降志ワンライ「オフショルダー」 五月の半ば。
梅雨の季節もまだ訪れる兆しは見せないというのに、気まぐれな太陽の熱視線が日本列島を直撃した。
観測史上最も早い真夏日の到来となるでしょう、と朝のお天気キャスターが告げた通り、アスファルトの照り返しを受けた街は、都心特有の蒸し暑さに支配されている。
蒸籠で蒸される焼売はこんな気分だろうか、と色気の欠片もないことを思いながら、降谷は待ち合わせ場所へと歩を進めていた。
気まぐれな夏を届けに来た太陽が最も高くなる正午過ぎ。
週末のアウトレットモールの客入りは上々のようだ。
屋外に設置された噴水広場は憩いの場として開放されており、照り付ける太陽の日差しの下、跳ねる水しぶきがキラキラと輝いていた。
待ち合わせはモールの広場、と指定したのは彼女の方だ。
とはいえ流石にこんな季節外れの気候は予想していないだろうから、日射しを遮るものが一切ない中央部にはいないだろう。
ぐるりと辺りを見回す――までもなく、待ち人は背後から忍び寄ってきた。
そろり、そろり、と足音を忍ばせているらしいが、気配は隠しきれていない。
そもそも隠す様子も無さそうだった。本気で隠れたいのなら、もっと上手く身を潜める術を持っているはずの彼女の悪戯心に引っかかってやろうと、わざと振り返らぬままその到来を待っていると、「待たせたかしら」と鈴のような声と共に、小さな手が降谷の背中をとん、と押す。
「いや、今来たと……」
ところ、と言いかけた言葉は音にならず、呑み込まれた。
振り返った先に佇んでいるのは、間違いなく降谷の本日の待ち人である、宮野志保嬢。
あの組織が壊滅して一年。十九歳となる彼女は、昨年の成人年齢の引き上げによって既に成人した淑女であるが、長らくニ十歳を成人年齢の境目として生きてきた降谷にしてみれば、彼女はまだ少女と呼んで差し支えのない、うら若き乙女だ。
切れ長の猫のような勝気な瞳を瞬かせ、紅茶色の髪をシニヨンに結い上げた彼女の、滑らかそうな白い肌が、晒されていた。
インディゴブルーのオフショルダーワンピースによって。
「降谷さん?」
パシパシと目を瞬かせながらも、指一本も動かさず尾動だにしない男に向けて、志保はパーにした手をひらひらと振ってみる。
「あ、今日は『安室さん』の方がいいの?」
件の組織が崩壊した後も、『安室透』と言う名の探偵は何かと使い勝手がよく、今日もまた仮初の探偵業の一環だった。
季節外れの太陽と同じように、気まぐれな彼女の依頼内容はちょっとした探し物だ。
そうして訪れたアウトレットモールに現れた彼女の装いに思考停止してしまった降谷の電池が再稼働したのは、ほんの数瞬のことだった。
自らが羽織っていたシャツを勢いよく脱いで、彼女の肩にばさりとかける。
サックスブルーのストライプが、深い青のワンピースに見事に調和していた。サイズ以外は、だが。
でも、これでいい。
こうしてしまえば、その華奢な白い肩が衆目に晒されることはなくなるから。
「ちょっと、何。暑いんだけど」
「日焼けするだろ。いいから着ておいて」
ぶかぶかの、メンズシャツを無理やり羽織らされた志保は、むう…と少々不満そうながらも、日焼けするという動詞には思うところがあったのか、一応は納得したらしい。
「帽子も買った方がいいかしら」
「そうだな。探索の前に見繕おう」
季節外れの熱射病に浮かされる前に、頭を冷やさなければ。
浮かされるリ湯は熱射病なのか、また別の理由があるのかは、考えないようにした。
「それじゃ、エスコートお願いするわね。『安室さん』」
するりと差し出された手を取ることに、逡巡したのは何故だろうか。
今までだってその手を取ったことはあった。例えば、人ごみに紛れそうな雑踏のさなか。例えば、寝る間も惜しんで研究に没頭する彼女をベッドに仮眠室に押し込めるための緊急措置。
けれども、あの白い肩を見た途端に、思ったのだ。
自分は何か、とんでもないことをしていたのではないか?と―――。
ためらいがちに触れた男の手が、若干の緊張を孕んでいることに気がついて、志保は内心歓喜の声を上げる。