故郷を出る少年②「大丈夫か?」
遠くから、声が聞こえる。
誰かしら?
大丈夫よ。
もう、みんな燃やしてきたから。
ワタシは自由なの…
小鳥の鳴き声と、鍋がコトコト煮える音で、ワタシは目を覚ました。
窓から差し込む陽の光が眩しくて、布団を引っ張り頭まですっぽりと被り蹲った。
(ああ、布団があったかくて気持ちいい…布団?…なんで?)
森で力尽きて倒れたはずなのに。有り得ない状況に焦って、ワタシは飛び起きた。
目に入ってきたのは石造りの壁。見渡すと、小さな衣装箪笥と、自分が今眠っていたベッドしかない殺風景な部屋だ。
『あの姿』で暴れてきたから衣服は身につけていなかったはずなのに、今は首元まで隠れる黒い服を着ている。下は白の袴だ。川を泳いで来たのに、髪は石けんの香りがした。
(誰かが…助けてくれたのかしら?)
「起きたか?」
部屋の扉が開いて、湯気の立ち上る大きなお碗を片手に少年が入ってきた。濃いグレーの肌、頬と腕に青のテオティマーク。ピンクの長い髪を高い位置で束ねている。
無表情だけど整った顔をしていて、紫がかった瞳で見られるとあまりの美しさに胸がドキドキして言葉が出てこない。
「粥を作ったが…食欲はあるか?」
こちらに近づいてきて、お碗をずいっとワタシの前に差し出してきた。
「あ…え、ええ…ありがと…」
反射的にお碗を受け取り、突っ込まれていたスプーンで粥を掬い、食む。あまり食べたことのない不思議な味がするけど、温かくて美味しい。お腹も空いていたので、夢中で食べた。
少年は一度部屋から出て、コップを持ってすぐに戻ってきた。
あっという間に空になったお碗を見ると何故か嬉しそうに口元を緩め、
「白湯だが飲むか?」
とワタシの手から空のお碗を受け取りコップを差し出してくれた。
「ありがとう…あなた、助けてくれたの?」
「一糸纏わぬ姿で気を失っている者を、見て見ぬ振りは出来ないからな」
「!」
それを聞いてかあっと顔が熱くなる。見世物小屋ではほぼ裸で生活していたが、それはそれだ。同い年くらいのこんなイケメンに素っ裸で倒れていたところを見られたなんて…まさか、まさか身体も洗ってくれたのかしら?嘘でしょ?恥ずかしすぎるわ…!
ワタシの頭の中が羞恥で混乱しているのも知らずに、少年は話を続ける。
「無理に事情を聞こうとは思わないが…もし行くところがないのなら、好きなだけここにいていい。私一人で暮らしているからな。招集がかかった時は数日帰れないが、家の中は好きに使ってくれて構わん。」
ベッドの縁に座り、ワタシの顔を覗き込んでくるので、絶賛パニック中だったワタシはまた気を失いそうになった。
(きゃー!綺麗な顔…っ近い!!)
「名は何というのだ?私はワダツミだ」
「わ、ワタシはヴァルトムよ」
「ヴァルトム、粥は美味かったか?」
「え?…ええ、すごくおいしかったわ。本当にありがとう」
「そうか。では片付けてくる。休んでいてくれ」
無表情ながらも、なんだかご機嫌な雰囲気を漂わせて、このワダツミという少年は部屋から出て行った。
(なんなのかしら…美人だけど変な子…招集ってさっき言ってたけど、何をしているの…?)
自分のような正体不明の者に「好きなだけいていい」と言うのだから、よほどお人好しなのかもしれない。
お腹も満たされて、睡魔が襲ってきた。
(今のうちに寝ておこう。夜はお店が始まるし…)
と、いつもの癖でそう考えたあと、もうそんなことしなくて良いのだと気づいて涙が溢れた。そうだ、もう、自由なのだ。
嬉しさと同時に、この先どうやって生きて行こうかと不安が押し寄せてくる。
外の世界のことなど、全く知らないのだ。
(ワダツミって子にいろいろ聞いて…それから出て行けばいいか…)
睡魔に負けて、布団に潜り込む。襟元からふわりと良い匂いがして、今着ている服がワダツミから借りているものだと意識したらまた顔が熱くなり、寝付くまでの間しばらく布団の中で悶絶した。