220503無配「ミスド買うてきたわ」
と言いながら、手提げの箱を携えた生駒が隊室に入ってきた。それだけで隊室の空気が少し浮き立つ。あの紙の箱を見ると不思議とテンションが上がってしまうのはなぜだろう。
「一人二つな!」
わっと歓声をあげながら生駒の周りに隊員四人が集まる。
「大学生の財力すごいっす!」
「大学生になったら太らんよう気ぃつけよ……」
「最近ミスド小さくなったよなぁ」
「あれ、二つ余りません?」
「なんでや! 俺も食べるからちょうどやろ!」
騒ぎながらもそれぞれ二つ選び終えると、手元には様々な色、形のドーナツが行き渡った。
「お前ほんまそれ好きやな」
水上は海の選んだゴールデンチョコレートを見て言った。
「ミスドと言ったらこれっすよ!」
確かに、あのカリカリとした黄色い砂糖がついたゴールデンチョコレートはついつい選びがちだ。そう言う水上が選んだのは、オーソドックスなドーナツにチョコレートのかけられた、オールドファッションチョコだ。
隠岐は自分の選んだポンデリングをちぎりながら、水上の「好きやなぁ」という言葉に数時間前の会話を思い出していた。
数学を終えた休み時間、数人の女子が自分の席を囲った。
「隠岐、好きな人できた?」
前と左右を塞がれるとどうにも逃げ場がなく、まるで取調室で尋問を受けているような気分だった。
その女子たちはいわゆる「恋バナ」が好きらしく、その種になりそうな話を探し回っているようで、一週間前にもまったく同じことを聞かれたのだ。
そんな「もうポケモン捕まえた?」みたいなノリで聞かれてもすぐ出来るもんやないやろ、と言い出す勇気はなく。
「おらんな~」
と言うと、
「は~?」
「つまんなーい」
女子たちは不満気に去っていった。もしかしてこれ、好きな人できたって言うまでずっと続くんかな、と恐れたのが、今日の休み時間の話だった。
隠岐はちぎって一つの球体のようになったポンデリングを口に入れた。砂糖の優しい甘さともちもちとした食感はやはり唯一だ。ポンデリングを噛みしめながら、隠岐は更に思考を深めた。
好きな人、と言われて一瞬思い浮かんだのは、何故か水上だった。それは自分でも意外だった。なんで水上なんだろうか。せめて女子が思い浮かぶべきでは。
確かに水上といるのは居心地が良い。特段話すわけでもなくただ一緒に帰る帰り道も好きだし、部屋で水上の読み終えたジャンプを借りてだらだらと読むあの時間も好きだし、六枚落ちのハンデをつけてもらって指す将棋も割と好きだ。
かといって、おそらくそれらは女子の言う「好き」とは違うだろう。水上と手を繋ぎたいとか、キスをしたいとかは思わない。キス顔の水上を一瞬想像して、思わずむせる。
「隠岐、心配せんでもドーナツは逃げたりせんからゆっくり食べや」
「オカンか」
生駒と水上の漫才を聞きながら、真織の差し出してくれた茶を飲み込む。我ながら破壊力高めの想像をしてしまった。
やっと喉が落ち着き、二つ目のちぎった「ポン」を口に運ぶ。
もし水上に恋人が出来たら、どうだろうか。普通に祝福すると思う。水上を選ぶなんて風変わりな女子だなとも思うし、なんとなく見る目あるなとも思う。どんな子なんですか、と写真を見せてもらったり、帰り道にたまたま彼女と帰るところを目撃したら、後で冷やかしたりすると思う。
でも一緒に帰ってくれなくなったら、少し寂しい。家行っていいですか、と聞いて「彼女来るから」って断られたら結構悲しい。でもそれって、好きだからというより遊び相手が居なくなるからかもしれない。もし自分にももっと仲良い人が出来て、水上と過ごす時間が相対的に減ったら、自然とこの気持ちも無くなるものなのだろうか。
三つ目をちぎって口に入れ、四つ目も口に入れる。
ふと水上の手元を見る。半分ほど食べ進んだオールドファッションチョコレ―トは、チョコのかかった部分が綺麗に残されていた。出来るだけチョコレートの部分を残すためか、チョコレートがギリギリかかっていない部分を摘まむようにして持っている。
そして、大きな口を開けるとそれに齧りついた。
「ふふ」
思わず笑うと、それに気づいた水上が顔を顰めた。
「なんや、やらんぞ」
咀嚼しているその口の中の甘さを想像する。あの口の中がチョコレートだらけであると思うだけで、なんだかウズウズする。チョコレート部分を残すために、摘まんだような指の形を、頭の中でなぞる。みんなの言う「好き」ではないかもしれない。けれど、やっぱり水上を好きだなぁと思った。