作る理由は ブラッドとオフが被った。運良く重なったのか、ブラッドがこっそり調整したのかは分からないが、いずれにしろオフが重なるのは本当に久しぶりだった。いや、実際には何度か被ってはいたが、緊急出動なり、もともと被っていたがどちらかが急に仕事だの用事だのと神様にいたずらにもてあそばれていた。
そんなわけで、オフが重なっている日の1週間くらい前からオレはらしくなく、ティーン顔負けなほどにそわそわしていた。ジュニアからは気持ち悪い、フェイスからは変な物でも食べた?と、ディノからは通常運転ラブアンドピースと言われた。ルーキーからの扱いがいささかひどくないか?という言葉はぐっと飲み込んでおく。さらにこの1週間は、さながらブラッドのご機嫌取りでもするかのように非常に真面目に職務に取り込んだ。変なことでオフの時間を侵食されてはかなわないからな。そんなオレにブラッドは、頑張っているなとか、そんな労いの言葉がないどころか、変な物でも食べたか?と。兄弟はこういうところでも似るんだと変に感心してしまった。そんなこんなで、オレはブラッドとのオフを誰にも邪魔されずに過ごすため、あくせく働き、謎に禁酒までしていた。オフの前々日には、ジュニアに本気の心配をされた。それくらい、自覚はあったがいつもと様子が違っていたらしい。
オレは様子のおかしい1週間を過ごし、ついに明日は待ちに待ったオフの日となった。今度こそはゆっくり過ごせるように、と普段はしない神頼みをしながら、今日は少し早めに仕事を切り上げる。一度自分の部屋で着替えて、最低限の荷物を持ってブラッドのところに向かう。ブラッドは早めに、というよりも司令部に休めと怒られて今日の午後から休みを取っている。本人としては、明日はオフだからともう少しやりたかったのか、不服そうな顔をしていた。待ち合わせはサウスの部屋、ブラッドには迎えに行くと伝えていた。サウスの部屋の前に着き、目の前の扉がシュインと音をたてて開く。扉が開いて見えるところ、ブラッドはソファに座って何かをしていた。集中しているのかこちらには気づかない。驚かせたいというほんの少しのいたずら心と、何をしているか気になるという好奇心を携えて静かにブラッドに忍び寄る。そっと背後に立ち、その手元を覗きこむ。その手にはタブレット、画面には明らかに会議資料が映し出されている。
「はぁ~~~」
ため息がでる、でかいため息。目の前のブラッドはよほど集中していたようで、びくりと肩をゆらして振り返る。その目は文句を言いたげだ。文句を言いたいのはこっちの方だ。文句を言う代わりに、ブラッドの手からタブレットを奪う。
「おい!何をする!」
目線が先ほどよりも厳しくなって、今にもその口から文句が飛び出しそうだ。
「休めと言われてたのに仕事するお前の方が悪いだろ」
オレの正当な言葉に、ブラッドはぐっ、と言いたかった文句を飲み込んでいる。まったく、とんだワーカーホリック様である。
「休まずに仕事するのは効率的とは言えねえんじゃねえの?」
「…ちゃんと休んでから、あくまでも書類に少し目を通していたまでだ」
なので、ブラッドの言い分はあくまで効率的であるらしい。もう一度ため息を吐く。ブラッドは、ムッとした表情をしたまま。結局、こいつはオレの言うことを聞きやしない。ブラッドがそうだと思うのなら、まあそうなのだろう。まあ、恋人として心配という問題はまた別だけども。ブラッドの手から奪ったタブレットを机の上に置く。これ以上何か言うのは逆効果になることを知っている。だから、次に取る行動は、
「まあいいや、オレんちに行くんだろ?早く準備して行こうぜ」
「あ、ああ…」
もう少し怒られると思っていたのか、ブラッドは少し拍子抜けしたみたいな顔をしている。
「ただし、タブレットとか、その他仕事に関わるもんは持ってくなよ?」
「わかっている、もとからそのつもりだった」
だから、少し仕事をしておこうと思っていたんだ。なんて、聞こえるか聞こえないかくらいの声で言ったことは聞かなかったことにしておく。暗にお前とゆっくりしたかったと言ってるみたいな、ブラッドも、オレと過ごす時間を何にも邪魔されたくないって思ってたのかも、なんて自分の都合の良い解釈をして空回りすることは恥ずかしい。それでも、そう期待してゆるんだ頬は隠しきれなかったらしい。
