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    イベントの無配です。原作軸月鯉。

    月下 くれないの 中央の詮議も落ち着いてやっと部下たちの身の振り方が決まり、鯉登も月島も一旦は第二十七聯隊所属のまま師団長預かりという体で纏まったころ。

    営外より師団へ戻る道中、にわかに薄暗くなり雲行きが怪しくなってきたため、急がねばと話していたところに突然の雷雨が行手を阻んだ。
    あっという間にずぶ濡れの濡れ鼠、雫の滴り落ちる軍帽のまま急いで近くの軒先へ身を隠す。しばらくすると厚く黒い雨雲は通り過ぎ、先ほどの雨が嘘のように月が途切れ途切れになった雲間から覗きはじめた。
    軒を借りた先は小さな宿らしく行燈が外に出され、外の腰掛けには背の曲がった老人が何やら麻の袋を足の間に置き一人座って店番をしているらしかった。
    月島はこのような場所に宿などあったものかと怪訝に思ったが、二人とも背が震えてくるほどの濡れ具合。軍人たるものいかなる場合に於いても動ずるような失態はあってはならぬが、こう冷えては体に良くはない。今のところ師団長預かりという、はっきりとした職責も任務も与えられていない宙ぶらりんな立場だ。将校である鯉登の帯同での外出であるから、服を乾かす程度であれば月島もろとも多少遅れても問題なかろうと、宿前の老人に部屋は借りられるかと声をかけた。

    老人は手にしていた書物をぱたりと閉じると問いかけた鯉登に目を向けた。その目は白く濁っておりながら表面はつるりと輝くように透けており、まるで宝玉のような不思議な色だった。鯉登を見ているようで、どこにも焦点があっているようには見えない。書物を持っていたが盲であったか?と鯉登は思ったがその不思議な瞳に見つめられ、縛られたように体を動かすことができないでいた。

    「どうぞこちらへ」
    老人は音もなく立ち上がると軒先から土間に案内した。土間にはまるで二人が来ることが分かっていたかのように桶が置かれており、中には並々と湯が満たされて湯気を立ち上らせていた。土間で軍靴を脱ぎ、式台に腰掛けて桶に足を浸すと熱めの湯が歩き疲れた足に染み渡る。桶の縁に掛けられた手ぬぐいで清めた足を拭うと老人が中へと手招きした。
    音もなく進む老人に案内された部屋は、十畳ほどの部屋だった。部屋の中には衣紋掛けと火鉢が置かれており、奥に二客の布団が敷かれているようだった。
    二人が部屋に入るのを見届けた老人が深々と腰を折って襖を閉めた。

    「ひどい雨だった。取り急ぎ脱いで乾かすとしよう」
    各各、背を向けて軍衣を脱ぎ落とし、布団の傍に置かれている柔らかい木綿の浴衣に袖を通す。それから畳に散った軍衣や袴を衣紋掛けへ掛け、火鉢を近づけてやった。
    「そういえば腹が減ったな。何か食べるものを頼めないか聞いてみるか」
    鯉登が立ち上がろうとすると、月島が制して立ち上がる。
    「私が伺って参ります」
    月島が襖に手を掛け、数秒。固まったまま動かない。くるりと向き直った月島が眉を顰めている。

    「どうした」
    「鯉登少尉殿……。扉が開きません」
    「え? なぜだ?」
    「わかりません」
    「代わってみろ」
    立ち上がって月島の横に立った鯉登が襖に手をかける。
    「なんだ……びくともしない」
    襖はピッタリとくっついて一寸たりとも動きそうになかった。襖を外そうにも、上にも横にも隙間がなく動かないのだ。
    「おかしいな。なんだこれは……」

    鯉登は襖の間から外を覗こうと襖の前に片膝をついて屈んだとき、襖の横に何か包みのようなものが置かれていることに気が付いた。
    「これは?」
    引き寄せてみると、それは先ほどの老人が足元に置いていた麻の袋だった。
    畳に中身を開けてみると中には数本の赤いリボンと棕櫚のような赤い縄、それから走り書きされた半紙が入っていた。
    「これはなんでしょう。何か書いてあります。……は?」
    月島が手にした紙を眺めて低い声を響かせ呆然としている。
    「どうした。見せてみろ」
    鯉登が月島の手から半紙を取り上げ書かれた文字を読み上げた。
    「『互いに結ばぬと出られぬ部屋』」

