アベンチュリン・タクティックス ルート1 第14話:甘えん坊「あれ、ママ?」
「やぁ、君会えるなんて奇遇ね」
午前の授業だけだった星とアベンチュリン。同じ授業を受けていた穹とホタルと合流、ホタルがいいカフェを知っているというので、そこで昼食をとることに。
艶やかなマゼンタ色の髪の女性と目が合うなり、星は「ママ」と口にしていた。
「まさかママがここにいるなんて思わなかったよ」
「私もよ。大学生になったのね」
「うん。あんたはここで何をしてるの? バイト?」
「いいえ、私オーナー店長だから、店員がしっかり働いてるか見張ってるの」
と言って、隣でコップを黙々と拭いている紺色長髪の男性に視線を向ける。
カフェを営んでいるという彼女は、星からママと呼ばれているが、アベンチュリンから見て2人は似ても似つかない。
雰囲気はどこか似ている節もあるが、髪色から目元外見は全く違った。
もしかしたら、父親似ということもあり得るだろうが……星がママと呼ぶ女性が果たして本当の母親なのだろうかとアベンチュリンは首を傾げる。
「あ、アベンチュリン、この人はね。私の知り合いのカフカ。ママって呼んだけど、本当のお母さんじゃないよ。ケンカした時に、よくこの人に助けてもらって、お母さんみたいな人だから『ママ』って呼んでるの」
「………なるほど」
星が不良相手にケンカをしても全員倒すことはできる。怪我をすることもあまりなかったのだが、動いた後はやはりエネルギーを使う。
ケンカ後に空腹で倒れることが多々あった。そこでよく食料を持ってきてくれたのがカフカだ。
最近はケンカも減り、彼女と会う機会は減っていたのだが、まさかここで会うなんて思わなかったし、カフェのオーナーをしているとは知らなかった。
「カフカ、彼に会うのは初めてだよね。この人はね」
「あなたの彼氏でしょう?」
「………」
「あら、違ったかしら?」
「ううん、合ってる。当てるなんてさすがママだなって」
外見はまるで違う。
しかし、不思議と親子にも見えた。
星たちは並んでカウンター席に座り、注文。無口な黒髪の男が料理している間、カフカと他愛のない話を交わしながら待つ。
「それで…彼氏さんは星のどこの惚れたのかしら?」
「全てだね。出会った頃は可憐な姿に惚れたんだけど、今は可愛いところも見れて一層惚れた」
はて? 可憐な姿?
アベンチュリンとはゴミ捨て場で会った気がするけれど………アベンチュリンにはそんな風に映っていたのか。
ゴミ箱をいじる自分がかっこいいとはアベンチュリン……さすが私の彼氏。
「へぇ、一目惚れだったのね」
「ああ、最近一緒に住み始めたけど、家でのごろごろする彼女もまた可愛いんだ。僕だけの特権だけどね」
「家では甘えん坊さんなの?」
「そうだね。寝起きは特に。離してくれないこともあるね」
「そ、それ以上はやめて……アベンチュリン」
星はくいっとアベンチュリンの袖を掴む。耳まで林檎のように赤く染め、ぷるぷると震えていた。そんな彼女にアベンチュリンはふっと柔らかな笑みを漏らす。
「こういう所も可愛いと思うんだ」
「………っ」
「彼氏がいるんだったら、早いところ教えて欲しかったわ」
カフカの番犬、刃は2人の前に珈琲を置く。丁寧な所作に2人は思わず見とれ、「ありがとう」と彼に伝えた。
彼らは裏組織に属し、普段はこうしてカフェを営んでいるらしい。組長もたまに訪れるのだとか。
部屋の隅のソファに座り、PC画面とにらめっこしてカタカタとタイピング音を鳴らしている銀髪ツインテール少女。彼女は銀狼。星のネトゲ仲間の1人だった。
興味を持ったのか、銀狼はPCを置き、タブレット端末を持って星の所へと寄ってきた。
「へぇ……星にこんな美形なボーイフレンドがいたなんて、面白いから写真撮っちゃおう」
「ちょ、ちょっと。銀狼」
「ははーん、星も人間らしくなったねー。照れるなんて可愛い反応しちゃってー」
銀狼はからかっているのか、半笑いで星とアベンチュリンを連写。
しかし、その手は途中で止まり………じっーとアベンチュリンの顔を見つめ始めた。
「あなたの顔……」
「僕の顔?」
「すごく見たことがある………ああ、分かった。あなた、アベンチュリンって名前? 両親はスターピースのトップかー」
「ああ、そうだよ」
銀狼はあははっと笑みを零す。
「あなた、狙われているみたい」
「狙われてる? アベンチュリンが?」
「僕が狙われるのはいつものことだけど?」
「うーん、その“いつものこと”っていうのがこれと一緒であれば、生きているあなたを尊敬するけれど、ともかくこれ見て。こんな情報が流れてる。星のボーイフレンドに懸賞金が掛けられてるみたい」
「————は?」
銀狼のタブレットを覗き込むと、裏サイトらしく黒塗りの背景に『依頼:跡取り息子の誘拐』と書かれていた。
通学中に盗撮されたのか学生服姿のアベンチュリンの写真も載っている。どうやらアベンチュリンを捕まえて引き渡せば、報酬をくれるらしい。
その金額はというと————。
「1億!?」
「へぇ、あなたってそんなに価値があるんだ」
銀狼は口角を上げて、まじまじとアベンチュリンを見つめる。
「銀狼、変なことするのはやめて。アベンチュリンを売ったら、あんた相手でも許さないから」
「何にもしないよー。私、そんなに暇人じゃない」
「………」
「その目は止めて。私はニートじゃないから。くだらないことには首を突っ込まない主義なの。いい金額だとしても、今カンパニーと敵対するのはめんどくさい」
確かめるようにカフカを見ると、コクリと頷く。カフカたちも現に関わっていないし、今後突っ込む気もないらしい。
「あなたたちには影がついているとはいえ、奇襲には気を付けた方がいいかもねー」
「………」
星ですら気づけなかった影の存在。銀狼たちは気づいているようで、カフカもふふっと笑みを零していた。
「ま、何かあったら、私たちに言って。高くはついちゃうけど、はいこれ名刺」
そうして、アベンチュリンに名刺を渡すと、銀狼は奥の部屋へと消えていった。
本人は否定していたが、カフェも手伝いもせず、ほぼニート生活。自由気ままなところは相変わらず変わっていないらしい。猫のようだ。
カフェにいる人たちは気づかなかったサイトの隅に小さく書かれていたもう1つの依頼。銀狼でも気づけなかったコマンドを押すと現れるそれには、特定の条件が書かれていた。
『上の依頼ができなくても、これができたらOK。捕まえてこちらに引き渡して欲しい』
その報酬金額は10億だった————。