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    俺はお前の浮世の錠

    ##鍾タル

    公子が地面に倒れ伏す。

    「あぁ~!!また負けた!!」

    負けたというわりには、彼は声を上げて笑っていた。その様子を俺は上から覗き込む。

    「以前よりは上達したように思うが」
    「何それ、嫌味?」
    「そんなところだ」
    「酷いなぁ、先生」

    公子が鼻で笑う。そのあと、公子は何を思ったのか、ぼんやりと虚空を見つめ始めた。

    「神様ひとり倒せないんじゃあ、世界征服なんて夢のまた夢か」
    「公子殿、俺はすでに凡人だ」
    「……でも、俺が世界を征服しようとした時、先生は必ず俺の前に立つ。そうだろ?」
    「無論」
    「それじゃあ、俺はやっぱり先生を倒さなきゃね」

    よいしょ、という掛け声とともに、公子が立ち上がる。先ほど思い切り蹴りをいれたせいか、公子は一瞬顔を歪める。しかし、口には出さず、何事もなかったかのように男は立ち上がった。

    「痛むか」
    「別に、どうってことないよ」
    「そうか」

    にこりと笑う公子に、俺は口元を緩める。少しだけ、いじらしいと思った。公子は目を細める。

    「先生、今面白くないこと考えてたでしょ?」
    「公子殿の勘違いだろうな」
    「ふぅん…?」

    公子はあまり納得のいかない様子だった。こういう幼稚なやり取りは俺が凡人になってから増えたように思う。互いに内を曝け出したせいか、遠慮というものがなくなってきたのだろう。

    さて、このご機嫌斜めな公子殿に対して、俺は何か詫びを入れねばなるまい。
    思案していると、僅かな空気の揺らぎ共に俺の前にふいに神の創造物が現れた。

    浮世の錠。

    友人から挑戦状として受け取ったそれは、永い時を経てもなお、未だその中が日の目を見ることはない。
    彼女は人を愛していた。彼女こそが人の世を望んでいた。
    そんな彼女が俺(モラクス)に与えたもうたのが、この石錠であった。

    そのことに俺が気づいたのは、さらに多くの年月を費やしたあとだった。
    あの日から「俺の役目に対する終わり」を考えるようになって、ようやく俺はこの挑戦状が与えられた意味にたどり着いたのだ。しかし、俺は未だたどり着いたばかりで、その解き方を知らない。だからこそ、俺が何か考える時、思わず見つめてしまうのだった。

    「先生にとって、それってどういう存在?」

    ふいに尋ねられ、俺は思わず顔を上げた。目の前にはやけに挑戦的な目でこちらを見てくる公子が立っていた。俺は答える。

    「神からの挑戦状だ」
    「挑戦状?」

    公子は僅かに困惑した表情を浮かべる。

    「ああ。そして、今の俺を、鍾離を鍾離たらしめる存在だろうな」
    「へぇ、神様としての先生ではなくて?」

    僅かに目を見開く公子。俺はその言葉に頷く。

    「この石錠は岩神モラクスには解くことができなかった。だが、凡人の鍾離であれば、答えを見いだせるのかもしれない」
    「先生が凡人になった理由が、その石錠ってこと?」
    「いや、これが理由ではない。……そして、俺はこの石錠を解こうとも思わない」
    「へぇ、何故?」
    「さあな」
    「ふ、あははっ!さあなって…っ!」

    俺の言葉に対して、公子が声を上げて笑った。
    目の前の男を見て、既に俺はこの答えを見出している、という言葉は言わなかった。
    公子はひとしきり笑ったあと、目の前に漂う石錠を見つめる。

    「じゃあ、俺がかわりにそれを解いてあげようか」

    思わぬ提案に、俺が目を見開く番だった。

    「成程、どうやって」
    「俺が先生を倒して、その石錠を奪って、そして壊せばいい。そうすれば、俺は神の力を手に入れることができるかもしれない」
    「……」
    「だから、先生は俺が倒すまで絶対に倒れないでよね?」
    「それは俺が言うべき台詞ではないか?」
    「はっ、よく言うよ!」

    俺の言葉に対して、公子が声を上げて笑った。ふいに、公子の視線が俺から離れる。その視線を追うと、璃月港に沈む夕日が目に飛び込んできた。

    「ちょっと遊びすぎたかな。帰ろうか、先生」
    「そうだな」

    そう言って、俺たちは互いの歩を進めた。特に何も言わなかったが、歩幅は自然と揃っていた。
    この石錠を解いたところで、神の力を手にすることはできない、と俺は薄々と感じていた。それを感じているのはおそらく公子も同じだろう。やけに殺気じみた冗談を言われたが、彼なりの嫉妬の現れなのかもしれないと結論づける。公子がこの璃月に留まっている理由に俺が含まれていることを、彼自身は気づいていないだろうが、それを彼に自覚させることはまだ早いのかもしれない。

    「今日の晩御飯はなんだろうね」
    「さて、ここに来るまで聞きそびれてしまったな」

    他愛のない会話が続く。

    「そうだ、俺の得意料理の…」
    「待て、それはやめてくれ」
    「はっ、冗談だって!そんなムキにならなくってもいいでしょ?」
    「……次の仕合はもう少し本気になっても良いか」
    「へぇ、それって俺にとっては好都合なんだけど?」

    にやり、と公子が笑う。その笑みに俺も口角を上げると、公子は少し驚いた表情を見せ、体を硬直させた。それに構わず、俺は歩みを進める。

    浮世の錠。故人が俺に託した開かずの石錠。
    開けられぬ錠がある限り、人はそれを開けるべく、鍵を探求し続けるだろう。
    この男にとって石錠の鍵は紛れもなく俺自身で、浮世(いま)を戦い続ける(生きる)意義なのかもしれない。



    であれば、俺はお前の浮世の錠として在り続けよう。
    俺の秘めたる想いは、まだ開けずにおこうか。
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