【薫零】接触あぁまたか。
零は心の動揺を悟られないよう、暗転した瞬間にひっそりと嘆息した。
始まりは数か月前のライブ。
互いに後ろ向きでセンターに移動した時に少し距離を見誤り、思っていた以上に薫と接近した。あくまで“思っていた以上に”であってそこに居る事はわかっていたので当人たちは危ないとも思っていなかったのだが、客席が息を呑んだのを察したのだろう、薫がおどけたように零の腰を抱いてくるりと回ってさも予定通りのパフォーマンスであるように振る舞った。まるでワルツでも踊るかのように。
あれがいけなかった。
物凄い悲鳴のような歓声が上がって、それに気をよくした薫がそれ以降毎回のように絡んでくる。ある時は腰を抱き、ある時は頬を寄せ、ある時はあわやキスをするのかというくらいに顔を近づけ。
そのたびに歓声は大きくなるのだからアイドルの行動として間違ってはいないのかもしれない、けれども。
こっちの気持ちも考えて欲しい。
秘かに想いを寄せている相手にそんなことをされて動揺しない輩が居るだろうか。しかしそれがステージの上である以上、いやそうでなくとも、悟られるわけにはいかない。不敵に笑っていなさなければならないのだ。
ライブを楽しみ、ファンを楽しませるために、余計なことに気を取られている場合ではないというのに。
「薫くんめ」
誰にも聞こえないよう小さな声で呟いた。
*****
ほんと勘弁してほしい。
暗転して袖に捌けながら、薫はくしゃりと頭を掻いた。
仕掛けたのは自分が先だった。数か月前のライブでのハプニングをキッカケに零に絡めば毎回自分にだけわかるくらい微かに零が動揺を目に浮かべるのが面白くて。……そして秘かに想いを寄せる相手に人前で触れられるのが嬉しくて。
けれどああ見えて負けず嫌いの零のこと、次第に対抗して向こうからも仕掛けてくるようになった。
自分からちょっかいを出すのは全く問題無いが、相手から予想外に接触を図られると体裁を保つので精一杯。そのたびににやりと笑う零の顔が、小憎らしくも色めいていて。
さっきだってなんなのだ。この寒空の下、薫の唇に指で触れ妖艶に笑った姿は魔王というより氷の女王のようだった。思わず氷漬けにされたように動けなかった姿が収録されているのかもしれないと思うとそれだけでも悔しいし、あの顔を自分以外の多数が見たのだと思うとそれも悔しい。
などとは口に出しては言えないけれど。
「ほんっと零くんめ」
誰にも聞こえないくらい小さな声で、薫は零した。