「キース、だらしない顔をするな」
荷物を部屋まで取りに行って戻ってきたブラッドにピシャリとご指摘を受ける。もとはと言えば、どこかの誰かがデレを見せたせいだ。それが自覚なしだからたちが悪い。
「へいへい、もとからこの顔なんでね」
軽口を返す。ブラッドの表情だって、本人は気づいていないだろうけど、少し浮ついた様子がにじみ出ている。人のことは言えない。
「んじゃ、行くか」
「ああ」
サウスの部屋を後にして、ブラッドの車に向かう。今日はブラッドの車でオレの家まで行く。その前に、足を伸ばしてグリーンイーストにあるでかいスーパーへ。各国の調味料やら食材を集めたそこは、和食の材料を買うのにうってつけだ。
「ブラッド、今日何食いたい?」
出発した車内、助手席からブラッドに質問を投げかける。
「…そうだな…」
ブラッドは黙り込む。何を作ってもらうか、真剣に悩んでいる。何もそんなに悩まなくとも、言ってくれればいつでも、何でも作ってやるが。お前に料理をしてやるのは今日だけじゃないんだから。
「…からあげが食べたい」
「お~、いいぞ~」
以前、ブラッドの誕生日に合わせてウィルにからあげの作り方を教えたが、どうやらそれ以来、からあげがお気に入りらしい。それもそうだ。ブラッドの好みの味付けだという自信がある。日本で相手の胃袋をつかむことは大切だ~みたいな話があると聞いた事があるが、あながち間違いじゃないのかもしれない。うんうんと、一人で勝手に感心する。
「何をしている?もう着いたぞ」
オレが考え事をしている内に、目的地についてしまっていた。キッとブラッドは駐車まで済ませている。
「んじゃ、パッと買い物済ませてくるか~」
車を降り、ブラッドと並んで店の中に入っていく。カートにカゴを乗せて、店の中を回る。調味料はある程度そろっているから、と頭の中に家にあるものをリストアップする。それから買う必要があるものを、鶏肉に、薄力粉、とからあげに必要なものとか、明日の朝ご飯用に食パンとか、ぽんぽんとテンポ良くカゴの商品を入れていく。あとは、
「明日の昼はどうする?」
店内の様子を眺めていたブラッドに声をかける。少し迷うそぶりをして。
「パスタはどうだ?」
普段こういうときは和食をリクエストするブラッドにしては珍しい提案。
「じゃ~パスタな」
麺コーナーでパスタを調達。あと、何となくで食材を選んでいく。適当でも料理は案外なんとでもなる。大体買いたいものをカゴに入れ終え、買い忘れはないかとカゴの中を確認する。
「おい、」
後ろからブラッドに声をかけられる。
「ん?」
振り返ればその手にはビールが2本握られている。
「珍しくビールを取っていなかったから取ってきたが、いらなかったか?」
「うおっ、忘れてた、ありがとなブラッド」
ブラッドからビールを受け取って、今度こそレジに並ぶ。時間帯もあって、人が少し多く、会計を終えるのに少し時間がかかってしまった。荷物を持って店の外に出ると、一足先に出ていたブラッドが車の前で待っていた。2人で手分けして、買った物を車に入れる。
「んじゃ、引き続き運転お願いします」
「ああ」
少し大げさにブラッドに手を合わせてお願いする。短い返事の後、エンジンをかけて、車が走り出す。車の中では、他愛のない話とか、ルーキー達の話とか、ぽつぽつと話していた。東から西まで、プチドライブくらいの距離と時間をかけて家に着く。荷物を持って車を降りて家の中に入る。
「ブラッド~、買ったもんいろいろ冷蔵庫に入れといてくれ」
「ああ、わかった」
買った物をブラッドに任せて、オレは早速料理にとりかかる。米を炊く準備をして、からあげに下味をつけて、肉を寝かせている間にスープを作ってしまおう。今の作業をしながら、次の、その次の工程と、どんどん頭の中でやることを描いていく。
「キース、何か手伝えることはあるか?」
ブラッドがとことことそばに寄ってきて、後ろから覗き込んできた。冷蔵庫に食べ物を入れ終えて、最初のうちはソファに座って本を読んでいたブラッド。何となく落ち着かなくて、何か手伝いを申し出て来てくれたんだろうが、
