アベンチュリン・タクティックス ルート1 第15話:一つの傷もつけさせない カフカのカフェでランチを取り、図書館でレポートを終わらせると、すっかり夜になっていた。以前ならば、帰りが遅くなると家の人たちが心配するため、急いで帰っていたが、今は必要ない。
「今日のご飯は何にしようか?」
「うーん、焼きそば、とか?」
「いいね。野菜たっぷりのものにしよう」
という感じで、アベンチュリンと手を繋いでゆっくり帰れる。夜道であっても、彼がいてくれるので安心できた。星の場合、敵が襲って来ても返り討ちにはできるのだが。
「星!」
「え?」
突然だった。アベンチュリンにタックルされ、抱きしめ合ったまま地面を転がる。彼はすぐに起き上がり、星を守る体勢に入る。矢が飛んできた方向へと見上げていた。
矢は反対側のビル上から降ってきた。今まで気づかなかったが、人影らしいものが見える。
「誰だ!」
「………」
相手は黙ったまま。星も起き上がり、アベンチュリンの横に立つ。
銀狼から聞かされてすぐ遭遇するとは。いや、相手が待っていたのだろうか。
しかし、護衛たちが出てくる気配はない。異常事態ではないと判断したのだろうか。
「星、マズい………影が全滅してる」
「………」
アベンチュリンが集めた影ですら、歯が立たない相手。かなりの強敵と見た星は背中に抱えていたバッドを取り出す。
野球部でもないのにバッドを単独で持っていると、訝しがられるため、最近はバッドをギターケースに入れてしまっていた。持ち歩いていてよかった。
「アベンチュリンは逃げて」
「何を———」
「早く」
また矢が飛んできてしまう———と伝える前に、また矢が射られ、アベンチュリンへと落ちていく。星は急いでアベンチュリンを横へと押した。
でも、これでは当たってしまう。
頭を射抜かれてしまう————。
その瞬間、世界が止まった。
雑音は聞こえない。月夜を飛ぶ鳥、風で揺れる木の葉、車道を走る車———視界に入る全てがスローモーション。
一直線に飛ぶ矢だけが黄金の瞳に移っていた。
パシッ————。
体が勝手に動いていた。
矢先が自分の手の間を抜け、タイミングよくシャフトを掴んでいた。
「っは………はぁ………」
矢先は星の目前。あと少しで彼女の頭を貫いていた。だが、動揺に揺らぐことなく、矢を放った敵をきつく睨みつける。
「私は死なない————」
矢を真っ二つに割り、投げ捨てた。
バッドを持ち歩いていてよかった。武器がなければ、あとは拳でするしかなかったから。矢を全てバッドで払い、掴んだ弓を敵へと投げる。
「アベンチュリンにも一つの傷もつけさせない————」
相手の武器は弓矢とはいえ、他の武器を持っているかもしれない。
「星!?」
弓矢の敵は逃さない。ここで捕縛しておかないと、次またアベンチュリンを襲う。その時自分が近くにいるとは限らない。
パンっ————。
その瞬間、響いた1つの銃声。間違いない。確かにあれは発砲音。日本ではまず聞かない音だった。
こんな所で発砲するなどどういうつもりだろう。もしや星穹組と同じ系統の人間か?
「アベンチュリン! 隠れて!」
星はアベンチュリンに被弾しないように、指示を叫ぶ。
弓矢だけじゃない。銃の敵もいる。弓だけなら逃げるかもしれないと思ったが、銃があるとなると話は違う。このまま逃すことはできない。早く戦闘不能にさせなければ。
パルクールのように、星は室外機の上からベランダへ飛び移り、ビルの上へと軽やかに上る。
彼女は疾うに人間をやめている。身体能力は怪物並み。不良たちを1人で壊滅させてしまうだけはあった。
登った先の屋上にいたのは弓矢を構える男と長い得物を持って寝転ぶ男。長い得物———スナイパーライフルを持つ男はアベンチュリンを狙っていた。
男たちはこちらに気づいていない………。
「お前が外したせいで女が逃げちまったじゃねぇか」
「知らねぇよ……まさか矢を掴むとは思えねぇだろ」
「まぁええわ、男はまだいるしな。じゃあ、手始めにお坊ちゃまくんの足から、いただこぅ————」
「させない」
息を潜めて背後を取っていた星。銃の男の肩を狙い、バッドを振るう。弓矢の方は武器に向かって蹴りを入れ、突き飛ばした。
綺麗に入ったのか弓矢の男は一発K.O.。目に渦をつくり、へばっていた。
銃の彼はバク転し、星の追撃を猫のようなしなやかで回避。距離を取られてしまった。
