「何を作っているんだ?」
後ろから覗き込むように、キースの手元を見る。その手には包丁と、まな板の上には様々な野菜が並べられていた。
久しぶりにあわせたキースとのオフ。いつもはどこかに行くことが多いが、たまにはこんな日があってもいいだろう、と1日何もせずだらだらと過ごした。ちょっと散歩したり、映画を見たり、ただ話していたり。忙しい日々の合間、穏やかな時間を過ごした。そんな時間も終わりに近づく、外の日は傾き、遠い空が紫に色づき始めていた。
「ん~?豚汁でも作ろうと思ってな」
「豚汁か!」
それを聞いて改めて野菜を見れば、大根や人参、ねぎなど、それからみなれないものも。
「それは?」
気になるものを指す。キースは緩やかに、指を指した方向に視線を向けた。
「これはな~、サトイモ」
「サトイモ?」
つるんと、歪な楕円のような形をしたもの。サトイモ、名前を聞いたことはあるが食べたことはまだない。今から食べるのが楽しみだ。
「この前、飲み屋でよく会うおっさんにパトロール中に会ってよ、何でもサトイモを作りすぎたからもらってくれって、断り切れなくてもらっちまった。今度会ったら酒の一杯でもおごってやんねえとな」
言って、楽しそうに笑う。こんな笑顔を自分以外がさせていることに少しの嫉妬をする。自分はいつから嫉妬深くなってしまったのか。
「そうか…、ご飯を作るなら俺も手伝う、何をしたらいい?」
「そうだな…、とりあえず人参の皮でも剥いてくれ」
「わかった」
ほい、とピーラーと人参を渡される。それを受け取って、キースの隣に立つ。静かに、スッスッと皮を剥く。横からはトントンと、リズミカルに切る音が聞こえる。特に会話もなく、静かな時間、道具が出す音が絶え間なく響くだけ。材料を切って、炒めて、煮込む。その間に、キースはもう一品作ると言って、料理をする手を動かす。俺はテーブルを片付けつつ、食器の準備をする。くつくつと心地良い音に、おいしそうなにおいがし始める。においにつられて鍋の方を見ると、キースにちょいちょいと招かれて、素直に近づく。その手にはおたまと、小皿。
「ブラッド、味みてくれ」
渡された小皿には、淡く色のついた汁が入っていた。それを飲むと、口に優しい風味が広がる。ほっ、と息が出る。
「うまい」
「うし、じゃあこれで完成~っと」
「もう食べるか?」
「他のおかずもできてるし、出来たてのがうまいだろ」
「そうだな、じゃあ早く食べるぞ、準備は出来ている!」
言った瞬間、キースがふは、と笑う。自分でも、はやる気持ちが表に出ていたとわかるが、笑うほどでもないだろう、そう思ってムッとする。顔で不満を訴える。
「悪かったって、ほら飯食うんだろ?準備しようぜ」
ポンポンと頭を撫でられる。それで許してしまう自分の単純さに呆れてしまう。全部キースの方が悪いと、キースのせいにする。
「ぶえっくしゅ!」
タイミングを見計らったかのようにキースが目の前でくしゃみをする。それで少し気分をよくなる。全部キースが悪いからな。
よそわれた料理がテーブルに並ぶ。本日のメニューは、ご飯、チキン南蛮、ほうれん草のごま和え、豚汁。珍しくビールがない。
「キース、ビールはいいのか?」
「あ~、今日はいいや」
少しぎこちなくキースは答える。不審に思って、声を掛ける前にキースの言葉が続いた。
「ほら、さっさと食おうぜ、料理が冷めるぞ」
「あ、ああ」
キースに急かされるように手を合わせる。
「いただきます」
「いただきます」
いつもの挨拶をして、箸を持つ。最初に豚汁を飲む。体に染みる温かさに心が落ち着く。楽しみにしていたサトイモは思っていたよりも熱く、口に入れたときに内心慌てた。しかし、それよりも溶けるような食感と味がおいしい。熱くておいしい。
「うまいな、サトイモも上手い。」
「お~、よかったよかった、おっさんに伝えとくよ」
キースはまるで俺の感想を待っていたかのように、一言感想を告げてから箸を持った。先ほどから何度もひっかかりながらも、自分の食欲に負けて、そっとする。次にチキン南蛮を食べれば、ザクリといい音がする。甘酸っぱいタレに、タルタルソースが絡まって、箸が進む。タルタルは大きめの卵が入っていて、食べ応えがある。
「このタルタルソースうまいな」
「だろ~?」
嬉しそうに笑うキースに胸が鳴る。こういうところで、俺は、また、キースが好きなのだと、再認識する。
ご飯を食べて、茶碗が空になってきた頃、キースがそわそわとし出す。その様子にさすがに疑問を投げる。
「どうした?今日はずいぶん落ち着かないようだが」
「あー、っと、えーと」
歯切れの悪い返事に、視線はさ迷っている。煮え切らない態度に堪えきれずに、少し強い口調が出る。
「はっきりしたらどうだ?」
「あーっと、ブラッド…さん」
キースはさ迷っていた視線をこちらに向ける。吸い込まれそうな緑が、まるで俺を捕らえるように、見ている。
「何故敬語なんだ」
「その、ですね、」
言うことをためらってるのか、いつまでもはっきりしない態度をとる。そう思っていたら、いきなり目の前に箱が差し出される。
「…なんだ?」
「あー…開けてみてくれ」
言われたまま差し出された箱を開ける。そこにはきらりと光る銀のリング。それが意味することを知らないわけではない。
「ブラッド、」
呼ばれて顔を上げる。そこには顔を真っ赤にしたキース。
「オレと、結婚してくれ」
まっすぐと、目が、俺を見てくる。今自分がどんな、どんな顔をしているか分からない。心臓はさっきからずっとうるさい。時の流れが遅く感じて、口が渇く。
「…キース」
絞り出してキースの名を呼ぶ。
「…はい」
キースがか細い声で返事する。
「毎日、何か作ってくれるか」
素直になれなくて、ちゃんとした返事を返せない。キースも想定外らしく、驚いた反応をする。それから、ふっと表情をゆるめる。
「ああ、作ってやるよ」
「では、貴様と結婚してやる」
また素直になれない返事。精一杯の照れ隠し。キースは声を出して笑う。
「こんな時まで素直になれないとは、難しい性格だな」
「…うるさい、悪かったな」
「悪かねえよ、そういうところを含めてお前を好きになったんだからな」
「っ、」
真正面から投げられた行為に言葉が出ない。きっと今、俺の顔は赤くなっている。それに気分を良くしたのか、キースの口は弧を描いている。それから、もう一度、真面目な顔になる。
「じゃあ、改めて言うぞ、ブラッド、今度はちゃんと答えてくれよ」
それに返事は出来なかった。心臓がずっと爆発しそうなほどうるさいんだ。
「ブラッド、オレと結婚してくれるか?毎日うまいの作ってやるからよ」
ひどく緊張している。口は上手く動かないけれど、
「もちろんだ、これからも末永くよろしく頼む」
返事を返す。一瞬の沈黙の後、どちらからともなく笑う。忙しい日々の、ほんの少しの幸せの時間。これからもずっと一緒に。