月下 くれないの 中央の詮議も落ち着いてやっと部下たちの身の振り方が決まり、鯉登も月島も一旦は第二十七聯隊所属のまま師団長預かりという体で纏まったころ。
営外より師団へ戻る道中、にわかに薄暗くなり雲行きが怪しくなってきたため、急がねばと話していたところに突然の雷雨が行手を阻んだ。
あっという間にずぶ濡れの濡れ鼠、雫の滴り落ちる軍帽のまま急いで近くの軒先へ身を隠す。しばらくすると厚く黒い雨雲は通り過ぎ、先ほどの雨が嘘のように月が途切れ途切れになった雲間から覗きはじめた。
軒を借りた先は小さな宿らしく行燈が外に出され、外の腰掛けには背の曲がった老人が何やら麻の袋を足の間に置き一人座って店番をしているらしかった。
月島はこのような場所に宿などあったものかと怪訝に思ったが、二人とも背が震えてくるほどの濡れ具合。軍人たるものいかなる場合に於いても動ずるような失態はあってはならぬが、こう冷えては体に良くはない。今のところ師団長預かりという、はっきりとした職責も任務も与えられていない宙ぶらりんな立場だ。将校である鯉登の帯同での外出であるから、服を乾かす程度であれば月島もろとも多少遅れても問題なかろうと、宿前の老人に部屋は借りられるかと声をかけた。
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