キス①薬を飲まないこの男に、強制的に飲ます行為はしてきた。
それも自ら。
だというのに、こういう状況となると、どうしてこうも悪い顔でとても楽しそうなのだろうかと頭を抱える。
「ンっ・・・・・・」
「どうした?」
降参か、と笑う顔が今日は少し恨めしい。
今日もいつも通り抑制薬を飲まないこの男に一通りのお願いを告げて、それでもツーンと顔を背ける相手に溜息交じりに薬を飲ませるのはもういつもの事だ。
いつもの事。
というより、医療部から「護衛として傍に置くのだからそれくらいはしてください、お願いしますね!」と渡されてしまった以上飲ませるのが自分の仕事だろう。
そう思うことにしたドクターだったが、今日はちょっとだけ、その役目を請け負ったことを後悔する日となった。
自ら抑制薬を飲まない男に、エンカクに飲んでもらう方法は一つだけ。
口移しの強制服薬。
ドクターが選んだのはこの方法だった。
おそらく食べ物に仕込んでもすぐに気づかれるだろう。
確か最初に飲ませたのも、治療は受けないと駄々をこねていた時だったような気がする。
あいにくと、ドクターは寝不足の寝不足過ぎて記憶が曖昧だったりするのだが、その時のことは当時護衛についていたグラベルとイーサンから聞いていた。
聞いていたし、エンカクからも苛立たしそうに。
「あんな飲ませ方をして。お前はなにを考えているんだ。ハァ・・・・・・次やったら、相応の覚悟をしておくんだな」
とも、告げられている。
告げられているのだが、一向にこの男は抑制薬を飲まないので、ドクターはどうせ観衆の目の前で口移しで飲ませてるのだから今更、いまさらだと続けた行為。
覚悟をしておけと言われはしたが、それから特に抵抗もなにもしてこなかったくせに。
何度も、なんども。
飲ませた後はどことなく、不機嫌のような、何かを押し殺すような顔をしていたのはいつも気にはとめていたが、まさかこんなことになるとはドクターは予想することは出来なかった。
「ッ、エン・・・・・・ッ」
いつも通りに薬を飲んだのを確認して、そっと顔を離そうとしたが、伸びてきた手がそれを妨げた。
慌てて逃れようとするも、口内に忍び込んだエンカクの舌が入り込む方が早い。
触れて、重ねて、絡まって。
身体の奥底にある欲を刺激する。
記憶を失う前の自分がどんな生活をしていたのか知らないし、思い出せない。
だからこうして唇を重ね合う相手が居たのかすらも分からない。
そもそも、こんな行為をした経験があるのか無いのか。
キスを・・・・・・それ以上の経験を、したことがあるのだろうか。
「はッぁ・・・・・・」
乱れた呼気に、濡れた唇。
ドクターの唇を無骨な指が拭った。
「次やったら、相応の覚悟をしておけと、そう言っただろう」
だからって、こんな意趣返しなんて予想していなかった。
触れる指を不満げに噛みつけば、短いため息を漏らしてエンカクがゆっくりとドクターから離れる。
「これに懲りたら、もう俺にわけのわからない薬を無理やり飲ませようとするなよ。いいな」
「・・・・・・ッ」
それはつまり、浸食する鉱石病にただ身を委ねるということか。
いや、それは最初から分かっていたことだ。
この男がそう在り、そう望んでいることも。
そう、分かっていたこと・・・・・・けれど。
「それは、聞けない」
「・・・・・・なに」
「言ったはずだ、君は『武器』として扱えと。そして私は何度もこう答えているはずだ、『私の『武器』ならば研ぐことも必要だ』と。『鈍らでは困る』と」
「・・・・・・ッ」
「君を、手放させないでほしい・・・・・・」
「クソ・・・・・・ッ」
悪態を漏らすエンカクに「すまない」と小さく漏らして、ドクターは今度は自らその身を離す。
その日はそのまま、互いに特に会話することもなく一日の業務を終える。
どうにもエンカク相手に感情を向けすぎているなぁ、と反省をしながら夜を迎えたドクターは翌日深いふかいため息を漏らすことになった。
「・・・・・・ねぇ、私言ったよね。薬飲んでって」
「さぁ、どうだったかな」
「確かにごちゃごちゃ装飾した言葉で言ったけども、ちゃんと、自分で薬飲んでねって言ったよね?」
ツーンと、ドクターの言葉に昨日同様顔を背けるサルカズに、フェイスガードの下でそれはもう苦々しい顔をしていた。
午前の護衛兼秘書役であったワイフーと交代で、いつものように執務室に姿を見せたエンカク。
それもういつも通り過ぎて、少し戸惑ったほどに。
そうしていつもの通り薬の時間となったので、エンカクの前に彼用の薬を置けば顔を背けられたのである。
「はぁああ・・・・・・」
「俺はお前の『武器』だと言ったな」
「・・・・・・え?」
「俺は『お前の武器』・・・・・・ならば、手入れは『持ち主』がするもんじゃないのか?」
それはもう悪い、わるい笑顔を向けてきたサルカズに売り言葉に買い言葉とばかりに「どうやっても自分で飲まない気だな!」と声を荒げたのだった。
問題は、そこではないと気づく日は、きっとたぶん、訪れないだろうな。
そう執務室の外でぼやくのは、たまたま通りがかった部署からドクター宛てに預かった書類を手にしたイーサンだった。