Addicted to you. / 明と朝陽「おいしいの?」
子どもが好奇心でするみたいな質問だった。
ベランダで蛍族になろうとしている俺のところに、朝陽が珍しく顔を見せてした質問がそれだ。普段であれば、煙草を吸っているときは臭い移りを気にして寄って来ないのだが。
「戸ォ閉めな。煙入っちまうから。……まあ、うまいもんではないわなァ」
苦笑いしながら煙草に火をつけて吸って、吐く。口中に広がる苦味と刺激は、純粋な味としては美味いものではないだろう。
そういえば、それこそ実際に朝陽が子どもだった頃には、こんな質問をされたことが無い気がする。子どもの時分に煙を吸わせるわけには行かないから、俺が朝陽に煙草を吸う姿を見せるようになったのは一緒に暮らし始めてからだが、臭いまで消して接していたわけじゃない。いま思えば、幼い頃に抱えて歩くようなときもよく嫌がらなかったものだ。
とはいえ俺は本邸に住み込んだことはないから、単にこういう他愛もないやりとりを交わすほどは近くにいなかったということだろうか。
「おいしくないのに吸ってるんだ」
理解しがたいという、外では絶対に見せないようなあからさまな表情がかわいくて、思わずその頭に手を伸ばした。ちょっと乱暴に髪をかき混ぜるように撫でると、怒ったような声をあげるくせに、離れてはいかないのがまたかわいい。あまり人に懐かない猫を懐かせたような気分だ。
「もう習慣だからな。吸いたくなるから吸う、ってやつ」
「ふうん……」
吸わなくともそれほど支障はないのかもしれないが、ああ吸いたい、と感じる瞬間があるから吸っているとしか言いようがない。他の喫煙者に比べれば消費本数は微々たるものだが、中毒というのならそうなんだろう。吸いたいと感じたときに吸えないあの失望感はきっと依存だ。
「……ひとくちくれない?」
納得したのかと思えば、アイスなんかを強請るときと同じセリフが出てきて、まだ肺にも入れていない煙をうっかり吹き出した。顔に煙が当たって目にしみる。眼鏡を外さなければよかった。
「……あー、こないだハタチ過ぎたからか?」
合点がいった。酒の次は煙草というわけか。
法で見ればそもそももっと重いことをやっているような、カタギの言葉で言えば反社会的な組織の一員(正確には朝陽は「まだ」にしても)が煙草一つに関して法定年齢を守るというのは、はたから見れば滑稽かもしれない。だが、どう生きるにしても体は資本だ。そう定められているということに理由があるのは、破るからこそ俺たちはよく知っている。つまらないことまで破って、面白くもない事態になるのはできるだけ避けているだけだった。煙草はいまや、パッケージにまででかでかとあなたの健康を損ないますと書かれている嗜好品だ。
正直なところ、自分のことは棚に上げてでも、朝陽にはあまり吸わせたくない。
「……背、伸びなくなるぞ?」
言いながらさりげなく朝陽から遠ざけようとした、煙草を持つ手首を捕られる。
「身長はもう明兄も越えただろ。いつまでも子ども扱いして……」
その拗ねたような物言いが子どもみたいだとは思っても、子ども扱いは流石にもうしていない……そうでなければあれやこれやを許しはしていない。しかし流石に、それを面と向かってそれを自ら言うのは憚られた。いたたまれない。
追い付かれて、ついには追い抜かれ、朝陽が成人した今となっては、目線を合わせようとすると俺が軽く見上げる必要すらある。まだ伸びるかもしれないとはいえ、十分といえば確かに十分か。
じっと俺を見つめている視線の強さに思わず目を逸らした。組の若として俺に接するときはこういう『甘え』は一切見せないくせに、本当に俺の扱いが上手くて困る。
「はやく。燃えちゃうから」
「……ひとくちな」
朝陽との根比べに、俺が勝てたためしはない。指が燃える前にと俺が早々に諦めれば、朝陽は俺の手ごと煙草を口元へと持っていく。その、手首を掴む手もだいぶでかくなったと感じて目を細める。昔の、紅葉みたいだった手を思い出して、少し罪悪感を覚えた。
ああ、一緒にいて色々と、よくないことを教えてしまっている気がする。
朝陽は俺がそんな逃避をしていることなど知らないまま、俺の吸いかけの煙草を咽せることなく吸った。