結婚式のまねごとを「司令、綺麗だったな~」
キースはそう言って、ふにゃりと、だらしなく笑う。結婚式。今日は13期司令の結婚式だった。キースは朝から上機嫌で、披露宴の時にはよく酒が進んでいた。おかげさまで家に連れ帰ることに苦労したわけだが。ジェイの結婚の時もそうだったが、キースは人を素直に祝える優しいやつだ。
「確かに綺麗だった」
晴れ渡る青空の下。芝生の緑に、新郎新婦が身に纏う白、そこを色とりどりの花が舞う。笑顔が飛び交うその景色は本当に素晴らしいものだった。そしてその一部を切り取ってきたような鮮やかなブーケが目の前のテーブルに置かれている。
「まさかブラッドがそれをとっちまうとはな~」
思い出したようにキースはくっくっ、と喉を鳴らして笑う。目線の先には、今日の結婚式の中で舞った花びらを集めたような花束がある。
ブーケトスを行うという司会の一言の後、出席者の多くが1カ所に集まる。俺やキース、ジェイ、他にも何人かブーケトスに参加しない者たちは少し離れた所からその様子を見守っていた。それから、新婦が一言声をかけて、ブーケが宙を舞った。そのブーケは集まった人々の頭上を通り過ぎ、俺たちの目の前までに来た。落ちそうになったブーケにとっさに手を伸ばし、その手の中に収まった。
「あの時のブラッドの顔…ふはっ、ははっ、おもしろかったな~」
自分では分からないが、相当呆けた顔をしていたらしい。キースはその時の顔が相当気に入ったのか、酒の力も借りてさっきからずっと笑い続けている。
「貴様はいつまで笑っているんだ」
頬を軽くつねる。今日はこれだけで許してやる。
「いひゃいって~ブラッド~」
キースが少し大げさに情けない声を出したことに少しだけ気分を良くして手を離してやる。キースはさっきつねったところを痛そうにさする。その様子に笑いが漏れる。
「笑うなよ~、ブラッド」
「貴様が最初に笑ったんだろうが」
それから、目を合わせて二人してもう一度笑う。ひとしきり笑ってから、キースが一度黙ったかと思えば、口を開いた。
「にしても、結婚式か~」
キースは何か考えているのか、宙を向いて何か考え事をしているようだ。
「キース?」
気になってキースに声をかければ、勢いよくこちらを向く。勢いの良さに思わず身を引いた。
「ブラッドはさ~…結婚式に興味ある?」
キースは少し真面目な顔をして、質問を投げてきた。突然投げられた質問に、なんと答えればいいのかわからない。興味がどういうことを指すのか、いや、キースのことだそんな深く考える必要はないだろう。
「興味は…ある…」
今日の結婚式に感化された部分もあるのだろうとは思う。それとも、キースのロマンチストがうつったのか。
「そうかそうか~」
キースはそれを聞くと満足そうに笑う。
「一体何なんだ…お前は…」
何を考えているのか分からなくて、ため息交じりに言葉をこぼす。当のキースは目の前でいきなり能力で何かをたぐり寄せたかと思えば、それを頭の上からかぶせられる。
「貴様!何をする!」
かぶせられたのは大きめのタオルだった。無駄に大きいせいで、取ろうとしても変に絡まって取ることができない。
「ブラッド」
薄い布ごしに、さっきまでのぽやぽやした声とは違う、はっきりした声で名前を呼ばれる。その声に動かしていた手を止める。ドキリと心臓が波打つ。うっすらとタオル越しに見える影がすっと伸びてくる。ドキドキと心臓はうるさく音をたてている。伸ばされた腕が、頭にかかっていたタオルに手をかけたと思えば、視界が開ける。頭にかかっていたタオルを、キースはまるでベールをあげるようにしてあげてみせた。目の前にキースの顔が広がる。心臓はさっきからうるさくて、聞こえてしまうんじゃないかと思えるほどで。
「ブラッド」
キースは一度そこで言葉を切ったかと思えば、しっかりと俺の目を見据える。ペリドットのような瞳に吸い込まれそうに感じる。
「お前は、いつまでもオレを愛してくれるか?」
誓いの言葉。まるで結婚式のまねごとをするように。何故か口が渇いて、上手く舌がまわらない。それでも返事をしたくて必死に口を動かす。
「…は…い…」
小さくなってしまった声で、何とか答えを絞り出す。何かもっと言いたいのに言葉にでない。キースは俺の言葉に満足したのか、ニヤと口角を上げて。
「俺の暴君様」
一言つぶやいてから顔が近づいてきて唇を重なる。それはまるで誓いのキスのようで。軽く振れるだけのキスをしてすぐに離れる。その時間は一瞬のようでも、永遠のようでもあって。静かな室内で聞こえてくるのは、自分の心音と微かな息づかいだけ。もう一度視線を合わせてまた、どちらからともなくキスをする。何度も何度も角度を変えて、キスをくり返す。そのキスはどの砂糖菓子にも負けないくらい甘いものだった。