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    よしば

    @yoshi_R_K

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    よしば

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    コーヒーを飲んでる千秋と英智が話してるだけ。カプ無し。

    「ホットコーヒーを。ブラックで」
     簡潔に注文を言うと、店員は伝票に書き写して立ち去る。横に向けていた体を前に戻し、置いてあるお冷やに手を伸ばす。
     苦いものは苦手だし、コーヒーも出来ることなら砂糖とミルクを入れて甘くしたい。それでもブラックを頼むのは、一つの線引きだった。
     大人はコーヒーをブラックで飲んでいる。そんなイメージをずっと持っていて、高校を卒業して社会人になってからは大人の仲間入りをしたのだからと無理矢理にでもブラックを飲み続けていた。
     ぼうとしている内にコーヒーが運ばれてきて、黒々とした液体に口をつける。口の中にコーヒーの香りと苦みが広がり、一口嚥下するのも精一杯だった。
     味の違いなんてわかりようもないただただ苦いだけの液体を一口、また一口と啜って飲み込んでいく。いつか理想の大人になれたならこのコーヒーも美味しいと感じることがあるのだろうか。そんなことを考えながらソーサーにカップを戻す。
     次の仕事まで少し時間が余っていて、けれどESビルまで戻るには少々足りなかったからとカフェに入ったはいいものの、どう時間を潰せばいいのだろうかと頭を悩ませる。本の一冊でも持っていれば良かったのだが、読む時間などないだろうと置いてきてしまった。
     携帯でも見ようかとポケットをまさぐっていると、後ろから声をかけられた。
    「やあ。千秋じゃないか。こんなところで何をしているんだい」
     自分を呼ぶ声に振り向くと、そこには英智が立っていた。彼はにこにこと微笑みを浮かべながら千秋の向かいに座る。
    「天祥院、そっちこそ、こんなところでどうしたんだ。俺はこの近くで仕事があったからなんだが」
    「僕は事務所の仕事でちょっとね。まさか偶然出会うのが千秋だとは思わなかったけど」
    「それは俺の台詞だろう。最近はまた体調を崩していると聞いていたが、大丈夫なのか?」
    「心配には及ばないさ」
     英智は注文を取りに来た店員に注文を言って、再びこちらへ向き直る。
    「というか、こんなところで時間を潰していていいのか?なにかと多忙だろう、お前は」
    「まあね。本当ならさっさと事務所に戻って仕事を片付けなければならないのだけれど。歩いていたら外から千秋の姿が見えたからつい、ね」
     どうやら英智は千秋の姿を見てわざわざ中に入ってきたらしい。最近は仕事以外で中々会う機会もなかったから、こうして顔を合わせるのもなんだか久しぶりな気がした。
     とはいえ何を話したらいいのだろう。近況を話したとして、自分が所属している事務所の責任者である英智はすべて知っているだろうし、お互いの趣味が合わないことは既に知っている。きっかけがないと話せないほど口下手だっただろうか、と悩んでいるとふと英智が口を開いた。
    「コーヒーは苦手じゃなかったかい?」
     英智が指差した先には、千秋が飲んでいるカップがあった。まだ半分以上残っているそれを見て、少し苦々しい気持ちになった。
    「今でもあまり得意ではないな」
    「ふうん。じゃあ、無理して飲んでいるんだ。千秋らしいね」
     英智は運ばれてきた紅茶に口をつけながら、淡々と言う。返す言葉もなくて肩を竦めていると、見透かしたような目でこちらを見た。
    「コーヒーを飲んでいるからといって、大人になれている訳ではないよ」
    「わかっているさ、そんなことは」
     どうやらわざわざコーヒーを飲んでいる理由がバレているようで、小さく息を吐く。けれども仕方が無いのだ。もう社会人になってしまったから、大人ぶって格好つけていないとどんどん取り残されてしまう。流星隊というユニットを背負うという覚悟を決めたからこそ、余計に自分が踏ん張っていかないといけないのだ。
    「大人ってなんだろうな」
    「それを僕に聞くのかい?」
    「いいや、独り言だ。忘れてくれ」
     英智はアイドルの理想郷を作るなどと言ってESを作り上げ、さらにはその中で事務所を立ち上げている。同い年ながらよくもそこまでと思うが、それが理想の大人の姿かと言われると違う気がする。
     じゃあ理想の大人とは何かと言われると、それはそれで難しい話だ。
    「大人なんて、子供を納得させるために作り上げられた理想に過ぎないものだよ」
    「忘れてくれといったはずだが」
    「ふふ。千秋が悩んでいるようだからね。すこしからかって遊ぼうかと思って」
     そう言って楽しそうに笑った英智は、紅茶に口をつけてから再度口を開く。
    「千秋は理想になりたいのだろう?」
    「……そうだな。もし大人という存在が虚像に過ぎないとしても、誰かの理想の姿でありたいというのは俺の目指しているヒーローと何ら変わらないものだろう」
     英智の問いにそう答えれば、彼はそうだねと頷く。
     子供から見れば大人はみんなヒーローだ。子供では出来なかったことを簡単にやってのけてしまう。だからこそ子供は大人に憧れるし、背中を追いかけようとするのだ。
     しかし実際に大人と呼ばれる存在になってみて、理想とはかけ離れたものであったのだと実感した。高校を卒業して間もないとはいえ、自分が理想としてきた大人のようにはなれなかった。
     二人の間に沈黙が流れる。どうにも居心地が悪くてコーヒーに口を付けてみるがやはり苦い。この味に慣れることはあるのだろうかと考えていると、英智はおもむろにシュガーポットに手を伸ばす。
     彼は備え付けのピンセットで角砂糖を摘まむと、それを千秋のコーヒーへと入れてしまった。
    「なにを、」
    「ねえ千秋、僕たちはまだ十代だろう。いくら社会人になったとは言え、成人もしていない、世間ではまだまだ子供扱いされる歳だ」
     どこか呆れたような英智の言葉に呆気にとられていると、英智は再び角砂糖をコーヒーに落とす。
    「確かに仕事では大人ぶらなければならないことも多いだろう。けれど、こんなところまで取り繕わなくてもいいんじゃないかな」
    「……天祥院。もしかして、慰めてくれているのか?」
    「勘違いしないでほしいのだけれど。君はまだ大人になんてなれていないってことを言いたかっただけだよ」
     どこか子供らしい表情で告げる英智がなんだかおかしくなって、笑いがこみ上げてくる。どうにか声を抑えて笑っていると、不服そうな英智が三度角砂糖をコーヒーに落とす。コーヒーはもう半分くらいなくなっていたから、こんなに入れてしまっては砂糖が溶けきらずじゃりじゃりになってしまうのではないだろうか。
     そんなことは知らないとばかりに英智は自身の紅茶を飲み干すと伝票を持って席を立った。
    「じゃあ、僕は仕事があるから」
    「ああ。ありがとう、天祥院」
    「別に。僕は何もしていないよ」
     英智はさっさとその場を去ってしまい、テーブルには砂糖が溶けきっていないコーヒーが残されていた。
     それに口を付けると、甘さと苦さが口の中に広がる。先ほどの英智のようだな、なんて思いながら砂糖だけになったカップをソーサーへと置いた。
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