白い対象物を興味津々に見るかのような様子で更にずいと覗き込むようにしながら顔を耳元へ寄せてきた。
「お前の事をいつも見ているが、自分らしく頑張っていて偉いなと思う。……だが、俺に出来ることがあれば沢山頼ってくれたら嬉しいし、いつでもお前の力になりたいと思っている」
聞いた事のない、いつにも増した心地の良い低さと甘い声音でとんでもない彼の思いを囁くように言われ、ついに頭が真っ白になってしまった。
「………………」
「俺の事をもっと頼ってくれるか?」
「…………えと、、」
「ふ、……すまない、お前の反応が可愛らしくて少々意地の悪いことをしてしまったな」
「かっ……?!!」
「それに、自分が自分に嫉妬するとは……情けない」
「?!!?!」
なんだか今とんでもない情報量に殴られている気がしてならない。なんとか落ち着こうと深呼吸を何度かしてみたら、「やはり可愛いな」とくすりと彼に笑われた。深呼吸してもやっぱりどこか夢見心地のような気分から抜け出せなくて口をぱくぱくさせていると、口角を上げた彼がそれは楽しそうに言った。
「その反応、俺も願望通りだと期待することにしよう。……ああ、でも、このイヤホンを使うぐらいなら今後は俺の事を呼ぶように」
「……う、うん……」
折角教えてもらったテスト範囲など、彼のたった一言二言で記憶がとんでしまったのはまた別の話である。
fin.