「ん~?いや、ブラッドは休んでろよ、大人しくしてることが仕事とでも思っとけ」
「…わかった…」
言われて、ブラッドは大人しく先ほどまで座っていたソファに戻る。時折ソワソワとこちらの様子を気にかけるように見てくる。背中からひしひしと視線を感じて落ち着かないが、見るなとも言えない。いつもよく視線を向けてくるが、今日はそれ以上に見てくる。気を紛らわせるように料理に集中する。スープが出来て、ご飯が炊けた音がする。からあげは揚げ物ならではのいい音を立てながら揚がっていく。ブラッドは、また近くに寄ってきて、あげている様子を興味津々という感じで見ている。
「ブラッド、そろそろ出来上がるからサラダの用意をしてくれるか?」
からあげの最後の1個を油から引き上げながらブラッドに声をかける。
「ああ、わかった」
ブラッドは冷蔵庫から、先ほど買ったレタスを出して、ちぎっては皿に盛っていく。オレはその間にスープやご飯をよそって、テーブルに運ぶ。ブラッドが作った、レタスとミニトマトのシンプルなサラダもテーブルに出そろい、少し遅めの夕食を食べる準備が出来た。昔ブラッドにならった、日本での食前の挨拶。手を合わせて、声をそろえて。
「いただきます」
ブラッドはスープに手を伸ばして、一口飲む。オレはいそいそと缶ビールを手に取り、プルに指をかけてあける。ごくりと一口飲んで口に広がる苦みを楽しむ。
「お前の作るスープの味はいつも少しずつ違うが、いつも決まってうまいな」
その表情はすっかり緩みきっていて、スープの温かさのおかげかブラッドの頬はほんのり色づいている。その表情を見れたなら、オレは作ってよかったと思う。
「いつも目分量で作るからな、今しか味わえない味だからちゃんと堪能しろよ~」
素直に褒められた恥ずかしさを、隠すように茶化してみせる。
「ああ…」
生返事。心はすっかり料理に奪われてしまったみたいだ。次にブラッドの箸はからあげに向く。オレもブラッドと同じようにからあげを取る。少し大きめに作ったからあげにかぶりつく。ざくっとした衣に、噛んだ瞬間口に肉汁が広がる。味もよく染みついていて、ビールと良く合う。口にからあげの余韻を残しながら、ビールでそれを流し込む。
「ぷは~~~~」
あまりに良くて声が出てしまう。ブラッドの方を見れば、料理をおいしそうに食べている。唇が油のせいで少し艶めいて、もぐもぐと咀嚼している。からあげを食べて、次に白米。ちゃんと間にもサラダを挟んで食べている。食べるのに夢中で、その様子がかわいいなあなんて、頭に浮かんだ。会話はないが、それはおいしかった証拠だ。ブラッドは食べることに夢中だと、話す余裕がなくなる。いや、正確には料理をしっかり味わいたいのかもしれない。そのことをちゃんと聞いた事はない。どちらにせよ、ブラッドはいつも、大切にするようにオレが作った料理を食べる。普段食事を雑にすませてしまうことが多いブラッドだが、本来食べることは好きな方である。嬉しそうに、夢中になって食べるブラッドが見たいからオレは料理をする、最近になってやっと気づけたことだ。
「今日のからあげはいつもと少し違うな」
こくん、とブラッドの喉が動いて、もくもくと食べていたブラッドが口を開いた。ブラッドの茶碗の中のご飯はもう残りわずかになっていた。
「お、よく気づいたな、何かわさびを入れるとさっぱりした味になるらしくて入れてみたんだよ、どうだった?」
「いつもの味もおいしいが、いつもよりさっぱりしていて食べやすかった」
「お~、お~、ならよかったよ」
「ああ、いつもキースの料理はおいしいな、ありがとう」
面と向かってお礼を言われる。まっすぐなお礼に、酒が入って赤くなった頬がさらに赤くなりそうだ。
「いや…いいよ…まあ、また作ってやるからさ…」
恥ずかしさを紛らわすように、ぐびりともう残り少ないビールを飲んだ。そのビールはすっかりぬるくなってしまっていた。
それからまた、無言で、お互いもくもくと食べ進める。皿の上はすっかり綺麗になってしまった。
「っはあ~、食った食った」
「ああ、おいしかった、もうお腹いっぱいだ」
