酒熱一人で飲むには少々量や種類がありすぎて。
いくつかお裾分けで譲渡したというのに。
だから、美味しそうな数本を棚にしまって、ドクターは残りを入れたバッグを肩に一人のオペレーターの部屋にきていた。
来訪を告げるボタンを押して、部屋の主がその扉を開けてくれるのを待つ。
扉の傍らに座り込み、端末を覗き込んでいれば、小さな音を立ててその扉が開いた。
「・・・・・・なんの用だ」
明日は別に休日ではないだろう。
そう言外に含んだ問いに、肩に提げたバッグの中身を見せた。
「酒豪たちにお裾分けしてもよかったのだけど、もっと寄越せと言われそうで。今回は他の人にちょっと分けたんだ」
「・・・・・・」
「それでも少し余ってしまって。それで、君の口に合うのがあればいいのだけど」
問いかければ無言のまま部屋の中へと促された。
部屋の主。
エンカクはドクターを置いてそのままバスルームへと消える。
出迎えたとき髪が濡れていたのは入浴後だったのだろう。
けれど、だとしたら普段あれほど警戒を・・・・・・と告げてくる彼らしくない無防備さだなぁ、とオペレーターの個室に常設されているテーブルの上へとカバンの中身を取り出していく。
「・・・・・・」
「ん?あぁ、こっちはイェラグのお酒らしいよ」
「送り主は」
「ちょっと調査をお願いしているオペレーターから」
「・・・・・・、なるほど」
伸びてきた腕がドクターの並べた酒瓶を手に取る。
それはカズデルの酒。
あとはその土地の麦酒が数本テーブルの上に並んでいた。
「明日は」
「午後に会議があるから午前は資料集めかなぁ」
「ならば少し付き合え」
どうせ全部置いていく気だろう。
持っていた酒をテーブルの上に戻し、エンカクは数本麦酒を掴むとベッドの上を指さす。
この部屋は常設のテーブルについた椅子もあるが、そこはエンカクのいつも着ている上着が先客として鎮座していた。
それ以外の家具もとくにないエンカクの自室は、ベッドの上をソファーがわりにするしかない。
部屋の主であるエンカクは、そのままベッドを背もたれに床に腰を下ろしている。
一応客扱いはしてくれるのか、と小さく笑いながらドクターもまたベッドを椅子がわりに乗り上げた。
無造作に缶を打ち合い『乾杯』の合図。
軽い音を立てて開けた缶を瞬く間に一本空け、二本目へと手を伸ばすサルカズにドクターもまた手にした缶に口をつける。
「おぉ、飲み安い」
「俺には水みたいなものだがな」
「一応アルコール度数はそこそこあるんですけどね」
「これで?ならお前にアレは無理だな」
アレ、とテーブルの上に残されたカズデルの酒。
ドクターがようやく一本開けた頃には、他の麦酒はエンカクによって飲み干されていた。
ロドスの酒豪たちほどではないが、エンカクもそれなりに呑む。
生まれ育った土地と環境によるものか。
それとも生まれついた性質か。
まさか持ってきた分その日に飲み干されてしまうとは思っても居なかったドクターだが、エンカクの言葉の方に興味がわきその視線は最後の一本へ向かう。
「そんなに強いの?」
「この麦酒の四倍」
「うぇ、わたしには無理」
「これの中身が本物なら、カズデルでもあまり出回らない品だ」
とはいっても、もう造る者すらもはや居ないが。
言いながら、躊躇いなく封を切ったエンカクはカズデルの酒を二口、三口味わうように飲む。
「・・・・・・どうやら本物らしい。少しばかり胃にくる」
「へぇ」
「飲んでみるか?」
珍しくそう聞いてくるのは、生まれた土地の貴重な酒を呑んだからだろうか。
少しばかり機嫌のよさそうなエンカクの姿に、無理だと分かっていても好奇心が高まる。
受け取った瓶に恐る恐る口を付けて少量くちに含んだドクターは、慌てふためくように瓶とエンカクを交互に見やった。
「ッ、・・・・・・ッ」
鼻を抜けていく薫りは最高の品だと分かる。
けれど、僅かに流れ込んだソレが喉を焼くような感覚にドクターは口に含んだソレを飲み下すことができない。
「無理か」
「ッ・・・・・・」
「来い」
ドクターの手から瓶を受け取り、そのままベッドに座っていた痩躯を引きずり下ろす。
エンカクは自身の足の上にドクターを座らせると、キツク閉ざされて唇へと自身の唇を重ね合わせた。
一体なにを、と戸惑っている間に引き結ばれていた唇を割り裂き、エンカクの舌が侵入を果たす。
そのままあっという間に口内に残っていた酒を奪われていく。
拭いとるように、口内を舐めつくしたエンカクの舌が引き抜かれ、離れる間際濡れた唇をひと舐めされた。
どうして、一体なにごと、と舐めた程度の量で酔いが回り始めたドクターがエンカクを視線で問えば、やはり少し上機嫌な焔色の双眸と重なり合う。
その視線に、ぞくりと這い上がるのは酒による酩酊か、それとも胎の奥底に灯った熱のせいか。
誘われる蝶のように、ふわりと先ほど重なり合った唇へと今度はドクターから触れる。
薄い唇を甘く吸ってから引き入れられるようにエンカクの口内へと舌先を伸ばした。
鋭い犬歯に触れたと思ったときには、待ち構えていたかのようなエンカクの舌に絡み取られる。
「エン、カク・・・・・・」
制止か、それとも続行か。
漏れ出た呼び声すらも飲み込まれて、そのまま酒の味が口内から消えまで・・・・・・消えてもなお、二人離れることはなかった。
「―――うぅ・・・・・・」
「ど、ドクター?」
「ううううう」
呼び声に返る唸り声。
ペンギン急便から受け取ったという荷物を持ってきたオペレーターの声ですらガンガンと頭に響くような痛み。
フェイスガードの下で苦悶の表情を浮かべるドクターの後方で、珍しく見て取れるほどに機嫌のよさそうなサルカズの護衛の姿があったとか、なかったとか。