碧棺左馬刻生誕祭2022 一郎は悩んでいた。
「あ〜〜〜ど〜〜すっかなぁ〜〜〜。」
目の前にはそこそこお高い石の付いた指輪。
今は緑色に光るソレは自分の為のものではない。
夜は赤く光るという宝石と聞いて、思わず浮かんでしまったのだ。
傍若無人、唯我独尊、俺様何様左馬刻様が。
(こ…いびとになってから、左馬刻に贈り物ってしたことねぇな。)
一郎は充分すぎるぐらい左馬刻からの愛情を貰っている。それに対して一郎も報いようとするのだが、
「ガキからなにか貰おうなんざ思っちゃいねぇよ。」
という一言で封じられてしまう。
同時に左馬刻からは、
「今まで散々傷つけちまったんだ。だからテメェが俺様の事で金使う必要はねぇよ。それくらいなら弟共に取っといてやれ。」
と、デロデロに甘やかされてしまうので、左馬刻が共にいない今、金銭にも余裕のある今日、一郎は運命の出会いをした気分だった。
(昔……左馬刻がピアスくれた時もこんな気持ちだったのかな。)
TDD時代に耳を飾っていた赤色を思い出す。
貰った時は嬉しくて、今にも舞い上がりそうになる気持ちを抑えようとして失敗し、その日と次の日は一日中油断するとニヤニヤしてしまっていたのを覚えている。
まるで左馬刻がいつも隣に居てくれている気分だった。
離れていても常に共にいてくれる気がして、鏡を見る度に勇気付けられたあの、赤。
……その後、決別したあの時は、それまで勇気をくれていた筈の両耳の赤色が、辛くて、信じられないくらいに重くて、捨てようとしたのに捨てられなかったあの、ピアス。
(結局捨てないで、今もこうして俺の両耳に収まってる訳だが。)
スリ…と耳のピアスに触れつつ目の前の指輪に再度目を向ける。
(左馬刻にも、俺だと思って持ってて貰いてぇな、なんて……。)
そこまで考えて、一郎は顔を赤くした。
(バッ……な、何考えてるんだよ俺ぇ!ど、独占欲とかそんなんじゃ)
「何百面相してんだテメェは。」
ぽすん、と一郎の頭に大きな手が乗る。
「えっ、あっ、左馬刻!」
目を白黒させる一郎に、珍しい場所で恋人を見かけて声をかけた左馬刻は一郎の視線の先を眺めて首を傾げた。
「珍しくテメェが宝飾店の前で百面相してっから何かと思ったら……。」
しげしげとその指輪を眺めていた左馬刻は一郎へ視線を戻す。
「欲しいんか?」
「違ぇよ!ちょっと待ってろ!」
いつも一郎に関して察しのいい左馬刻にしては、余りにも鈍い発言に先程まで悩んでいた姿はどこへやら。
一郎は目の前の宝飾店へと飛び込んで行き、やがて店員が左馬刻の目の前のショーケースに飾られた指輪を下げに来た。
数分後。
「おまたせ。コレ、やる。」
ぶっきらぼうに突き出された一郎の手元には、丁寧に包装された小さな紙袋が下がっている。
一瞬いつもの悪態が出かけたが、目の前にいる一郎が、まるで初恋をした生娘のように耳まで赤くして、手は緊張のためか、カタカタと震えている。
「……おう。」
そのため、左馬刻が素直に受け取ると、ふうっ、と一郎は大きく息を吐いた。
「オイ、開けていいんか?」
ハァハァと肩で息をする一郎に、聞けば、照れ臭そうに
「……好きにしろよ。」
と返って来たので、丁寧に包まれた小箱を剥がすと、出て来たのは先程までショーケースに飾られていた緑色の宝石だった。
「………誕生日、おめでとう左馬刻。それ、さ。アレキサンドライトっつー石なんだけどよ。」
「昼は緑、夜は赤く見えるっつーアレか。なんでまた?」
一郎がすべて言い終わる前に言葉尻を引取って続ける左馬刻に、一郎は大きく頭を掻いた。
「は……はは、やっぱアンタは知ってたか〜。」
「……まあこんな仕事してりゃある程度宝石(イシ)の値段なんて覚えるし、価値もわかるようになるからな。」
指輪をケースごと角度を変えながら眺める左馬刻に、一郎は顔を赤くしながら小声で告げた。
「その、アンタに……持っててもらいたかったんだ、それ。」
一郎の様子を、珍しいものを見るように見ていた左馬刻に、更に言葉を続ける。
「昔さ、TDDの頃左馬刻が俺にピアスくれた事あっただろ?」
言われてあの頃の事を思い出す。
左馬刻の中に初めて生まれた、自分と合歓以外の大切な存在。
どうしようもなく焦がれて、けれど未成年に手を出す訳にはいかなくて、その辺の女で発散した事も数知れず。
左馬刻が女の肩を抱いて去っていく様に、一郎が寂しさと独占欲の混じった視線を向けていた事を知ったのはいつだったか。
それを知った瞬間、全身に歓びが駆け巡ったのを今も覚えている。
(ンな物欲しそうなツラされたら、コッチだってその気になるだろうが。)
その直後だ。一郎が自分の物であることを知らしめる為に、一郎の両耳にピアスを開けたのは。
さながら左馬刻の瞳の色を溶かし込んだような色のその石に、一郎が涙を滲ませながらも嬉しそうに笑った姿は、決別していた間も、何度も左馬刻の胸を焦がした。
「……そんな事もあったな。」
「でさ、俺、あのピアスもらった時、いつも左馬刻が一緒にいてくれた様な気がしてたんだ。
クソな出来事があっても、いつもアンタが側にいて見守ってくれてる気がして……何度も励まされたんだよ。」
決別していた時は外しちまったけどな、と頬を掻きつつ言いにくそうに視線を僅かに逸らした。
「だから、さ。コレは俺の代わり。
いつも一緒にいられない事だってあるだろ?この指輪が俺の代わりに左馬刻を」
そこまで言って一郎は自分が煙と香水の入り交じる、大好きな香りに包まれているのに気がついて頬を緩めた。
「……ありがとうな。」
低く、耳元で囁かれる言葉に、一郎は小さく頷く。
「おう、さっきの続きだけどさ、左馬刻を守ってくれるといいな、って。アンタの母さんには敵わないかもだけど。」
少し体を離して左馬刻の左腕を取る。
「左馬刻は……仕事が仕事だから、お守りはいくつあっても足りねぇだろ?」
ニッと笑いながら言う一郎は、左馬刻が持っている小箱から指輪を取り出して、左馬刻の中指に嵌める。
「おっ、ピッタリだな。」
しげしげと指輪を眺める左馬刻に、一郎は得意げにフフンと鼻を鳴らす。
「てか、薬指じゃなくていーんか?」
ニヤリと笑う左馬刻に、一郎も同じ顔で笑い返す。
「薬指は、期待してもいいか?」
その様子に、左馬刻の胸にじんわりと温かいものが広がる。最初は左馬刻に遠慮して、何も願わなかった男。決別し、ようやく復縁した時も、左馬刻になにも期待してなかった一郎が、今、左馬刻に遠慮なく永遠の約束を強請っている。
「おう。」
ゴツ、と拳を合わせてから並んで歩き出す。
さながらこれからの未来を示すように。