大げさにお腹をたたくような仕草をする。ブラッドは近くに置いておいた紙ナプキンで口元を拭っている。そして、一度視線を合わせて、お互い手を合わせて、あいさつをする。
「ごちそうさまでした」
カチャカチャと音をたてながら、食器を片付ける。
「ブラッド、あとはオレが片付けとくから、先に風呂に入ってこいよ」
「いや、片付けまで任せるのは申し訳ない」
「い~んだよ、こういう時ぐらい甘えとけって」
ぐいぐいと背中を押して、ブラッドを風呂場の方に向かわせる。言葉で言うだけじゃ足りないから、言わば実力行使。
「わ、わかった、わかったから押すな」
押し負けたブラッドは着替えを持って風呂場に向かった。オレはその間に洗い物をすませてしまう。洗い物を終えて、特にすることもなく、ソファに座ってブラッドが戻ってくるのを待つ。間にディノから、調子はどうだ?ってメッセージにからあげの写真を送ってやった。そのせいで、今度ディノにからあげピザを作る約束を取り付けられた。
丁度ディノとのメッセージのやり取りと終えたくらい。ブラッドが風呂場から戻ってきた。
「あがったぞ」
暖まったおかげで全体的に肌がほんのり色づき、濡れた髪をタオルで拭きながらこちらに向かってくる。毎回思うが、本当に目に毒だ。
「んじゃ、オレも風呂に入ってくるわ」
何でもないように装って言う。
「ああ」
オレと入れ替わりにブラッドはソファに座る。オレは着替えを持ってさっさと風呂場へ向かう。
酒が入っているので、風呂に入るのもそこそこにさっさと上がってくる。リビングの電気はついているのにブラッドは見当たらない。風呂に入る前までブラッドがいたソファに近づくとブラッドが横になって寝入っていた。司令部に休めと怒られるくらい働きつめていたから、お腹いっぱいになって、体があったまったら眠くなったのだろう。綺麗な寝顔、いつも美人だけど、寝ているとより一層綺麗な気がする。まあ、小言が飛んでこないからかもしれないが。このままここで寝かせるわけにもいかないから、頬を少しつついてみるが起きる気配はない。
「よっ、と」
起こすことは諦め、ブラッドを抱き上げて寝室に向かう。こういうとき、オレの能力は便利だな~とつくづく思う。部屋の電気を着けたり消したり、ドアを開けたり閉めたり、両手が塞がっているときには大助かり。ブラッドが起きていたら、そんなことに能力を使って~なんて怒られていたかもしれない。
2人で寝れるようにと買った大きいベッドにそっと下ろして、布団をかけてやる。ブラッドはすうすうと穏やかな寝息をたてている。髪をそっとなでて、唇に軽くキスを落とす。
「おやすみ、ブラッド」
一言つぶやいて、ブラッドの隣に横になる。
次の日の朝の目覚めは衝撃的だった。唇に何かが触れる感覚に意識が呼ばれる。瞼を開けると視界はまだぼやけていたが、マルベリーの色が視界のほとんどを占めていた。次第に視界がはっきりしていって、目の前には綺麗な顔、ブラッドの顔がすぐそばにあった。思わず息をのんだ。朝から想定していない至近距離のブラッドは心臓に悪い。ブラッドの閉じられていた瞼がゆっくり開かれる。ほんの数秒が永遠にも感じられるほどで。開かれた瞳と目があう。甘さを煮詰めたようなマゼンタの瞳がじっとこちらを見据えて、ふっとその目が弧を描く。
「おはよう、キース」
「お、おは…オハヨウゴザイマス…」
朝ということに加えて、未だに理解が追いつかない状況に、思考がうまくまとまらない。返事も片言になってしまう。元凶となったブラッドはクスクスと笑って、上機嫌だ。
「起きたなら朝ご飯にしよう、キース」
ブラッドは上体を起こして、オレと距離を取りながら言う。それはかまわないが、オレの心臓は先ほどからバクバクとうるさくて仕方がない。
「いいけど…少しだけ時間をくれ…」
うるさいくらいの心臓に、きっとすっかり赤くなった頬を隠して、落ち着くまでの時間を請求する。
