[ミマモ]神々の飲料「こどもビール、おとなビール、こどもビール、おとなビール……」
「……これまた随分と大きなスライムが来たな」
ここはゴルトオール領内にから登れる「展望台」であり、「観測」の神ポラリスの居住地であった。
彼の神としての職場ではあったが、一応ゴルトオールの放送局であるポラちゃんこと「ポラリスちゃんねる」本社のロビーとして整備した空間にも、自動販売機はあった。
自動販売機と言っても下界に置いてあるものと違い、ポラリスのような神様達の間で流通するものばかり扱われていた。
「ええと、ゴッドオブエナジー、ゼロオブエナジー、ゴッドオブエナジー、ゼロオブエナジー……」
それらはほとんどがエナジードリンクだったりするが、それらの一部と相互契約することでこどもビールのような下界の人々が愛飲しているものも販売されていた。
「あ、お疲れさまですわ!」
補充作業をしていたスライムがポラリスに気がついて声をかけた。
「あ、ああ、ここまでご苦労様」
ポラリスは、彼から声をかけられて、そこまで大きくない声ながらも、なんとか笑顔を作るつもりで返した。
一応、ポラリスもこのスライムについて少し観測したことがあった。
ライム・ライムという名の、スライムの男の娘であり、恋愛相手を探しているようだ。
今はどうやら、メタリカの夫であったパトリックにアタックしているようだ。
今は大人しく仕事に励む日々を送っているようだが、ちらっと観測した時はあまりに強引だったりで感心できるものじゃなかった。
作業を終えたのか、自動販売機を閉じた後、彼はじっとポラリスの顔を見た。
「な、なんだ?」
「よく見るといい顔してますわね、あなた」
「は、はあ……」
「あ……こほん、いけませんわ、わたくしにはパトリックさまがいるのに。ところでわたくし、不思議な気分なんですの。最近ここの飲料メーカーの補充員をしてるんですけど、どこも不思議な場所にあったり、あとエナジードリンクの割合が妙に多かったり……他にない不思議さがありますわ!」
「あ、ああ、そうかもな」
そりゃ下界で暮らしてきたスライムにとっては不思議に思ってもおかしくないかもしれない。
もしかしたら彼も、それが神様の間で取引されているような飲料メーカーであるということを知らない可能性もある。
ワタツミみたいに人々と積極的に交流したり、ステラのように人々に溶け込んで過ごすような神様もいるが、多くの神は下界から離れたような場所を拠点にして活動したりしてるものだ。
この展望台こそ下界からやや離れているも、ポラリスの場合は下界に向けてテレビ局を運営してるのだから、まだ交流してる方なのかもしれない。
「しかし、そのメーカーだって、一応お茶やコーヒーにミネラルウォーター、それにコーラやサイダーもそのメーカーは売ってるんだけどな」
「そうなんですか? なんかビー玉の入った瓶のラムネなら別のところで見ましたけど、エナジードリンクの割合が多いん気がしますけどねー」
「……」
否定はできない。
激務な神様も多いのももちろんあるかもしれないが、その上で余暇ではヨロズやツクモのように創作活動に励む神様も少なくなく、「カミケ」などの創作物の即売会も神様達の世界では盛んに行われたりする。彼らもよくエナジードリンクを好んでいるが、その影響もあるのかもしれない。
「さて、それでは失礼しますわ~」
「あ、ああ、ご苦労様。どこも自動販売機が変なところにあったりと、大変だと思うけど気をつけてな」
「お気遣いありがとうございまし~」
ライム・ライムはポラリスに笑顔であいさつした後、よちよちと大きな身体を引きずるように移動し、大きめのエレベーターへ乗り込んだ。
当初はあんなに大きなエレベーターが必要だっただろうかと、ポラリスは思ったのだが、彼のような大きなマモノも来るのなら必要なのかもしれない。
ライム・ライムが乗ったエレベーターの箱が下界降りていく音を聞きながら見送った後、ポラリスはチラッと自動販売機を見た。
ゴルトオールで栽培されたイチジクをフレーバーに使った新作のエナジードリンクがあった。
「イチジクか、今日もまだやること残ってるし飲んでみるか」
そう呟きながらポラリスは自動販売機から、その新作のエナジードリンクを購入した。
部屋に戻ると、作業場のそばに置いてあったクマのぬいぐるみから何かの視線を感じた。
どこかその視線からは、何か怒られているような気がした。
「……明日までは許してくれ、コカブ。明日さえ乗り切れば少し一息つけるんだ」
そうポラリスはぬいぐるみに囁くように言った。
†
「ええと、ゴッドオブエナジー、ゼロオブエナジー、ゴッドオブエナジー、ゼロオブエナジー」
「あら、今日は例のゴルトオールの、かわいいスライム娘が補充に来ましたね」
フルシュポスケから少し離れた場所にある、人が立ち寄ることもなさそうな空間に一軒のログハウスがあった。
その中では、原稿を前にして明け暮れているツクモと、余裕そうに補充員のスライムを見ていたヨロズがいた。
「スライム……触手……う、なんかインスピレーションが……」
「ダメですよ、スケジュール的にかなり厳しいのですから」
「う、ヨロズ殿、ちょっとだけ、ちょっとだけだから~」
疲労や眠気が溜まっていた中、スライムと聞いてウズウズしていたツクモを、ヨロズはあやすように言った。
「おそらくライム・ライムさんですよね……私、あの身体からインスピレーションを受けたことがあるんですよ。ああ……一目見て、この少年が絡まれる話を……ペーパーでも作って」
「他人のことで堂々とそんなこと言わないでください。作るなら本命の原稿を終わらせてからにしてください」
「……新作のエナジードリンクがあるか確認を……」
「昨晩からちゃんぽん飲みしてるじゃないですか」
「それはあなたもでしょうが!」
「私は今朝やっと終わったので無敵です」
「ぐ、ぐぬぬ……」
二人がカミケに向けて数日前から原稿作業していた机の上には、多様な色の空き缶が置いてあった。
どれもエナジードリンクだった。