モブ男くんが風紀委員長に告白する話「ごめんなさい。貴方の気持ちには応えられません」
そう言って、アダムくんは丁寧な仕草で、俺に頭を下げた。
放課後、鮮やかなオレンジ色の夕日が差す教室の片隅で、俺たちは二人きりだった。というのも俺がこの時間、この場所に、彼を呼び出したからだ。
俺はアダムくんのことが好きだった。いや、きっと今でもその気持ちは変わらない。凛とした立ち振る舞いの中で時々見せる、憂いのある表情に、俺はたまらなく魅せられていた。手を伸ばしても届かないような存在を、自らの手で救いたいだなんて、烏滸がましくも思ってしまったのだ。
俺は彼と大した関わりも持てないまま、日々を過ごしていた。それでも、なんとかして俺と彼とを繋ぐ何かが欲しかった、それだけだった。それだけではこうなることなんて、初めからわかっていたはずだった。
「そうか、そうだよね……」
心のどこかに存在し続けていた、根拠のない希望が今、粉々に砕けた。自らの招いた結果だというのに、重苦しい気持ちに押しつぶされそうで、俺は教室の床をただ見つめた。
「……もういいですか」
彼の言葉にハッとして、顔を上げた。夕焼けに照らされたアダムくんは、申し訳なさそうに俺を見つめている。俺の無言を肯定と受け取ったのか、はたまた俺に痺れを切らしたのか、アダムくんは俺に背を向けた。
「あ……待って!」
咄嗟に発してしまった言葉に、アダムくんが振り返る。彼を引き留める理由を探すため、必死になって頭を働かせた。
「あ、あの……どうして、俺じゃだめなのかな」
言ってしまった。こんなことを聞いても意味はないのに。
急に何もかもが恥ずかしくなってきた。じんわりと篭る感情が溢れそうになって、俯いてぎゅっと目を瞑った。
静かな時間がただ流れる。いっそ彼が何も言わずに、何も見なかったことにして、ここから去ってくれたなら、なんて思った。
その時、頬に冷たいものが触れた。反射的に目を開く。そして、何が起こっているのかを理解するより先に、唇に触れた柔らかな感触に思考を支配された。
やがて、永遠とも思えるような瞬間が終わる。今までにないくらい近いアダムくんの顔に、俺の頭の中は真っ白になっていた。
「……貴方は、俺のことを何も知らないから」
俺を見つめる金色の奥で、どろどろとした闇が渦巻いている気がした。
それから先のことはあまり覚えていない。いつのまにか一人きりになっていた教室で、彼の冷たい熱と、唇に残るミントの香りだけが、脳裏に焼き付いていた。