先ほどの出来事から数十分後、オレはキッチンに立っていた。昨日の残りのスープを火にかけながら、どこかのラブアンドピースが口癖な同期のおかげで作りなれたピザトーストを作る。ディノ直伝のピザソースをパンに塗り、その上に具材を並べて、チーズをのせる。それをトースターに入れて、焼く。横では、ブラッドが昨日みたいにサラダの用意をしてくれている。ブラッドを見ると、さっきの出来事がフラッシュバックして、また顔が赤くなりそうになる。チンとタイミングを見計らってくれたかのように、トースターが完成を知らせる。スープもくつくつと煮立ってきた。鍋の火を止めて、先にトースターからピザトーストを取り出してサラダが既に置いてあるテーブルに並べる。次にブラッドがよそってくれたスープを並べる。出そろった料理を前に、昨日みたいに手を合わせて、息を合わせて、
「いただきます」
最初にスープを一口飲む。その温かさが身に染みる。ブラッドはトーストにかじりついていたが、思っていたよりも熱かったみたいで、はふはふと、口内の熱さを逃そうとしている。おまけに、口の端に少しソースがついている、はたしてブラッドは気づいているのか。その様子がかわいくて、ついつい見てしまう。ブラッドはやっとピザトーストを飲み込めたみたいで、こくんと喉が下に下がる。それから、指で口の端についたソースを拭い、ペロ、と行儀悪くなめてしまう。やっとこちらの視線に気づいたブラッドはキッと険しい顔になった。
「自分の食べ物に集中しろ」
ブラッドは一言文句を言って、スープの入ったマグカップを手に取り、一口飲む。ほう…とため息のように息をついている。その様子にもついつい目を奪われるが、文句を言われる前に視線を外して、ピザトーストを一口食べる。チーズが伸びて、それがこぼれないように、伸びたチーズを口で追う。ディノ直伝のピザソースはうまい。具材と見事に調和をとって、一口、また一口と食べたくなる味だ。濃い味なのに、くどくない、そんな味。お互い食べるのに夢中になって目の前のピザトーストを食べ進めていって、お互いに、もうあと何口かで食べ終わるくらいになった。
「で、今日は何する?ブラッド」
オフが被った。それだけで、何をするかとかは特に決めていなかった。オレとしてはブラッドと過ごせればそれでいい。
「そうだな、今日は天気もいいし、洗濯して、掃除もしよう」
前言撤回、掃除以外なら何でも良い。
「はぁ~?オフなのにわざわざ掃除すんのかよ」
「オフだからするんだろう、オフじゃないと十分に時間がとれないからな」
ブラッドは、もうそうする、と決めたようで、オレがどんなに言っても、もう何も聞いてくれないだろう。実際問題、掃除出来ていなかったので掃除はした方がいいし、洗濯日和なのも確かで。でも、なんかもうちょっといちゃいちゃしたかったな~なんてことは思わなくもないわけで、けれどそのことはそっと心にしまっておく。掃除をさっさと終わらせてしまえばいいわけだから。そんなことを考え終わる頃には皿の上からピザトーストはなくなっいた。そうとなれば、手を合わせていつものあいさつをする。
「ごちそうさまでした」
オレが食器の片付けをしている間に、ブラッドは一足先に掃除を始める。ブラッドの掃除は、それはそれは丁寧で、最初の頃よりも綺麗なんじゃないか?と思うくらいにピカピカになる。それぞれ分担して、効率的に掃除を進めていく。1人用にしては少し広い部屋。掃除をするにも一苦労だ。途中ブラッドに、こまめに掃除しろと言っていたのに、と小言をもらされたが、ホコリやら汚れやらが大分たまっていたらしい。残念ながら、オレはブラッドに尻でも叩いてもらわなければ、普段はあまり掃除をしない。ブラッドの小言が一週間分くらい飛んだ掃除も最後にゴミをまとめておしまい。その時には、もうお昼の時間になっていた。
「もうこんな時間か」
「お~、確かに腹減ったな」
その時、タイミングを見計らったかのように、ブラッドのお腹がくう…と鳴る。
「…忘れろ…」
「いやいや、無理だって、代わりにご飯を作ってやるから許してくれ」
手を上げて降参のポーズをとってみせる。だが、ブラッドは少し返事に間を置いた。オレはまさか選択肢をミスったか?なんてことを考えていたら、ブラッドが口を開いた。
「いや、今日の昼食は俺が作ってもいいか?」
「は?」
「聞こえなかったのか?」
