コイスルオトメ 流川に告白された。
部活の後に、少し時間良いですかと訊かれて、流川のことだしバスケのことだろと当然思って、そうしたらなんと告白だったのだ。
背景は薄紫の夕暮れで、飾る言葉もなくただストレートに「好きです」と言われ、なんか、ドラマとか、少女漫画? みてえだな、とぼんやり思った。きっと俺が女だったら卒倒していたんじゃないか、などと考えていたら返事を急かされ、迂闊にもオーケーをしてしまった。
返事を聞いた流川は表情一つ変えることなく、「ウス」と頭を下げた。いや、部活の連絡じゃないんだぞ、とツッコんだが、どうやら流川は喜びの表現に乏しいらしく、再び「ウス」と頷いた。このままだと永久機関になってしまうので、その日はそこで解散となった。
帰宅して自分のベッドに寝転がりながら、流川のことを考えた。
あれだけ女子からの好意を徹底的にスルーしているから、流川には恋愛的な思考が一切ないのだと思っていた。それだけは意外だなと思いつつ、男の中で自分を選ぶなんて目があるじゃないか、とも思った。
と同時に、部活での距離の近さやスキンシップを恋愛と勘違いしているんじゃないかとも思った。恋は盲目、というが流川もそんな罠に引っかかるんだなぁと感心した。
まぁでも流川のようなイケメンに好意を持たれることは悪い気はしない。それどころか優越感のようなものも感じる。懐かなかった野良猫が足に擦り寄ってきた、そんな感覚だった。
恋人になったってことは、デートとかするのだろうか。いや、でも流川がデートに誘ってくるところを想像できないし、どこかに出かける姿も想像できない。
寝返りを打った。今日の部活中に擦りむいた膝が布団にこすれて痛んだ。こけた時にはまだ告白されていなかったから、流川との恋人歴よりも膝の擦りむきのほうが先輩だ。
どうせ数か月か、長くても自分が卒業するまでの戯れだろう。そのうち、なんか違うなと気づいて、自然と別れるだろう。だから、まぁいいかと深く考えるのを放棄した。
恋人になってから数週間、変わったことと言えば部活終わりに一緒に帰るようになったくらいで、デートなんて言葉の欠片もなかった。大抵、部活終わりに帰ろうとしたところを流川が声をかけてきて、自転車を転がしながら並んで帰る、という健全にもほどがあるお付き合いだ。
ちなみにこちらから流川に声をかけたことはない。それだとまるで俺も流川のことを好きみたいになってしまうからだ。約束しているならまだしも、そういうわけでもない。それを自分から声かけてしまったら、何かが崩れてしまう気がした。
流川は歩きながら、バスケの話をした。レパートリーはそれ以外にない。想定内だ。むしろ流川から豊富な話題を提供されるほうが怖い。
逆に俺はなんでも話した。授業中校庭に犬が迷い込んでいたこと、読んでいたジャンプの連載が打ち切りになったこと、英語の担任の口癖を暇つぶしにカウントしたら一時間で八十四回も口にしていたこと。それらに対して流川は、「へぇ」とか「んん」とか、興味あるのかないのか分からないような相槌ばかり打っていた。
やっぱこいつ、恋愛なんてしたことないんじゃねーの?
話題が尽きて沈黙している間、薄く瞬く星を見上げながら思った。ということは、俺のほうが恋愛に関しては先輩だ。なぜなら俺は幼稚園の頃、みさきちゃんと両想いだったからだ。……という話はむなしくなるので、どれだけ話題が乏しくてもしなかった。
カラカラと自転車の回る音だけが続く。
「じゃあ」
と流川が立ち止まって言ったのは、いつも別れる十字路だった。
「おう、また明日」
流川は背を向けて、しかし自転車には乗らずに押したまま歩いて行った。カラカラという音が遠ざかっていく。見えなくなりそうなところで振り返ったりすんのかな、と思ったけれど、流川が振り返ったことはない。そのせいで、見えなくなるまで見送っているのはこちらになってしまう。
俺は一人、帰路を歩く。負けず嫌いのせいか、なんだか流川を笑わせてみたくなった。
それから流川は飽きることなく、かといって情熱的になることもなく、並んで帰るだけの「恋人」だった。恋人をやめようにも、そもそも恋人らしいことをしていない。もしかしてまだ恋人ですらないんじゃないかとすら思えた。
とはいえ、俺もこの謎の関係を取りやめたいとは思っていなかった。流川の転がす自転車のタイヤには、昨晩の雨で散った小さな白い花びらがたくさんくっついていた。
「流川ってさぁ」
「はい」
「俺のどこを好きになったの」
口にしてから重たいというか、面倒くさい彼女みたいな質問だった、と気づいた。
「いや、悪ぃ、なんか純粋に疑問で」
実際、この疑問はずっと抱いていた。流川のどういう琴線に触れたのか、興味があった。というか、そもそも流川は男が好きなのか? とか、まだ俺のこと好きなの? とか聞きたいことは山ほどあったけど、それは迂闊にこの関係を崩してしまうような気がした。
流川は前を見たまま、しばらく黙って歩いていた。返答や相槌に困った時の流川の癖だ。
「……どこ、とか、難しいんすけど」
「おう」
「……」
「……」
「……」
「……ん?」
「え?」
「いや、だからどこなんだよ」
「だから、どこって言うのは難しいんす」
「なんだよ、素直に顔って言えよ」
「顔じゃないっす」
「ってオイこの!」
「痛っ」
背中を叩く。その後、流川は黙ってしまった。これじゃ俺が滑ったみたいじゃねえか! ともう一度叩こうとした時だった。流川が足を止めた。つられて俺も立ち止まる。
「でも、センパイじゃなきゃダメってことは、確実なんで」
お、なんか今のはぐっときたな。
「……おう」
「はい」
再び歩き出す。自転車がカラカラと音を立てる。俺も、流川のことを好きなのかいまだに分からないけど、この十字路までの時間とか、自転車の転がる音とか、興味のあるか怪しい相槌とか、もう無くてはならないものになっていた。
「……俺、幼稚園の頃好きな子がいてさ。みさきちゃんって言う」
「はい」
「両想いだったんだよ」
「…………はい」
「まぁ、みさきちゃんは同じクラスに好きな男の子が五人いたんだけど」
「……」
「……今笑った?」
「いえ」
「絶対笑ったよな」
「笑ってねえ」