    二人は畳の上に広がったリボンと縄を手に持ち顔を見合わせた。
    「鯉登少尉には似合いそうですね」
    月島が赤いリボンを鯉登の紫紺の髪に絡ませる。
    「月島の坊主頭には無理だな」
    頭に結ばれたリボンを揺らしながら鯉登が手にした赤いリボンを見つめる。
    「全部鯉登少尉が付けたらよろしいのではありませんか?」
    月島がそういうと鯉登が頭を振った。
    「それではお互いにならんだろう。お前にも付けなければ……」
    「……私の頭にこのリボンを付けるのですか。似合うとでも?」
    「やってみなければ分からんだろう」
    「いや、遠慮します」
    手のひらを鯉登へ向けて月島が頭を左右に振る。
    「頭に付けるのが嫌ならここにしよう」
    鯉登が月島の右手を取ると、その太い手首に赤いリボンを結んだ。
    部屋は特に変わった様子はなく、しんと静まったままだ。
    「これで開いたのか?」
    「どうでしょう……」
    襖に手をかけた月島の右手のリボンが、腕が震えるのに合わせて揺れる。
    「開かないですね」
    襖はびくりともせず、ため息を一つ吐いた月島が鯉登の前に戻ってきた。
    「二人とも結んだのにな」
    やれやれ。鯉登が敷かれた布団の上にごろりと肘をついて寝転がると、髪の毛のリボンが鯉登の顔の前に垂れ下がる。
    「最近ではゆっくり二人きりなることもなかったですし、少しのんびりしますか」
    そう言って月島も鯉登の隣に寝転がった。実際中央の詮議が落ち着くまでは、月島と鯉登はしばらく 別々に管理されそれぞれに監視の目が付いた事もあったし、個別で査問に掛けられる事もあった。万が一内乱罪に問われれば、首謀者は死刑。部下たちは何も知らされておらず、測らずも訪れたロシアのパルチザンという外敵から北海道を守ったという筋書きにするための裏工作に緊張が途切れない毎日だったが、ようやく不処分が決定して二人とも二十七聯隊本部に戻ることが叶った。鶴見中隊の兵卒およそ百五十名のうち生き残った五十余名は、負傷により故郷に帰されたもの、他聯隊に移されたもの、戻る場所もなく二十七聯隊に留まったものと、それぞれがちりぢりになった。
    「我々の中隊もばらばらに解体されてしまったな」
    「はい……」
    「詮議のために中央に呼び出されたとき、もう北海道に戻れないかと」
    「はい……」
    実際のところ、鯉登が中央に単身で出頭命令を受けた時、これが今生の別れになるかもしれないと覚悟した。必ず戻ると言った鯉登の背中を、月島はその姿が旭橋の向こうに見えなくなるまで敬礼して見送った時のことを思い出し、確かめるように隣に並んで寝転がる上官の手に自分の手をそっと重ねた。
    「戻ってきて下さって良かった……本当に」
    「私一人の力ではない。お前が当初の打合せどおり奔走してくれたからだ」
    鯉登が自分の手を握る無骨な指先にそれよりは長い指を絡ませて頬に引き寄せた。
    「傷、遺ってしまいましたね」
    月島の太い指が鯉登の頬に峰のように走る傷跡を、壊れ物に触れるように優しく撫でた。
    「名誉の負傷だ」
    鯉登がそう笑うと月島は哀しい顔で笑った。
    「そんな顔をするな、月島」
    「……はい」
    手を伸ばした先にあるお互いの存在を確かめるように抱きしめあった。
    「いいですか……」
    「うん、よかよ」
    すいちょっどつきしまぁ、と鯉登の口から溢れた言葉に言葉もなく口付けた。

    ※※※


    いつの間にか眠ってしまった。体を起こすが窓のない部屋で時間がよく分からない。寝乱れた浴衣を肩に羽織り辺りを見回すと使っていない布団に赤いリボンと縄が散らばっていた。いつの間にか頭に付けたリボンもどこかへ飛んでいってしまったようだ。
    「そうか……そういう事なのか」
    鯉登が赤い縄に手を伸ばし、隣で眠る男の太い右足首に縄の片方をくるりと結びつけた。そして、縄のもう片方を自分の左足首に括るともう一度男の隣に寝転がった。
    「これで私たちは離れられぬという訳だ。縛ったのは私だがな。すまないが、諦めろよ月島」
    そして隣の男が起きるまで、もう一度瞳を閉じて眠ることにした。

    夢なのか、現なのか。
    冥界なのか、現世(うつしよ)なのか。

    そのどちらであっても、私はお前と一緒にゆきたいのだ、つきしま。
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    kinokohaus

    PASTイベントの無配です。原作軸月鯉。
    月下 くれないの 中央の詮議も落ち着いてやっと部下たちの身の振り方が決まり、鯉登も月島も一旦は第二十七聯隊所属のまま師団長預かりという体で纏まったころ。

    営外より師団へ戻る道中、にわかに薄暗くなり雲行きが怪しくなってきたため、急がねばと話していたところに突然の雷雨が行手を阻んだ。
    あっという間にずぶ濡れの濡れ鼠、雫の滴り落ちる軍帽のまま急いで近くの軒先へ身を隠す。しばらくすると厚く黒い雨雲は通り過ぎ、先ほどの雨が嘘のように月が途切れ途切れになった雲間から覗きはじめた。
    軒を借りた先は小さな宿らしく行燈が外に出され、外の腰掛けには背の曲がった老人が何やら麻の袋を足の間に置き一人座って店番をしているらしかった。
    月島はこのような場所に宿などあったものかと怪訝に思ったが、二人とも背が震えてくるほどの濡れ具合。軍人たるものいかなる場合に於いても動ずるような失態はあってはならぬが、こう冷えては体に良くはない。今のところ師団長預かりという、はっきりとした職責も任務も与えられていない宙ぶらりんな立場だ。将校である鯉登の帯同での外出であるから、服を乾かす程度であれば月島もろとも多少遅れても問題なかろうと、宿前の老人に部屋は借りられるかと声をかけた。
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