いや、聞こえなかったわけではない。飯を作る?誰が?ブラッドが?いつもオレがブラッドにご飯を作るから、少し手伝ってもらうことはあっても基本的にブラッドは料理をしていない。ということは、
「え~…っと…ブラッドさんはご飯作れるんですか…?」
当然の疑問である。普段料理している様子も見ないし、ちゃんと作っていたところを見たのは、強いて言うならアカデミーの料理を作ろうみたいな時間の時に作ってたのを見たぐらい、だと思う。
「…貴様…人をバカにして、普段作らないだけで作れる」
ブラッドはムッとして、反論する。はたして見栄っ張りなのか、本当に作れるのか。ブラッドなら何となく後者の気もするけれど、とりあえず、言い出したからにはオレに止められても作るだろうから、大人しく引き下がる。思えば、昨日の買い物の時から今日の昼は自分が作るつもりだったのかもしれない。
「貴様はソファにでも座って待っていろ」
言うなり、ブラッドは体の向きを変えて冷蔵庫の前に立って食材を取り出していく。正直心配であるが、ブラッドに言われたとおりに、ソファに座って、ブラッドが料理を作る様子を見守る。鍋に水を入れて火にかけて、その間にたまねぎとかにんじんとかを切っている。沸騰したのであろう、その鍋にパスタを入れて、今度は隣に空いているコンロにフライパンを乗せてさっき切った野菜とひき肉とを炒めていく。よくある話みたいに、うっかり手を切るとか、何かを焦がすとか、そんなことはなく、その手際は心配する方が失礼なくらい良い。ほんとは見栄だったという1%くらいの可能性の展開を見てみたかった気もするけれども。それにしても、神様はイケメンにどれだけ要素を与えれば気が済むのか、料理を作る姿に惚れ惚れしてしまう。このブラッド・ビームスという男、どこに出しても恥ずかしくないイケメンである。ブラッドが料理も完璧なんて知られれば、世の女性たちはますます放っておかないだろう。まあ手放すつもりも、誰かにゆずるつもりもさらさらないが。そんな盲目的なことを考えているうちに、ブラッドはどうやら作り終えたらしい。盛り付けの行程に入っていた。ミートソースパスタののった皿を持ってこちらの方に近づいて来る。
「パスタしか作れていないのだが、他にも何か欲しいか?」
「ん~や、それだけでいよ、お前が作ってくれたことが嬉しいからな、それだけで十分」
「…そうか…」
顔には出ていないが、その声は嬉しそうだ。コトリと皿をテーブルの上に置く。それからブラッドは一度キッチンの方にフォークを取りに戻る。オレはその間に飲み物とコップを取りに行く。それから、テーブルの所に戻って、一緒に座る。いつもみたいに手を合わせて、
「いただきます」
ブラッドはパスタを食べず、フォークさえ持たないでこちらが食べるのを待つように見てくる。オレはフォークを持って固まってしまう。
「…そんなに見られると食いづらいんだけど…」
「…気にせず食べてくれ」
朝に食べるとこを見てくるなと言ってきたやつはどこのどいつだ。まったく…と思いながら、フォークでパスタを巻き取って、口に運ぶ。口に入れた瞬間広がる、トマトの酸味。噛むことでわかる野菜の甘みに、ひき肉が多めに入っていて食べ応えがある。料理の手際も良かったが、味ももちろん良かった。
「うまい」
その言葉にブラッドの表情が一瞬でぱっと明るくなる。その笑顔に、初恋みたいにドキリとする。
「本当か?」
「ああ、うまいよ」
「よかった…」
安心したようにブラッドはため息を吐く。
「うまいよ、ブラッド、オレが作るやつよりうまい」
言いながらまた、一口食べる。
「そんな大げさな…俺はキースが普段作ったパスタを参考にして作っているだけだ」
「ふ~ん、何か隠し味でもあんの?」
純粋に疑問を投げかける。食べる手を休められない。普段オレが作ったパスタと変わらないって言うなら、ブラッドが作ったから、だったりしてな。
「隠し味と言われてもな…特別なことは何もしていない、強いて言うなら…愛情、か?」
しょうもない予想が当たってしまい、いきなり愛情なんて言葉が出るからびっくりして咳き込んだ。予想していたけど、予想外。
「んぐっ、ご、ごほっ、げほっ!」