「あんた、誰? 依頼を見てアベンチュリンを捕まえようとしたの?」
「………」
敵は無言のまま。闇に紛れるのにはぴったりな漆黒のコートを纏い、銃を武器としているが、体格からして屈強な男には間違いない。
フードを被っているせいか顔は見えなかった。
「答えて、よそ見しないで————」
星はバッドを握りしめ、腰を落とし地面すれすれの低姿勢で一直線に駆ける。
別に殺すなんてことは考えていない。殺しなんてしたくない。ただアベンチュリンをこれ以上攻撃してこないように戦闘不能にしたいだけ。
しかし、男も近接戦に慣れているのか星を躱しつつ、銃口はアベンチュリンを狙っている。随分と器用な敵だ。
………でも、なぜだろうか。
なぜ男はスナイパーライフルなどという遠距離攻撃優位の武器を使う? 暗殺が目的なら理解できるが、依頼は捕縛を要求していた。
アベンチュリンを殺す必要などない。殺せば、依頼は無になる。
まさか、彼らは別件でアベンチュリンを————。
星は男の隙をつき、スナイパーライフルを掴み銃口を逸らす。足を蹴り上げ、男の顔面をキック。相手にパンツが見えたかもしれないが、そんなことどうでもよかった。
「チッ!!」
しつこい星に男は血を吐きながら大きく舌打ち、銃を持つ手を振り彼女を振り払う。それでも星は離さない。
撃たせない……撃たせるものか。
星は銃身横にあるセーフティーレバーへと手を伸ばし、カチッとロックをかける。
「小賢しい女め!」
悪態をつきながら、男は腰からナイフを取り出すと、切ってでも星を振り払おうと振ってくる。
「っ!!」
回避できず、白い頬に刃先がかすめ、一筋の切り傷が入る。それでも星は銃から手を離さない。
しかし、銃を激しく振られ、いつの間にか端に追い込まれていた星は踏み外し、空中へと落ちていく。
——————このまま落ちてやるものか。
「貰う、ね!」
星は銃身を掴み自分へ引っ張り、遠心力を使って男から奪う。狙撃銃から手を離し空中でくるりと回し、セーフティーを外す。
月光で輝く銃口が狙うのは男の足。
「ごめん。痛いと思うけど、あんたがアベンチュリンを殺そうとしたから————」
謝罪を零しながら、星はトリガーを引く。2発放ち、星は銃とともに落ちていく。男はその場でバタリと倒れ、うめき声が聞こえてきた。
ああ……もっとうまく動けた気がする。
でも、もうどうでもいい。それよりも、だ。
アベンチュリンは逃げてくれただろうか———?
銃を投げ捨て、星は空中でくるりと1回転。月明かりが銀髪を照らす。高さはあるが、着地はできるだろう。そのまま彼女は落ちていき。
ぽすっ————。
地面に足をつける前に浮遊感は消え去る。誰かに受け止められたような感覚だった。顔を上げると、アベンチュリンの顔があった。
「アベンチュリン」
「どういうつもりだ……星」
星を抱きしめる手。その腕は強く星を抱きしめ、彼の胸に抱き寄せられる。何よりも強く強く………鼓動が伝ってくるほどに。
見上げると、星を見つめる不思議な虹の瞳は大きく揺れていた。
「なぜ僕の前に出たんだ……危ないだろう……」
「アベンチュリンこそなんでここにいるの? 一番に逃げないと……もっと自分の命を大切にしないと。アベンチュリンは1人しかいないんだよ」
「それは………君もだろう! どうみたって敵は君を狙っていたんだぞ! なのに、敵を追いかけるだなんて……ヴェルトさんとも約束しただろう? 2人とも怪我をしないって」
「頬のは大した怪我じゃない。ほら、血は止まってるし、怪我のうちに入らないよ。大丈夫」
「大丈夫なんかじゃない! 屋上から落ちたんだ! このまま死んでいたかもしれないんだ! それを大丈夫って! 君は無茶をし過ぎだ!」
「私、無茶なんてしてない。屋上から落ちても、着地はできたから」
「………」
しかし、アベンチュリンは星の返答が気に食わないようで、顔を向けてくれない。手を繋いでいても、帰り道は無言のまま。
星も彼が怒る理由が納得できなかった。自分はただアベンチュリンを守っただけ。あれが最善の行動だった。
星とアベンチュリンは家に帰っても口を聞かないまま、夜もベッドの端で離れて眠る。普通の人から見れば、恋人にはよくあるものだと思うだろう。
でも、2人は違う。
これが付き合い始めて初めてした大ゲンカだった。