降志ワンライ「天体観測」 星を見に行こうか。
そんな一言で始まった夜のドライブ。
車内では二人とも言葉少なで、ラジオのパーソナリティが明るくリクエストメッセージを読み上げている。
『今夜はしし座流星群ということで、星にまつわるリクエストが多いですね!ではここで僕のおススメをひとつ、鬼山ちづるさんの~』
しっとりとしたラブ・ソングに乗せるように駆けるRX-7は、どこかご機嫌に見えた。
明日は休日。残業上がり。
星の降る夜のドライブ。助手席には好きな女の子。
最高のシチュエーションだ。愛車が奔るのも無理はない。
「都心の光の中だと、星はあまり見えないわね」
高速道路を駆ける車内で、彼女はぽつりとつぶやく。
その視線は窓の外。いくつもの重機車両が並ぶ建設中のテーマパーク地を地上に、その上空に広がる暗闇に浮かぶ星の光は、薄い。
「少し走った海岸線に、天体観測の穴場があるんだ。君も気に入ってくれるといいけど」
逸る気持ちをアクセルに込めながら呟けば、助手席の彼女はくすりと笑ってみせた。
暗い車内の中、対向車のヘッドライトが差し込んできて、照らされた紅茶色の髪がふわりと揺れる。
「キャラに似合わず、ずいぶん女子受けする、ロマンチックなポイントを知っているのね?」
「まあ、似合わない自覚はあるが……生憎、そこを知ったのはそんなにロマンチックな状況じゃなかったよ」
天体観測の穴場とはすなわち、灯りが少なく人目に付きづらい場所。空気が澄んでいればなおよし。
そんな『穴場』を見つけたのは、いつの話だったか。
情報屋バーボンとしての『仕事』のさなかでの出来事だった。
ある調査対象者から情報を抜き取り、無事に任務を終え、帰路についた矢先。
愛車がびくりとも動かなくなるという不運に見舞われた。
否、不運と語るには毎度毎度酷使しているので、愛車からのちょっとしたストライキだったのかもしれない。
一通り点検するも、暗がりな上に機械工学の専門ではない降谷には原因はわかりかねた。
(松田なら、何かわかったのかもな)
ふう、とため息を零しながら悪友の顔を思い浮かべて、見上げた景色は。
車の一台も通らなければ、無論人影もひとつとして無い防波堤沿いに広がる夜の色は――満天。
『今夜はしし座流星群が訪れます―――』
行きのラジオで聞いたそんな軽快な言葉を、思い出す。
かつて切磋琢磨しながら過ごした級友との日々に、表には出せまい仕事の帰路。
ひとり見上げた夜空は、皮肉にも世界のうつくしさを切り取ったような光景だった。
*
「……降谷さん?」
名前を呼ばれ、沈んでいた意識を引き上げられる。
隣の席からいつもと変わらぬ様子で――ほんの微かに心配の毛色が含まれていることに気付けるのは、自分だけでいい――自身を映す瞳に、ふっと口元が緩む。
ひとり見上げた星の夜。
あれもまた、自身を形成した想い出のひとつには違いなくて、捨てようなどとは思っていないけれど。
「……君に喜んでもらえたら嬉しいな、志保さん」
大切な、彼女の名前を呼ぶ。
こんな夜には、君とふたり。
星を数えながら、何を語ろうか。
あわよくば手くらい繋いでも、怒られないかな。
数十分後に訪れるであろう、ふたり見上げる星の夜に想いを馳せながら、愛車は駆けていく。
地上を奔る星のように、自分と彼女を乗せて。