「!?大丈夫かキース、ほらこれを飲め」
ブラッドから差し出された飲み物を飲む。ぐいっと一気に飲んで。一息つく。
「ふう…」
「大丈夫か?」
「いや、大丈夫なんだけどさ」
「?」
「いや、ブラッドが急に愛情なんて言うからびっくりした」
ブラッドをしっかり見て、そのマゼンタにしっかり視線を合わせて言って、少しの間。ブラッドの頬はサッと朱色に染まる。今照れるのか…。
「貴様が隠し味について聞いてきたから…」
自分が照れるようなことを言っていた自覚はなかったらしい。この調子じゃこっちまで恥ずかしくなって赤くなりそうだ。このままじゃダメだ、と思い話題を変える。
「にしても、なんでブラッドは自分が飯作るなんて言い出したんだ?」
少し、話すか迷うそぶりをしてからブラッドは口を開く。
「キースが、最近は何かと俺に手料理を振る舞うようになっただろう?」
そうなの?自分の事のはずなのに気づかなかった。前とそんなに変わらない気もするけれど。だが、基本的にオレが料理を振る舞うことが多いブラッドがそういうなら多分そうなんだろう。
「以前なら、キースは和食なんて面倒くさいと言ったり、何かと理由をつけては作ってくれなかっただろう?」
それは、確かにそうだ。和食は時間がかかるわ、味付けの分量が細かいわで、正直な所肌には合わない。そう言われれば、確かに以前よりも和食を作ることが増えたように思う。
「前まであまり料理を作らなかったのに、最近はよく料理を作ってくれるようになったことが不思議だった、だから俺もキースに料理を作ってみたら、キースがどんな気持ちで俺に料理を作ってくれているのか分かるかもしれないと思って」
「…で、どうだった?料理してみて」
「キースが俺の作った料理を食べて、おいしいと言ってくれて、とても嬉しかった、」
ブラッドはそこで、一度言葉を切る。それから、少し下の方を向いていた視線をあげて、こっちをしっかりと見てくる。絡みついてくるようなマゼンタに捕まる。
「自分の作った料理を好きな人が嬉しそうに食べているのを見るのはいいな」
ふっと、かっこよくブラッドは笑う。小悪魔みたいな男だ。いや、こんなにもオレを夢中にして離さないのだから、悪魔よりもずっとたちが悪い。
「キースも、同じ気持ちだろう?」
ブラッドはどこか確信めいた質問をしてくる。
「…その根拠は?」
「俺がキースの作ったご飯を食べているときに、こちらに向けてくる表情だな」
今回、自分で作ってみて確信に変わったと、ブラッドは付け加える。オレはそんなにもばればれな眼差しでブラッドを見ていたのか。いや、むしろブラッドをそんなに見ていたこと自体無意識だった。でも、ブラッドに料理を作るようになった、作ってやりたいと思うようになったきっかけはわかる。ブラッドがオレの作った料理を食べているところを見たいから。
「はぁ~、ブラッドの言ったとおりだけど、いざ言葉にされると恥ずかしいな」
肺にたまっていた古い空気を吐き出す。なんだか緊張してしまっていたみたいだ。
「良いことを知れた、これからは俺も料理させてもらおう」
ブラッドは上機嫌に、自分で作ったパスタを食べる。オレはバカみたいに、ブラッドが食べる、自分以外が作った料理に嫉妬している。
「…たまにならな」
本当は、ブラッドが食べるものを全部オレが作りたい、なんて芽生え始めた独占欲を、ブラッドが作ったパスタを食べて腹の中に流し込む。そこからは無言で、いつも通りの食事の様子。時折、ブラッドの視線をいつもよりも感じるくらい。多分、ブラッドも無意識で見てる。オレがそうだから。少しずつパスタが皿の上から減っていく。途中、冷蔵庫からパンをとってきて、皿に残ったミートソースをパンに乗せて食べた。お互いの皿から綺麗にパスタが消えた。
「晩飯はどうする?」
昼飯が終わってすぐ晩飯の話は少し変かもしれないが、今のオレはブラッドに何かを作ってやりたいって気持ちの方が強い。
「お互いに、何かを一品ずつ作ってみるのもいいんじゃないか?」
ブラッドも声が楽しそうに弾んでいる。
「んじゃ、そういうことで」
そこで、手を合わせる、ブラッドもそれを見て一緒に手を合わせる。
「ごちそうさまでした」